2-7
「ブランシュ! ああブランシュ、無事で良かった!」
「フゴゴッ」
「俺が目を離したばかりにっ……もう二度と君を危険に晒さないと誓おう!」
「ブヒ」
死屍累々の舞台裏、感動の再会を果たした殺人鬼と子ブタ。
下らないド三流演劇を見せられたような気分に陥るグレンの隣、一体何が琴線に触れたのかモニカがそっとハンカチで涙を拭う。
その後方、成り行きで茶番に付き合わされた薄紅の髪の少女は、隠し切れない困惑を滲ませながら立ち尽くしていた。
「はー……だからブタは嫌だって言ったんだよ……」
「あら、グレン。もしかしてブランシュちゃんを戻して来いって言ったのは」
「あのブタ狂いと関わる可能性が高くなるからだ」
エクホルムの悪魔はいつもブタを連れている。
それはもちろん食用としてではなくて、末恐ろしいことに恋人としてだ。
行き倒れていた彼に気まぐれで食事を奢ってやったとき、グレンは初めてその特殊な恋愛観を知ったのだが、言わずもがな今なお受け入れられていない。すんなりと受け入れてくれる人間が少なかったからこそ、彼は己の愛を貫くために日々奮闘しているわけで──結構なことだが、とにかく迷惑極まりない。
軽い頭痛を覚えたグレンは、そこで話を切り上げて天幕の裏口へ向かう。
「騎士団が騒ぎに気付く前にずらかるぞ」
「まあっよろしいのですか? 私を騎士団に保護させる狡賢い作戦は?」
「疲れたから中止だ」
「あ、それならグレン。ヒルデさんのお知り合いを探してから……」
「ヒルデ?」
誰だそいつは、とグレンが眉を顰めたとき。
グレンと、子ブタと抱擁していた青年、それから薄紅の髪の少女が同時に後ろを振り返る。
彼らの挙動に驚いたモニカも一歩遅れて振り返れば、暗闇の奥から甲高い笑い声が響き渡った。
「好き勝手に暴れてくれたなクソガキども……このまま無事に帰すと思うなよ……!」
これは──支配人の声だ。まだ退散していなかったのかと意外に思ったのも束の間、やがて現れた巨大な影を見てグレンは納得を得る。
「なるほどな。妙にしょぼい傭兵使ってると思ったら、こんなもん隠してたのか」
「わあ……グレン、あれは何ですか? 初めて見ました」
地響きと共に闇から浮かび上がったのは、奇怪な怪物だった。
原型はヒョウだろうか。額には禍々しい光を放つ赤い宝石が埋め込まれ、背からはあるはずのない翼の骨組みが生えている。体中に浮き出た黒い紋様は、怪物が息をするたびに脈動した。
「カイメラだ。聞いたことあんだろ」
「カイメラ、カイメラ……あ! え!? ベラスケス王国の生物兵器のことですかっ?」
モニカの吃驚を後目に、グレンは面倒臭さを露わにしつつ頷く。
レアード王国の北西に位置するベラスケス王国には、昔から不気味な噂が絶えない。この篏合体はそのうちの一つだ。
魔術の掛けられた贋物を、生きた人間や動物の肉体に埋め込み、自然の理から無理やり逸脱させる。神に近付く方法として古くから行われている実験だが、単なる化物を生み出す禁忌として認識するのが正しいだろう。
贋物を埋め込まれた生物は総じて正気を失い、贋物の力によって肉体を作り変えられてしまうのだ。放置すれば正真正銘の化物へ、魔術で上手く躾けられれば──強力な兵器となる。
そんな実験を数十年前から繰り返しているベラスケス王国は、失敗作の処分に困って大陸各地に放ったというわけだ。
おかげで今、大陸ではカイメラ狩りが良い小遣い稼ぎになっているのだが……大抵の人間は返り討ちにされることのほうが多いだろう。
「エクホルムの悪魔が何だァ! 所詮は人間、化物の前では無力よ! 貴様ら全員カイメラの餌にしてくれるわ!」
自棄を起こした支配人が鞭を打ち付けると、カイメラが咆哮を上げた。そして、最も近くにいた少女に狙いを定めて駆け出す。
「危ないヒルデさん!」
初めて見る怪物に気が動転していたのか、ヒルデと呼ばれた少女はモニカの声で我に返り、弾かれたように後ろへ跳躍した。間一髪でカイメラの前脚を避けたものの、丸腰の少女にはそれ以上どうしようもない。
立て続けに強靭な前脚が振られようとしたならば、いつの間にか距離を詰めていたエクホルムの悪魔がカイメラの横面を蹴り飛ばす。そして握った双剣を素早く回転させては眼球に狙いを定め、一息に突き刺した。
響き渡る獰猛な声。がむしゃらに暴れるカイメラから飛び退いた青年は、呆けているヒルデを一瞥する。
「外に行け」
「あ……」
少しばかり青褪めた少女は、再び立ち上がったカイメラを見てかぶりを振った。
人売りたちが没収したであろう武器の山を指差し、ヒルデは毅然とした口調で告げる。
「け、剣があれば戦えます、私も」
「駄目だ!!」
いきなり大声を出す癖は治した方が良いぞ、とグレンが遠巻きに二人を眺めていると、エクホルムの悪魔は何やら鬼気迫る態度でヒルデの肩を掴んだ。ちなみに少女は今の大声で沈黙してしまっている。
「俺は人間全般が嫌いだがな、救わねばならない者なら分かるぞ。ブランシュと、ブランシュを受け入れてくれる者、そしてブランシュと似た人間だ!」
「私のことですか!?」
「殺せ、殺しちまえピンク髪! お前ブタ扱いされてんぞ!」
殺人鬼から薄紅色の髪を子ブタの色に例えられ衝撃を受けるヒルデと、ここぞとばかりに野次を投げるグレン。カイメラそっちのけで騒ぐ彼らに、支配人は発狂しながら鞭を床へ打ち付けたのだった。




