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「これはこれはモニカ様! まさか我が館へお越しになっていただけるとは」
「お久しぶりです、アロイス様。突然の訪問をどうかお許しください」
「いえいえ、父君のエッカルト様にはいつもよくしていただいておりますから──」
難なく応接間に通されたモニカはにこにこと微笑みながら、ヴェルナー子爵アロイスと上品に談笑していた。その傍ら、彼女が懇意にしている商人の娘という設定で紹介されたヒルデも、ぎこちなさはあるものの礼儀正しく振る舞う。
そして彼らが腰掛けたテーブルの後方、グレンはいかにも騎士っぽい澄まし顔で姿勢よく直立していた。先日ラトレの街で遭遇したフォルクハルトの──出来るだけ毅然とした佇まいを思い出しながら。
(あのピンク髪、何も言わねぇが……やっぱ貴族だな)
ふと、グレンが視線を移したのは薄紅色の頭。
街の住人に絡まれたときもそうだったが、ヒルデはどこか世間慣れしていない。そもそも少女が身に着けている衣服や、旅装に合わせて作られたであろう一見して地味なヘッドドレスも、平民には手が出ない代物ばかりだ。相応の財力と位を持っていると見て良い。
となるとベラスケスの貴族に売られてしまった同行人は彼女の護衛か、はたまた同等の身分を持つ大物か。どちらにせよヒルデの焦り様からして、親しい人物であることは間違いないだろう。
「本日は子爵お抱えの占い師のことを聞いて立ち寄ったのです。こちらのヒルデ嬢のご友人が行方をくらませてしまって……」
「あ……は、はい」
するとそのとき、モニカが滑らかな喋りで本題へと入る。話を振られたヒルデはぴんと背筋を伸ばし、穏やかな笑みを浮かべるアロイスに向き直った。
「どうか占い師様のお力をお貸しいただけないでしょうか。その……大切な、人なのです」
尻すぼみな、それでいて素直な少女の言葉に、子爵は目許をいっそう和らげて頷く。
「おや、そういうことでしたら是非とも協力いたしましょう」
「よろしいのですか!?」
「ええ。きっとお力になれると思いますよ」
「ありがとうございます……!」
案外すんなりと話がまとまり、グレンは意外な気持ちで子爵を見遣る。あの貼り付けたような笑顔はモニカと似た匂いがするのだが、気のせいだったのだろうかと。
彼がそんなことを考えていれば、少女の肩を摩ったモニカが心なしか食い気味に口を開いた。
「私からも御礼申し上げます。何の見返りもなく私の友人に手を差し伸べてくださるなんて!」
「え?」
「ああ、父は何てお優しい友人に恵まれたのでしょう、羨ましい限りですわ」
「は、ははは、いえ、そんな……」
そこは見返りを自ら提示するところだろうがと、子爵の引き攣った笑みに本音が滲む。対するモニカがその程度の訴えで怯むわけもなく、寧ろ要らぬ見栄を張ったのが悪いとばかりに小首をかしげてみせた。
二人が無言で火花を散らせたのも束の間、先に折れたのは向こうだった。アロイスは小さく咳払いをしてはベルを鳴らし、侍従に占い師を呼ぶよう言いつける。
──何だかんだ言いながら、モニカも占い師の真偽については疑っているようだ。
だからこそ彼女は「有益な情報が得られなければ、銅貨一枚もくれてやらない」と先手を打ったわけで。
レアード王国におけるシュレーゲル伯爵、もといフェルンバッハ家の立場は、グレンが思っているよりも強いのかもしれない。
(……そういや伯爵は前王朝の忠臣だったとか何とか聞いたことが……あったようななかったような)
レアード王国貴族の系譜をおぼろげに思い浮かべてみるも、現王朝の家名すら記憶していないグレンが思い出せるのは、せいぜい王権交代の革命が起きた年号ぐらい。
たびたび勃発するカレンベル帝国と周辺諸国との小競り合いにも負けぬほど、このレアード王国では王権を巡った争いが繰り返されてきた。緑豊かでのどかな国という印象が強い一方で、内情は決して穏やかではない。
──我が母国レアードなどもってのほか。
不意に、大都市ラトレでのモニカの呟きが頭をよぎる。
彼女が聖遺物“創生の地図”を探すにあたって、レアード王室を頼らない理由はその辺りにあるのかもしれない。革命によって玉座を獲得した現在の王室とその臣下を、モニカは──フェルンバッハは信用していないということだ。
モニカとアロイスの、笑顔の下に潜む双方の警戒を見たグレンは、貴族特有の面倒臭い事情に肩を竦めてしまった。
「それではモニカ様、少々こちらでお待ちください。準備が整いましたら侍従が迎えに来ますので」
「ええ、お忙しいところ感謝いたします」
ひりついた会話が終わりを迎え、子爵が席を立った。モニカとヒルデに愛想よく微笑んだのも束の間、退室する間際になって善人の笑顔が剥がれ落ちる。
そうして扉の脇で突っ立っていたグレンに対し、思い切りガンを飛ばして出ていったのだった。




