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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
5.神無の街

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5-1

 大陸西部にベラスケス王国が興るより以前、かの地は様々な鉱石が採れることで有名だった。

 七彩を放つ美しい宝石はもちろんのこと、頑丈かつ見た目の良い石は各地の建築技術にも大いに貢献した。西部の特産品である紅土ラテライトや、レアード王国の良質な木材とも相性がよく、今日に至るまで豊富な資源を供給している。

 そのような営みが可能である所以は、西部地方の景色を愛した鉱物神クシャラの加護があるからだと人々は言う。もっとも、今となってはその決まり文句も廃れてしまったが。


「まぁまぁ、ここもですか。もう三つめですね」


 ベラスケス王都へ続く街道沿い。二手に分かれた岐路で都への道を指し示すは、首の落とされたクシャラ神像。

 敬われるべき神の無残な姿を見上げ、モニカが頬に手を遣る。神聖な彫像がこうも容易く破壊されている実態に、意外と思うところがあるのだろうか。


「残念です。クシャラの像はイケメンだとご令嬢方が仰っていたから見たかったのに」


 前言撤回、多分この女はあらゆる神を信仰していない。ちなみにその下らない世間話についても大した興味はないのだろう。欠伸まじりに像から視線を外し、モニカが右手の道へ進む。

 そんな彼女とは対照的に、じっと神像を見上げていたヒルデは後ろ髪を引かれる様子で歩き出した。


「……あの、グレン殿」

「あ?」

「以前モニカ殿から七柱の神々については伺ったのですが、こちらでは地域ごとで信仰されている神が異なるのですか?」


 ヒルデの素朴な疑問に暫し沈黙したグレンは、通り過ぎたクシャラ像を振り返る。鎧を身に纏い、両手剣を地に突き刺した偉丈夫の佇まいは、神話や御伽噺で描かれる鉱物神の姿とよく似ていた。


「……別に、暮らしてる地域がその神と関係があるってだけだ。そもそも他の六柱は天空神のオマケみたいなもんだしな」

「序列があるのですね」

「ああ」


 地母神、植物神、鉱物神──七柱の神にはそれぞれ呼び名があり、人々はそのつど願いに沿った性質を持つ神へ祈りを捧げる。

 例えば豊穣を願うのなら、地母神や植物神に。

 鉱物がよく採れるように願うのなら鉱物神に。

 そこにいちいち大層な信仰心があるはずもなく、総じてそれらは老いた人間から子孫へと語り継がれたがゆえの、いわば形骸化した儀礼であった。

 だが、そんな中でも一貫して人々が信仰を捧げている対象がいる。


 ──天空神。


 それはかつて暗黒を打ち払った至上の神であり、六柱の神と聖霊を産み落とした父とも呼ばれる。またの名を創造主と。


「クシャラは天空神の右腕だったという説もあるのですよっ」


 にゅっと視界に生えてきたモニカの笑顔を、グレンは仰け反りながら他所へ向ける。たたらを踏んだ彼女はそのついでに青空を指差し、呆けているヒルデに語り掛けた。


「そもそも鉱物神の鉱物というのはですね、お星さまのことなんです」

「お……ほしさま? 石ではないのですか」

「かつてはキラキラ光る美しい宝石が、夜空に輝く星から零れ落ちた欠片と考えられていたそうですよ。昔の人は情緒あふれますねぇ」


 素敵、と心にもなさそうなことを言ってモニカは首をかしげる。

 だが今の話はグレンも初耳だった。ベラスケス王国で鉱石がよく採れるという話が先行して、てっきりクシャラは鉱物を司る神なのかと──。


「だからこそクシャラは星空と関係のある神ではないかと言われていて、天空神との強い結びつきが……まぁグレン! 私の話を真剣に聞いてくださるのは初めてですね!?」

「ハッ!?」


 真面目に耳を傾けていたことに気付き、嬉しそうなモニカから即座に顔を背ける。そのままグレンは踏み慣らされた土道をまっすぐ、大股に歩みを再開したが。


「今のお話はノルドハイム学院で宗教学を専攻していらっしゃる教授から伺った話なんですよグレン、やはり魔術師の方には興味深い内容でしたか? もう一つ教授が面白い話をしてくださったのですけど、それは海神わだつみタウラフが遺した宮殿についてで──」

「ぁぁああああ!! 黙れ黙れうるさい! 議論してぇなら俺を解放して復学しろ!」

「そう言わずに! フーモの街まで暇でしょう!? 三人でめくるめく神々の世界について話そうではありませんか!」

「嫌だ!!」


 お喋り好きなモニカに反応してしまったのが運の尽き。逃げてもなお隣で早歩きをしながら饒舌に語られ、限界に達したグレンは大声で話を遮った。

 二人がぎゃあぎゃあ騒ぎながら街道を進む後方、ヒルデはいつも通り苦笑いを浮かべつつ付いて行こうとしたが──少女はそこでふと目を瞬かせる。


「──え、ひゃ!?」


 突然聞こえてきた吃驚の声に振り返ってみれば、ヒルデが尻餅をついていた。躓いて転ぶような障害物はどこにも見当たらず、グレンが怪訝な面持ちで固まっていると、それはすぐに正体を現した。

 どこからともなく吹き抜けた淡い翠風が、少女の薄紅の髪を掬い遊ぶ。かと思えば、その毛束で少女の頬をぺしりと叩いては何かを訴える。


「いた、ま、待ってください、ええと、ど、どうするんだったっけ」

「おいピンク髪。それ誰の魔術だ」

「わ、私の同行人のです! グレン殿、あの、恐らく伝言だと思うのですがどうしたら……わぶっ」


 羽織った外套が舞い上がり、ヒルデの顔を覆った。

 何故か風の聖霊にめちゃくちゃ遊ばれている少女を眺めること暫し、グレンは仕方なしに指輪を回す。少量の血を滲ませた手で風に触れれば、瞬く間に聖霊たちがグレンのほうへ引き寄せられた。螺旋を描いた翠は足元から頭へと吹き抜け、やがて──西方へ一直線に光を飛ばしたのだった。



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