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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
5.神無の街

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5-2

 頂の見えない岩壁に挟まれた、薄暗い細道。

 晴れ渡った青空が広がる昼間であっても、そこは一定しておぼろげな霧が立ち込めていた。

 雨が乾ききらぬまま匂い立つ土の香りが、この場の雰囲気をよりいっそう陰湿なものにさせる。

 だめ押しとばかりに痩せた黒い木々がぽつぽつと寂しげな影をつくる中、グレンは召喚した火の聖霊で周囲を探りつつ歩を進めた。

 ヒルデの同行人が仕掛けたという風の聖霊に従って来てみたは良いが、本当にこのような道で合っているのだろうか。

 以前、国境の街でレジェスたちが言っていた話と合致はするものの、うすら寒い渓谷には人里はおろか、誰かが通った痕跡すらなかった。


「湿っぽいですねぇ。大丈夫ですか? ヒルデさん」

「……は、はい……」


 彼の後ろを歩くモニカが全く平然としているのに対し、彼女の腕にしがみつくヒルデは子ウサギよろしく震えていた。

 相変わらずその周りには風の聖霊が漂っており、薄闇に怯える少女をからかうような素振りで踊る。


「申し訳ありません、モニカ殿……す、少し、暗いところが少し苦手なだけで……」

「いえいえ、良いのですよ。妹に甘えられなくなって随分経ちますから、ちょっと懐かしいですね。ふふふ」

「うう……」


 ヒルデが羞恥に唸る傍ら、異母妹との劣悪な関係を思い浮かべたであろうモニカは肩を竦め、大袈裟な仕草で溜息をついた。ついでに薄紅色の頭に頬を擦り寄せつつ。


「ところでグレン、この陰鬱とした谷はいつ抜けられそうですか?」

「あ? 知るかよ。最悪ここで野宿だろ」

「それは困りましたね。カイメラがいてもおかしくなさそうですし……」


 後背にモニカの声を聞きつつ、グレンは霧の奥へ目を凝らした。彼女の心配は尤もで、こういう見通しの悪い場所こそカイメラと遭遇しやすいのだ。

 彼らは実験の失敗作ゆえか、人間への敵意と恐怖を同程度に併せ持っている。野原へ出て人間を襲うカイメラがいる一方で、人気のない辺境の地で密かに生を終えるカイメラも勿論いるわけだ。昨今では後者のほうが多いのではないかと言われるほどに。

 そして、そういう臆病かつ縄張り意識の高いカイメラほど──過剰な防衛本能とでも呼ぶべきか、前者より何倍も凶暴だったりするわけで。


「あっ! グレン、明かりが見えますよ! ほら」

「……明かり?」

「存外早く抜けられました、ねー……?」


 霧の向こうを指したモニカの細い指先が、くるりと回って下ろされる。その頃には既にグレンも一歩後退し、彼女が「明かり」と言った謎の光を注視していた。

 はっきり言うと、あれは確実に街明かりではない。民家の群れに灯る明かりは、宙でゆらゆらと漂うことはないし、それら全てが赤一色なんてこともあまりない。


「ひっ、お、おば、おばけですか!?」

「おい、そのぽんこつピンクを落ち着かせろ」

「ヒルデさーん、どうか落ち着いて、聖霊はいてもおばけはいませんよー」


 もう二度も化物カイメラと対峙したというのに何故ここでおばけを怖がるのか甚だ疑問だが、ヒルデの顔色は真っ青であった。魔術抜きでの貴重な戦力だったが、今回ばかりは奮戦を期待できないだろう。

 結局自分が戦うしかないのかと、グレンがげんなりとした顔で短剣を引き抜いたときだ。

 揺れるばかりだった赤い光が霧を突き破り、一斉にこちらへ飛来する。

 あれは──コウモリの群れだろうか?

 全ての個体が赤目であるところを見るに、母体のカイメラが繁殖して群れを作ってしまったのだろう。

 突進してくる黒い塊を見上げ、すぐに指輪を回す。このじめじめとした霧の渓谷なら、十分すぎるほどの水分があるはずだ。火の聖霊よりも水の聖霊に呼び掛けたほうが術の威力は上がるだろう。

 グレンは松明代わりに灯した火はそのままに、新たな召喚の呪文を口にする。


「──光よ、まどろみを誘う憩いの水よ!」


 刹那、視界を覆うだけだった白い霧が渦を巻き、グレンの掲げた短剣めがけて収束していく。

 青く煌めきながら集まった水の聖霊は、やがて鋭く回転しては氷柱へと変化する。白く冷気を纏った槍は、形を得るなり勢いよく発射された。霧ともども群れの先陣を蹴散らせば、グレンは続けざまに氷の飛礫つぶてを出現させる。

 そうして、残ったカイメラを撃ち落とさんと右手を振り上げた。


「っ!?」


 しかしそのとき、水の聖霊の猛攻を掻い潜った一匹が、グレンの耳を掠めて後方へとすり抜ける。

 ぎょっと視線で追ってみれば、黒い翼がモニカとヒルデに向かって広げられていた。


「おい!! 死ぬ気で避けろ箱女!」

「ええっ、そんな殺生な」


 言いつつ正面の群れを壊滅させるや否や、グレンは踵を返す。

 最中、短剣の刃が淡く光り、獲物に狙いを定めるが如く明滅した。

 水の聖霊を飛ばして間に合えば吉、外したならヒルデに任せるしかない。

 賭けにも等しい気持ちで短剣を振ろうとしたグレンは、そこでハッと動きを止めた。


 ──視界に閃光が走る。


 鳴動と共に突風が吹き抜け、二人に襲い掛かったカイメラを容赦なく弾く。

 それだけに留まらず、暴風はコウモリの羽を折る勢いで吹き荒れ、そのまま霧の彼方へと吹き飛ばしてしまった。


「……今のは……」


 グレンは短剣を鞘に納めつつ、カイメラが消えた方向を見遣る。

 そのまま再び視線をモニカたちへ戻せば、彼女らも何が起きたのか分からず呆気に取られているようだった。


「まあ、一体何がどうなったのです? グレンが風の聖霊を?」

「いや……ピンク髪の周りを漂ってたやつだ。戻って来たぞ」

「えっ──ふぎゃ」


 銀髪を整えながら首をかしげるモニカの傍で、またもやヒルデが足を取られてすっ転ぶ。

 犯人は言わずもがな、カイメラを遥か彼方へ捨ててきた風の聖霊たちだ。自由に遊んでいるように見えて、それが実はヒルデを守るために遣わされた聖霊であることに、グレンはそのときようやく気が付いた。


(……妙にピンク髪に構うのも同行人の仕業だな)


 ヒルデがこの薄暗い道を通ることを予期し、あえて怖がりな少女へ悪戯をするように頼んでいたのなら、件の同行人はなかなか過保護である。それほど勝手知ったる仲なのだろう。

 それはさておき。グレンが気になるのはヒルデとの関係性云々よりも、聖霊に細やかな指示を出し、確実に遂行させてしまえる同行人の技術だ。

 気ままな性格の聖霊は、一度の召喚に応じて一つ願いを聞くのが基本である。

 二つ以上の指令を与えたとして、どちらかを疎かにしたり指令自体を放棄したりなんてことは日常茶飯事。注文が多いと嫌われるのは聖霊に限った話でもないのだが。

 守護と併せてヒルデのご機嫌伺いまで命じた同行人は、召喚の際に供物を多く渡したか、はたまた──。


「も、もう! また馬鹿にして! いい加減になさい!」


 しかしヒルデが風の聖霊を両手で追い払う姿を見るに、残念ながら同行人の優しさはあまり伝わっていないようだった。まぁ、ビクビク震えているよりマシだろう。

 何はともあれ一段落ついた。短く息をついたグレンが、ふとモニカへ視線を差し向けると。


「……グレン、先ほど見間違えたので自信はありませんけど……」

「あ?」


 モニカがひょいと右手を持ち上げ、渓谷の奥を指差す。釣られて振り返ってみれば、おぼろげな明かりが霧の向こうに灯っていた。


「今度こそ人里ではありませんこと?」


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