2-10
モニカへ。
先日はすまなかった。突然、婚約を破棄したいだなんて言いだして……。
君の妹のカルラ嬢が、どうしても僕と結婚したいと涙ながらに訴えたんだ。聞けば、彼女よりも二回りも年上の侯爵から縁談を申し込まれたらしくてね。彼はあまり良い噂を聞かないから、僕が何とかしようと言ったら、こんな形になってしまったんだ。
決して、地母神アルマに誓って、僕は君という最愛の人を裏切るつもりはなかったんだ。それだけは信じてくれ。
僕は今でもモニカが好きだ。調子のいいことをと思うかもしれないが、これはきっと……真実の愛、と呼ぶべき感情なのかもしれないね……。
ああ、モニカ。どうか罪深い僕のことを想って泣くなんてしてはいけない。
まだ君の心が離れていなければ……幼い頃に約束した刺繍入りのハンカチをくれないだろうか。今度の狩猟大会に持って行きたい。
返事を待っているよ、僕の可愛いモニカ。 ロベルト・アンデ
──そんな手紙を送ったのが二週間ほど前のこと。
少し前に返事が来たのだが、ロベルトは内容を見て仰天した。本当に仰天してしまった。
何とモニカの手紙には「お幸せに!!!!」としか書かれていなかったのだ。ロベルトが書き連ねた感動必至の愛の囁きに関してはごっそり無視である。涙の痕はおろかシワひとつない便箋、軽やかな筆跡、妙に多い感嘆符も気になって仕方ない。
もしや、有り得ないとは思うが、そんな馬鹿なことはないと思うが──あの子、めちゃくちゃ元気なのでは?
「何故!? モニカの初恋相手は僕のはずなのに、何故こんなにあっさりしている!?」
幼少の頃、自らの意思とは関係なしに配偶者として定められていた仲とはいえ、モニカの好意は確かに存在していたはず。いや、先妻が急逝してからはあまり笑わなくなったが──それでもそう簡単に、こんな優良物件かつ良い男ロベルト・アンデへの想いを断ち切れるものだろうか!?
ロベルトは走った。居ても立ってもいられず、公爵邸を飛び出し、急いで元婚約者の元へ駆ける。
カルラと会う約束にかこつけて、彼は迷うことなくモニカの部屋を目指した。途中、いつも熱い視線を送って来たメイドたちが、今日はやけに冷えた視線をぶつけてくる。
「どの面下げて来たのかしら、あの浮気男」
「ほんと……さっさとカルラ様と出ていってほしいわね」
わざと聞こえるような陰口を叩きながら、メイドはこれみよがしに溜息をついて立ち去った。
好青年を迎えるには些か殺伐とした空気だが、これは──やはりモニカが傷心しているのではなかろうか。毎日涙をあふれさせ、食事も喉を通らないのではなかろうか。そうして、やり場のない感情を侍女やメイドに吐き出して……。
ロベルトは感極まり、滲み出た涙を拭う。失礼過ぎるメイドの陰口にも目を瞑ろう。
一連の元凶は、美しきフェルンバッハの姉妹を争わせてしまった自分なのだから!
「ああ、モニカ! 気丈な手紙を寄越したのは心優しい君の気遣いだったんだ、ね……?」
勢いよく開けた扉。
もぬけの殻になった部屋を見渡し、廊下を確認する。ここはモニカの私室で間違いないが、なぜ誰もいないのか。
「ロベルト君、いつも言うが断りなく娘の部屋に入るのはやめてくれんかね……そういう教育とか受けなかった? 受けなかったか……」
「伯爵!」
ぼそぼそとした喋り方に振り返れば、シュレーゲル伯爵──モニカの父エッカルト・フェルンバッハが相変わらず曖昧な笑みを浮かべて立っていた。
「伯爵、モニカはどこに?」
「なぜそんなことを聞くんだい?」
「彼女が憔悴しているのではないかと心配で参ったのです! まさか失恋の悲しみに耐えきれず修道院に!?」
「いや、いやいや……モニカは元気だよ。今はちょっと外出しているけど」
「元気!? そんなまさか……!」
ロベルトは誰かに殴られたようによろめき、背中を壁に預けてしまう。彼が派手に衝撃を受ける傍ら、その様子を眺めていた伯爵が少しだけ肩を竦める。
「……ロベルト君。きみは……カルラの婚約者になったんだから、ね。モニカのことはもう放っておいてくれ」
「でも伯爵、モニカは僕を」
「ロベルト君」
「はい」
伯爵が口調と表情はそのままに、携えていた剣をやおら引き抜く。これは黙らなくてはいけない合図だと本能で理解したロベルトは、すぐさま口を閉ざして伯爵に向き直った。
ようやく静かになった廊下で溜息をつき、伯爵は誰もいない長女の部屋を一瞥する。
「……モニカは……随分前から、伯爵位を継ぐつもりだったようだよ」
「……はっ……?」
「だから学院に通って、たくさん勉強して……君との婚約を白紙に戻してほしいとも言っていた。君のことはカルラにでも譲ってくれと」
「えっ?」
伯爵は一体何を言っているのだろう。いや、今のが本当にモニカの言葉なのかと、ロベルトは頭が真っ白になる。
壊れた玩具のように動きが錆びついた青年を見て、伯爵は「分かりやすいなぁ……」と呟いた。
「ほら、ロベルト君。カルラと会っておいで。モニカは──赤の他人だ。君とて詮索は許さない」
伯爵がおもむろに剣先を動かせば、ロベルトは瞬時に踵を返す。そのまま早足に立ち去る背中を見送り、また一つ溜息が落ちた。
「……これでよかったかい? ミレーユ……」
亡き先妻の名を口にして、エッカルトは長女が使っていた私室の扉を閉じたのだった。
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