3-1
「──長い黒髪に青い目? いや、見たことないな」
「街道沿いの町だし、貴族の馬車はよく通るけどねぇ……」
「ところでお嬢ちゃん、宿を探してるなら安くしとくよ!」
「おうおう別嬪さんじゃねぇか。どうだい、向こうに酒場があるんだが一杯」
「あ、け、結構です、すみません」
慌ただしく首を左右に振ったヒルデは、有益な情報を得られぬまま人混みから抜け出す。
がっくりと項垂れた少女を迎えたのは、同じく聞き込みをしていたモニカと、特に何もせずに井戸端で欠伸を噛み殺していたグレンだ。
「ヒルデさん、どうでしたか?」
「誰も見ていないそうです……」
「気を落とさないでください。もしかしたら夜中のうちに通り抜けてしまったのかもしれませんし、ねぇグレン」
前向きな言葉を口にするモニカを一瞥し、グレンはその瞳により一層の忌々しさを込めてかぶりを振る。
ベラスケス王国の貴族に売られてしまったというヒルデの同行人を探すべく、先日モニカは旅の進路を北西へと切ることを決めた。グレンを含めた魔術師が総じてベラスケス王国に近寄りたくない旨を聞いたにも関わらず、だ。
勿論グレンは絶対に嫌だと猛反対したが、宝石箱をぽかぽか叩かれたことで敢えなく沈黙。いや撃沈。心臓への直接攻撃に耐え兼ね草むらに転がった彼に向けて、モニカは笑顔で告げたのだった。
──旅は道連れ世は情け、ですよ。
お前が一度でも俺に情けを掛けたことがあったかと、グレンは遠い目をしながらも渋々と承諾することに。
そういうわけで三人はレアード王国の西街道を突き進みながら、付近の町でこうして聞き込みを重ねているのだが、結果は芳しくない。それもそのはず、人売りから買い取った商品を道中で晒すような馬鹿な貴族はいないだろう。つまり、この辺りの住人がヒルデの同行人を見かけた可能性は限りなく低いのだ。
それが段々と分かって来たのか、ヒルデの顔色は青さを増していくばかりだった。
「申し訳ありません、グレン殿。ベラスケスに入る前に見付かればと思ったのですが……」
「……ひとつ聞くがピンク髪」
「はい」
「お前の同行人、魔術師なら一人でも逃げられるだろ。その可能性は考えてねぇのか」
グレンの問いかけに、ヒルデは少し考え込んだのち、ゆるゆるとかぶりを振った。
「その……私たちは西大陸からやって来たのですが、向こうの精霊術師──いえ、魔術師は人を傷付けることを許されていないのです。その力を戦に用いることも、彼らの掟を破る行為だそうで」
「何?」
広い西海の向こう、光の神々と暗黒が死闘を繰り広げたという決戦の地。今では西大陸と呼称される大地だが、そこでも名称は違えど魔術が継承されているようだ。
そこから航路を使って遥々やって来たと言うヒルデ。彼女の口振りから察するに、個々人が自由に学び力を行使する東大陸とは異なり、向こうでは魔術師を統制する正式な機関が存在するのだろう。そこに属している限り、ヒルデの同行人は例え自分の身に危険が迫ったとしても、相手の命を奪うような術は行使できない──なんとも面倒な掟だ。
ただでさえ魔術師は、聖霊とは名ばかりの我儘な化物との付き合いがあるというのに。
グレンが右手に嵌めた金の指輪を見詰めていると、不意にヒルデの後ろから人影が現れた。
「おい、お前さんたち、人を探してるなら子爵様に会ってきたらどうだ」
「子爵?」
「ああ、ほら。あのお屋敷だよ」
杖をついた老人は、曲がった腰をわずかに伸ばしつつ片手を持ち上げる。しわしわな指先を追って振り返ってみれば、民家がごった返す丘の上に、豪勢な屋敷が聳え立っていた。あれが子爵の屋敷だろうか。
すると手のひらで陽射しを遮りながら屋敷を見上げたモニカが、「あ!」と思い出した様子で声を上げる。
「もしかして凄腕の占い師様を雇ったというアロイス様のことでしょうか?」
「そうそう、時間があるなら行ってみるとよい。占い師様は平民の声にも答えてくださるからな」
「……占い師ぃ……?」
老人が上機嫌に立ち去っていく傍ら、グレンは胡散臭さ全開の単語を反芻する。
魔術師もかつては占い師と混同された過去があるものの、占いは聖霊の力など借りていない。つまりは完全な勘、当てずっぽうのデマを吹聴する存在に等しい。それを知らぬ愚かな権力者が占いを信じ込み、複数の国を巻き込んで大戦争に発展した事例もあるのだから、なかなか業の深い者たちだ。
──しかしながら、魔術と占いの違いを知る者が少ないのもまた事実。
加えて焦りに支配された人間ほど、冷静な判断は出来なくなるわけで。
「──う、占い師様にはどうやったら会えるのでしょうか、ご老人……!」
「あいつカモだな」
ヒルデが必死の形相で老人を引き留める姿は、大博打に出ようと奮闘する借金苦の男と重なる。そこまでして同行人を助けたいのかと肩を竦めたところで、ふと感じる息苦しさ。
喉が絞まるような不快な感覚を押しやるべく、グレンは少女の頼りない後ろ姿から視線を外したのだった。
▽▽▽
レアード王国の小さな領地を治めるアロイス。彼は数か月ほど前に、一人の占い師を雇ったことで噂になっていた。
占い師の名はゾフィ。元々ごく平凡な市民だった彼女は、ある日突然「天啓」を授かったという。
曰く彼女は、近所に住まう子どもの怪我を予言したり、豪雨による川の氾濫を警告したり、どこの誰の家で盗難が起きることまで言い当ててしまった。ゾフィの噂は瞬く間に広がり、やがて光の神々から加護を受けた乙女として、貴族からも注目を浴びるようになったのだ。
そうして彼女は今現在、我先にと声をかけたヴェルナー子爵の館で専属の占い師として雇われている。聖霊を駆使する魔術師を遠ざけておきながら、からくりが何ひとつ分からない存在を傍に置こうとする安直さに、グレンは少々呆れてしまった。
「で? 占い師は人探しも出来んのか?」
「さあ、聞く限りではご近所トラブルを解決した話しか知りませんが……あ! 駄目元でお母さまの地図のことも聞いてみましょうか!」
「そりゃ良い! 場所が分かればここで解散な!」
「そこまで無事に私を送り届けるまでが護衛役ですよグレン!」
「クソ」
笑顔で提案して爽やかに却下されたグレンは、一転して悪態をつきながら舌を打つ。
木材の隙間、漆喰の暖かな白が光を照り返す半木骨造の民家に挟まれた細い階段でグレンとモニカがささやかな攻防を終える頃、緊張気味に前を歩いていたヒルデが立ち止まった。釣られて歩みを止めれば、先程は民家の群れに隠れていた子爵の屋敷が、その全貌を明らかにしていた。
グレンは大きな三階建ての建物を見上げ、フェルンバッハ邸に侵入した夜を思い出す。胃が痛くなってきた。今度から貴族の家に忍び込むときは、モニカのような危険な女がいないかも確認事項に入れておかなければ……なんて懲りもせずに考えたときだった。
「ヒルデさん、私がご挨拶しましょうか? 一応アロイス様と面識がありますから。その方がスムーズに占い師様とお会いできるかも」
「本当ですかっ? ならばあの、お願いします……!」
「ええ、お任せくださいな。ということでグレン、護衛騎士のお芝居をお願いしますね」
「は?」
グレンは屋敷に入るつもりなど微塵もなかったのだが、それを見抜いていたかのように襟首を掴まれる。ずるずると木陰に引きずり込まれたかと思えば、モニカが肩掛け鞄から梳かし櫛を取り出した。平たい板状のそれを構えた彼女は、グレンの金髪をざくざくと梳き始める。
「いだだだだ頭皮に突き刺すな! 何だいきなり!?」
「私の護衛騎士っぽく見えるように、髪を整えて差し上げようと思って。私がチンピラを伴って現れたらアロイス様に怪しまれてしまいますでしょう?」
「盗賊を連れ回してるんだから存分に怪しまれとけよ」
「えっ。ぐ、グレン殿は盗賊なのですか!?」
二人のやり取りを少し離れたところで聞いていたヒルデが、思わずといった様子で驚く。ハッと自分で口を塞いだ少女を指し、グレンは「ほら見ろ」と言わんばかりに告げた。
「正気を疑うあの顔をよぉく見な、あれが一般的な感覚を持つ人間の正常な反応だ」
「ふふ、もうそんな、まるで私が異常者のように仰らないでください。はい、完成ー」
そうだと断言したつもりだったが、やはり伝わらなかったらしい。
グレンがきっちりと横へ流された前髪を落ち着かない手つきで触っている間に、モニカは少女を引き連れてさっさと屋敷の正面玄関へと向かってしまう。
途中、薔薇色の瞳がこちらを振り返っては優美に微笑んだ。
「盗賊として突き出したりしませんよ。あなたを失えば困るのは私ですから」
モニカの目的を知らないヒルデが、何を勘違いしたか頬を赤らめて「え?」と二人を交互に見る。残念ながらグレンは少女が考えるような間柄とは程遠い奴隷のような立場なので、それは後ほどしっかり訂正するとして。
屋敷の外にいても特にやることもなし、グレンは仕方なくモニカの護衛騎士役を演じることにしたのだった。




