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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
1.コソ泥に人権などありません
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1-2

 光の神々が生み出したと言われる聖遺物。

 すなわち、古の時代に活躍した七柱の神と深く結びついた遺産であり、それらが秘めたる力は人智の及ぶところではない。

 かつてこの大陸では強大な力を持つ聖遺物を巡って幾度も戦が起き、その過程では多くの贋物──人の手によって造られた偽物が出回ったのだが、それはまた別の話。

 ともあれ今現在、所在を確認できている聖遺物は三つ。


 ここレアード王国にある“目覚めの森”。

 アストレア神聖国が有する“全知の書”。

 そしてカレンベル帝国の“青き宝”。


 古文書には他にもいくつかの聖遺物が存在することが示唆されているが、未だ明確な場所は突き止められていない──はずだ。


「その名も“創生の地図”! お母さまが記した場所にそれがあるはずです!」

「いやいやいやいや」


 雲にうっすらと覆われた曇天の下、幌馬車は歪んだ車輪でガタゴトと街道を進む。馭者が口笛を吹きながら手綱を握る後方、二人の若い男女が荷台の尻に腰掛けていた。

 元気に無茶苦茶なことを言う娘の顔を片手で押し退け、グレンはしなびた手紙にもう一度目を通す。それは彼女の亡き母が書き遺したものらしいのだが──。




 愛するモニカへ。

 大きくなったら、この手紙を読んでちょうだいね。

 私たちが暮らすレアード王国からうんと北に行ったところに、母が大事にしていた地図を隠しています。モニカにも一度見せたことがありましたね。

 でも詳しい隠し場所はちょっと分かりません。たぶん北に行けば大丈夫。きっと。

 もしも見付けることが出来たら、また別のところに隠しておいてください。

 モニカの健やかな成長を祈っています。 母より。




「どこに場所が記してあるって?」

「まあ、どこを読んでいたのです? レアード王国からうんと北に行ったところと書いてありますよ」

「分かるかバーカ!」


 ──グレンは結局、伯爵邸で盗みを働いた罪を不問にするという条件で、伯爵令嬢モニカ・フェルンバッハの()()()()に付き合うことを決めた。


 騎士団に突き出すような真似はしないと言質を取ったので、ひとまず危機は去ったが……物理的に心臓を握られた状態で安心できるわけもなく。

 モニカは前報酬としていくつかの金品をグレンに渡した上で、聖遺物“創生の地図”を見付けたら必ず心臓を返すとも言ったが、一体いつになるのやら。


 そしてこれは言うまでもないが、グレンはこのふざけたままごとに最後まで付き合うつもりは毛頭ない。


 贋物“隷属の箱”の特性上モニカを殺すことが出来ないなら、適当なところで彼女が旅を辞めたくなるよう仕向けるまで。

 所詮は温室育ちの箱入り娘、いや心臓箱入れ娘、外界の荒んだ空気に触れさせて脅すなり何なりすれば怖気づいて帰る──と信じたいが早々に自信がなくなってきた。何だ心臓箱入れ娘とは。冷静に考えて頭がおかしいではないか。こんな異常な女に他の貴族令嬢と同等の扱いをしたところで、全く通用しないであろうことは自明の理。それこそ殺す気で……いや殺したら自分も死ぬのだったと、グレンは一人頭を抱えてしまう。

 存在すら曖昧な聖遺物の行方なんてどこへやら、グレンは忌々しい令嬢をどうやって家に追い返すかということだけを考えながら、段々と近付いてきたビーチェの町に視線を遣った。


「見てください、そろそろビーチェの町ですよ! 盗賊さ……あっ駄目ですね、外で盗賊さんなんて呼んじゃ」

「そうだぞお前。仮にも護衛役に向かってそんな呼び方──」

「屋敷に忍び込んで金品を物色した非道な賊に敬称なんて要りませんものね! グレンとお呼びします!」


 悪意があるのかないのか満面の笑みではしゃぐモニカを、グレンはかろうじて蹴り落とさずに馬車から降りる。屋敷からここまで足となってくれた馭者への報酬は、今日のために資金を貯めていたというモニカの財布から支払われた。

 今後はモニカの発言に苛ついても、安易に暴力を振るえば自分の身にも危険が迫ることを肝に銘じておかなければならない。全くもって納得がいかないが、グレンは彼女を「大事に扱う」ことを終始強いられるのだ。


「これが地獄か……」


 彼は人生で初めて、日々の行いを反省してしまった。




 ──その後、とくに聞いてもいないのに喋り出したモニカの話によると、彼女が先程から連呼している「お母さま」というのは現伯爵夫人のことではなく、十数年前に病死した先妻のことを指す。

 グレンが盗んだ黄玉のペンダントも、その先妻が所持していたものだったとか。

 しかしこれは現伯爵夫人の部屋で埋もれていたはず……そんな小さな疑問を汲み取ったのか、モニカは街の景色を眺めながら苦笑する。


「随分前に、異母妹のカルラに取られてしまったのです。綺麗だからちょうだいと」

たかられてるじゃねぇか」

「確かにそうですね」


 何でもないように笑ったモニカを一瞥し、グレンはぴんと来た。

 現伯爵夫人とその娘カルラは金遣いが荒いと巷で評判だ。その噂を聞いたからこそ昨晩のグレンも、さぞかし高価な物を溜め込んでいるのだろうと伯爵邸を標的に選んだわけで。

 今ではその軽率な選択を猛烈に後悔しているが──しかも意外と豪遊しているわけでもなさそうだった──とにかく、先妻の子であるモニカは性格に難ありの後妻と異母妹から、長らく虐げられていたのだろう。

 なんとも哀れなモニカの肩身狭い立場を知り、グレンは唇の端を吊り上げる。


「そーかそーか可哀想に! 昨日は何でお前だけ屋敷にいるのかと思ってたが、意地悪な妹に夜会のドレスでも隠されて一人寂しくお留守番してたわけだ。お前の呑気なツラ見てると苛つくのも分かるが、いやぁお貴族様の喧嘩ってのは陰湿だねぇ」

「本当に困った子です。私のよくない噂をばらまくものだから、十年前から婚約していた許嫁も少し前にカルラに鞍替えして」


 嬉々として嫌味を言ったら更に哀れなエピソードが飛び出し、二の句が継げなかったグレンは意地の悪い顔をそのまま引き攣らせた。

 しかし一方のモニカは真っ白な頬に右手を添え、やれやれと肩を竦めるのみ。やれやれじゃない。


「まぁそれは良いのです! 私は近々おうちを出て、お母さまの地図を探すつもりでしたから」

「はあ……お前さっきから簡単に言ってるけどな。このクソ適当な手紙だけで、聖遺物の在り処なんか分かるわけねぇだろ」


 金持ちの家を漁る盗賊だって、侵入前に大雑把な目処を付ける。事前に屋敷の構造を外から把握した上で、一家が外出する隙を突くといったふうに。何の計画もなしに乗り込めば即お縄になるのは当然だ。

 盗賊稼業と聖遺物の捜索を同列に考えるのもどうなのだと言われそうだが、モニカの中にそういった段取りがあるようには見えなかった。そもそも聖遺物は国家規模の組織が動いてようやく見付かるものであって、その辺に落ちているガラクタを拾うのとはわけが違う。

 いや待てよ、とグレンはそこで視線を宙に飛ばす。

 ビーチェの町から馬車で三日ほど行ったところに、大都市ラトレ──光の神々が一柱、植物神ラートルムの名に肖った町がある。聖遺物“目覚めの森”が拝める神殿では、森に眠る神が訪ねた者に導きを与えると昔から言い伝えられていた。

 ラートルムから何らかのお告げを貰った人間が、戦争の立役者になったり素晴らしい発明家になったりと、最終的に華々しい成果を上げるというお決まりの御伽噺も数多く存在する。


(つまりはまさか……神頼みか? 勘弁してくれ……)


 うきうきと次の馬車を探し始めたモニカの背を見て、グレンはげんなりと溜息をつく。

 後ほど、本当に神頼みであればどれだけ良かったかと嘆くことになるとは露知らず。


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