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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
4.白煙をさがして

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33/179

4-7

 回る。

 純白の刺繍で縁取られたスカートの裾が、華やかな色合いごと反射する。

 磨き抜かれた象牙色の鏡面に、いくつものドレスが紳士の手によって、くるくると。

 回る。

 高く結い上げた長い後ろ髪が、綺羅星と燭台の灯に照らされて。

 ふと覗く面は、どれもこれもあの女には届かない。


「──見ろ、カルラお嬢様だ」

「噂以上の美しさだな……声をかけてみようか」

「やめておけ、ロベルト様の婚約者だぞ」


 今にも扇を叩き折らんとする形相で周囲を眺めていても、それが分からぬ愚か者は浮かれた調子で彼女を指差した。

 カルラ・フェルンバッハ。それが、伯爵家の後妻が産んだ絶世の美姫の名だ。

 光沢を帯びた亜麻色の髪を、人は黄金に輝く蜂蜜のようだと称える。

 真白の肌に差す瑞々しい赤みは、穢れなき乙女の初々しい内面が、つい滲んでしまったようで。

 潤いを湛えた淡い桃色の瞳になぞらえて、彼女への贈り物はチューリップが相応しいとされた。


「ふふ、今日も大人気ですわね。カルラ様」

「殿方がみんなカルラ様のことを見ていらっしゃいますわ」


 肩を寄せてきゃらきゃらと笑う娘たちに、カルラは目許だけを弛めて応じる。扇の陰で、密かに舌を打ちながら。


(おこぼれを貰いたくて擦り寄って来たくせに)


 気分が悪い。

 呑気に笑っている連中も、不躾な視線を寄越す野郎も、いつまで経っても迎えに来ない婚約者も。

 彼らは至福の笑みでここに立つはずだったカルラの心を、ただひたすらに苛立たせるばかりだった。

 そしてそんな有象無象とは比にならぬほど腹立たしいのは、ある日忽然と姿を消してしまった異母姉の存在。


 モニカ・フェルンバッハ──あれは昔から何を考えているか分からない女だったが、今回は本当に度肝を抜かれた。


 十年来の付き合いである婚約者ロベルトから見捨てられ、さぞ惨めな面を晒しているだろうと思っていたのに、彼女は面倒事が片付いたと言わんばかりにどこかへ出かけてしまったのだ。

 突飛な行動にカルラは母と共にあんぐりと口を開けたが、不思議なことに父は何一つ心配していない様子で。それがまた彼女の混乱と焦りを掻き立てた。


 ──まるで初めから、ロベルトを押し付けるつもりだったように思えてならないのだ。


 カルラは姉から大切なものを奪ったのではなく、餌に飛びつくように誘導されたのではないかと。


「カルラ様っ? ど、どちらへ?」

「風に当たってきます」


 今思えばおかしかった。モニカは誰に対しても感情を剥き出しにしない。父と同じで、常に曖昧な笑顔を浮かべてのらりくらりと言葉を躱すような人間だ。

 それが、ロベルトに対してだけは華やかな笑顔を向けていたから。姉にとって唯一の宝物がロベルトなのだと、そうに違いないと……カルラは思い込んでしまっていた。


(あれも演技だったんだわ! そうじゃなければあんな顔だけのクズに愛想なんて振り撒かないわよ!!)


 閉じた扇を思いきり壁に叩きつけ、誰もいないバルコニーへと出る。荒々しい仕草で身を乗り出せば、薄暗い一階の中庭で、ひそやかに戯れる一組の男女がカルラの視界に入った。

 ロベルト・アンデだ。


「…………何やってんのよ……」


 王家の親類にあたる公爵家の嫡男。肩書だけは一人前で、中身は綿でも詰めているのかと思うほど夢心地な男だ。

 厳格で知られる公爵が日々レアード王国のために奔走している傍ら、あの馬鹿息子はふわふわふわふわと遊んでばかり。姉に愛を囁く一方で、何の悪びれもなく他の女を観劇に誘ったり食事に応じたりなど朝飯前。噂では姉の誕生日パーティに女物の香水をまとわせて登場したこともあったとか。

 つまり、彼がとんでもないクソ野郎だとカルラが知ったのは、悲しいかな婚約者の座を奪い取った後のことだった。

 幼い頃、モニカと親しげに言葉を交わしている姿はそれなりの格式があるように映ったのだが、結局は隣の芝生が青く見えただけだったらしい。いや、それともモニカが上手く彼を立てていたのか──。


「──ねぇロベルトさまぁ? カルラさまのところに行かなくて良いの?」


 耳障りな声がカルラの怒りを増長させる。

 唇を歪めたまま視線を下ろせば、女がロベルトの肩にしなだれかかっていた。よく見れば商家の娘ではないか。伯爵家がしばしば懇意にしている相手の……。


「僕は今、懺悔をしているところなんだ……どうしてモニカだけを見ていられなかったんだろう、って……」


 見目麗しい姉妹に挟まれて、自分を優れた男だと勘違いしたからだろうが。

 すかさずカルラが内心で罵倒していると、長椅子に深く腰掛けたロベルトが苦悩に満ちた様子で頭を抱える。


「カルラがまだ幼いからって、僕はつい甘やかしてしまうんだ……結婚したいと言われたとき、断るべきだと分かっていたんだけど……」

「……えー? でもロベルトさま、モニカが全然ワガママ言ってくれなくて寂しい~って言ってたじゃない。カルラは甘えてくれるから可愛い~とか」

「そ、それはあまりにも頼られなさすぎて自信がなくなってただけで」

「あとモニカさまの気を引きたくて私たちと遊んだり……」

「最初はそうだったけど今は等しく皆を愛していたくてだな」

「きゃあ、ロベルトさまったら罪な男」


 もう聞いていられなかった。

 カルラは痛いほどに握り締めた扇を振り上げ、勢いをつけてぶん投げる。見事にロベルトの後頭部に命中すれば、彼の情けない悲鳴が中庭に木霊した。

 彼らのやり取りを背に踵を返し、むしゃくしゃした気分でドレスの裾を叩く。


「……モニカ、モニカモニカ、みんなモニカのことばっかり……!」


 昔からそうだった。

 カルラに贈られる賛辞が全て容姿を褒めるものである一方で、モニカはその優秀な頭脳や立ち振る舞いを評価されることが多かった。無論、亡き母から譲り受けたという銀髪と、不思議な輝きを宿す薔薇色の瞳に魅せられる者も少なくない。

 だというのに、何もかもを持っているのに──モニカはどんな言葉にも心を動かさなかった。

 愛の告白も、称賛も。あの不透明な笑顔で受け流して、貰った花束を飾ることなく捨てていた。

 そんな姿を見るたびに思い知らされるのだ。

 自分が外見だけを取り繕った、からっぽな人間だということを。

 今では嫌いで仕方ないロベルトと何一つ変わらない、下らぬ人間だということを。


「ムカつく……っ──きゃ!?」


 廊下の角を曲がろうとしたカルラは、暗闇からぬっと現れた人影に驚く。すぐに手を引かれて事なきを得たものの、予期していなかった鉢合わせにカルラは暫し呆けてしまった。


「も、申し訳ございません。前を見ていなくって」

「いえ、お気になさらず。……おや、失礼ですが……もしかしてカルラお嬢様でいらっしゃいますか?」

「ええ、そうですが」


 もしや面識があったかと、カルラは少し焦りながら目を凝らす。だが改めて顔立ちを確かめてみても、彼女の記憶にこの紳士が登場した覚えはない。

 はてと首を傾げつつ視線を下ろしていくと、ようやく手がかりが見付かった。

 胸元に輝く、白い石を嵌め込んだ菱形の徽章が。


「え……? な、何故ここに──」


 しっ、と唇に押し付けられた指。白い手袋越しに伝わる体温が離れれば、紳士はにこやかに口を切った。


「お姉様のことを伺ったらすぐに消えますので。ご安心ください、カルラお嬢様」



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― 新着の感想 ―
[良い点] ロベルトやっぱりクズだった。カルラもそう考えるとかわいそうな娘ですね… 遂に手掛かりが見つかりましたね!無事だといいんですが…モニカが子供に怖がられたのは単純に素性のわからない大人だから…
2022/06/17 13:53 退会済み
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