3-4
「──ほあぁーん!! ようこそゾフィの占いの館へ! あたくしが巷の興味関心を根こそぎさらった稀代の占い師ゾフィですわよ!」
「解散!!」
モニカとヒルデの襟首を掴み、グレンは胡散臭すぎるにもほどがある占い師の部屋から早々に退室しようとした。
しかしながらゾフィを自称する派手な女は素早く彼らの前に割り込み、分厚いカーテンで扉を隠してしまう。毒々しさすら覚える指輪の色彩を振りかざし、女は再び大きく両手を広げて着席を促した。
「さぁさぁお座りくださいな、あたくしの占いに掛かれば未来予知も失せもの探しもちょちょいのちょいでしてよ!」
グレンは件の占い師についてそれほど多くの情報を持っていたわけでもないが、正直もう少し慎ましい人物像を想定していた。いや、もしかしたら平民の出で領主に雇われたことにより贅沢に目覚めてしまった可能性もあるが、それにしても吹っ切れ過ぎである。
こうなるといよいよ占い師の存在自体がデタラメだった説が濃厚になってきた。ちらりと横を窺えば、占い師を大道芸人か何かと勘違いしているであろうモニカの、呑気に拍手を送る姿がそこにある。
「まぁ凄い、とっても精力溢れる方ですね。早速ですが占いをしていただいても?」
「ええ、ええ! 子爵様から事情はうかがいましてよ、そちらのお嬢様の御依頼ですわね!」
この部屋に足を踏み入れてから圧倒されっぱなしのヒルデは、話を振られたことでぎょっと頬を引き攣らせながらも頷いた。占い師ゾフィはうんうんと大袈裟に頷き返し、芝居がかった仕草で額を押さえる。
「何でも大切な御方だとか……! 心配で眠れない夜をお過ごしのお嬢様に、このゾフィが心の平穏をもたらして差し上げましょう! 大船に乗ったつもりでいてくださいな!」
「は、はい……」
泥船のほうがまだ安心できる、とグレンは喉元まで出かかった言葉を辛うじて飲み込む。とりあえず、ここは流されるしかなさそうだ。すっかり忘れていた護衛騎士もどきの演技を再開しつつ、彼は部屋の様子を見渡した。
濃厚な紫色のカーテンが部屋全体を幾層にも覆い、怪しげな蝋燭が至る所で揺らめく。鼻腔を占領するような甘ったるい香の匂いに気付き、グレンはさりげなく口元を手で隠した。
(くせぇな、よく見たら煙も……)
情報量の多い視界ゆえに気付かなかったが、奥にある栗皮色の小卓付近には大量の煙が充満していた。ただの雰囲気づくりにしては些かやり過ぎだろう──不審に思ったグレンはその場で小さく咳き込むと、こちらを振り向いたモニカに目配せをしてみる。
きょとんとしていた彼女だったが、グレンが肺の辺りを指先で叩けば、意図を汲んだように笑顔を浮かべた。
「占い師様、少し換気をしてはいけませんか?」
「え?」
「恥ずかしながら私の騎士は幼い頃から共にいたせいかとっても過保護で、煙が肺によくないと言いたいようです。全くもう、そんなに心配せずとも私はそこまでひ弱ではないというのにっ」
誰がそこまで脚色しろと言ったのか。要らぬ過保護設定まで付け加えられたグレンは、ぺらぺらと楽しそうに小芝居を続けるモニカに渋々付き合うことにする。
「──いいえお嬢様! フェルンバッハ家にお仕えして早十年、お嬢様が体調を崩された日は全て記録しておりますが、大体いつもお嬢様が平気ですと仰ったときに限って症状が悪化しているではありませんか! なればこそ些細な要因はあらかじめ取り除いておくべきです!」
「やだわグレン、そんな昔のことを掘り返さないで! 私のことを小さな子ども扱いして、恥ずかしいでしょう!」
「占い師殿には失礼を承知でお願い申し上げます、どうかお嬢様のお体のためにも扉を開けていただけませんか!?」
「占い師様、お聞きにならないで結構です! 私は体調を崩したりしませんわ!」
知り合ってひと月も経っていない二人が即興で捏造した昔話を繰り広げる傍ら、ヒルデは疑問符を浮かべて固まるばかり。
一方、急に饒舌になったグレンとモニカに対応しきれず、この場で最も濃ゆい性格だったはずのゾフィはたじたじになって「え、その」と言いよどむ。
なおも二人が無言の圧をかけ続ければ、ようやく占い師は後退し、隣室に続く扉をほんの少し開けたのだった。
「…………す、少し……開けて、おきましょうか……」
モニカがようやく大人しく着席したところで、自分のキャラクターを忘れてしまった占い師は一旦顔を洗ってから出直してきた。化粧はぼろぼろだが気合は十分、水晶玉の前に腰掛ける頃にはすっかり調子を取り戻していた。
「さて、さっそく始めましょうか! ヒルデ様と仰いましたね、あなたの探し人を光の神々に尋ねてみましょう……はあっ!」
ゾフィは水晶玉に手をかざすと、そのまま大きく天を仰ぐ。かと思いきや、もう一度両手を下から回し。二度、三度と同じ動きを繰り返す。ここまで来るともはや水晶玉など見てもいない。
無意味な動きに惑わされ、視線を上下させるモニカとヒルデの後方、グレンは小卓の脚を見遣った。
案の定、ゾフィは香を焚くことによって生じる煙を、自らの手で部屋に充満させている。
──まるで、その下にある何かを隠すように。
「あっ、危ないお嬢様!!」
「ぎゃ!?」
白々しさ満載の声で叫ぶと、グレンは水晶玉の乗った小卓を思いきり蹴り飛ばした。




