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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
16.綻び

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16-4

 東館を脱したのは、うっすらと夜空が明るくなる頃合いだった。天を摩する尖塔の影が浮かび、次第に自身の持つ色彩を取り戻していく皇宮を見上げたグレンは、知らずのうちに漏れ出た溜息を噛み殺す。


 イーリスからもたらされた予言の内容。それは大司教の嘘を明らかにするものではあったが、事実は会合で語られたものよりも酷い帰結だったと言えよう。終焉は必ず訪れる未来であり、人が何をしようと決して避けられないなどと──余計に国王らを恐怖させるだけだ。そうなればますます神聖国の良いように転がされてしまうだろう。


(……けど、妙な点もある)


 グレンは足音を立てぬまま柱廊を突っ切り、ちょうど鉢合わせそうになった見張りを物陰に潜むことでやり過ごす。ついでに呼吸も落ち着けつつ、イーリスから聞いた話を脳内で反芻した。


『火神アシェの焔は、暗黒に毒された被造物全てを焼き殺す光。つまり……欠片以外の生物は全部、死ぬ定めにあると予言には書いてあった』


 イーリスや彼女の弟であるフルム、そしてモニカに、まだ見ぬ聖遺物の所有者たち。欠片である彼らは終焉を乗り越えられる人間であって、それを未然に防ぐことはおろか、他の人間を救うための存在ではなさそうだった。


 ならば何故、大司教は欠片を集める必要があるのだろう。会合では暗黒との戦に備えてどうのこうの言っていたが、あれも嘘なのだろうか。嘘だとすれば、メム=アステアにはイーリスが知らない別の目的を抱えている可能性も考えられる。


 ……いずれにせよ、欠片を返したところで終焉が回避できないのなら、モニカを神聖国に引き渡す必要はどこにもない。大司教の思惑通りに事が進んでしまう前に、これだけは伝えておかなければ。


(にしても、暗黒に毒された被造物ってのは……人間がそうなのか?)


 夜を明かし切れない、細く頼りない暁光で自らの手のひらを見遣る。


 人間は光の神々によって創られた生物だと、神話では語られている。天空神の純然たる善意と正義を注ぎ込み、地母神の慈悲と愛を混ぜて出来上がったのが原人であり、それこそが現代を生きる人間の先祖だった。


 しかしながらグレンを含むすべての人間は、善意も悪意も同等に併せ持つ生物だ。清廉潔白な原人とはまるで違う生き物と言ってもよいだろう。終焉を迎えるにあたって、悪意で穢れてしまった人間が浄化の焔に焼かれて死ぬことになるのは、それなりに筋の通った話かもしれないが──。




「捜したぞ」




「っ!?」


 そのとき、ぞくりと背筋に悪寒が走り、グレンは咄嗟に物陰から飛び退いた。


 彼のくすんだ金髪がはらりと散るのに併せ、白い人影が薄闇に浮かび上がる。抜身の剣を手にしたその人物は、迷いのない足取りでこちらへ歩み寄ってきた。


「……お前」


 グレンは即座に短剣を引き抜きながら、半歩ほど後ずさる。最中、一際強く射し込んだ朝日が、甲冑の縁を鋭く照らした。


「白騎士……?」


 ハヴェルと共にいた女騎士。直接言葉を交わすのはわずか二度目だ。何故この女が突如として刃を向けたのか、グレンには皆目見当がつかなかった。いや、そもそもどうしてこんな場所にいるのかと、彼女の動きを注視したままグレンは口を開く。


「何の用だ? あんたの恨みを買った覚えはねぇんだが」

「案ずるな、恨みなどない。話すこともな」


 甲冑の内側から発せられる淡白な返事を皮切りに、白騎士が地を蹴った。全身を鎧で固めているとは思えぬほど素早い動きに度肝を抜かれる暇もなく、暴力的なまでに鋭い閃きがグレンを襲う。


 小手調べにしては重すぎる一撃を正面から受け止めたグレンは、舌打ちまじりに短剣を引き、後ろへ下がりつつ刃を弾き返す。エクホルムの悪魔ほどではないが、常人離れした力の持ち主であることに相違ない。油断すれば一瞬で首を刎ねられると直感し、グレンは攻撃を辛うじて躱しながら右手の指輪を回した。


「光よ、空を裂く剣の巌よ」


 危険を承知で白騎士の剣を下方へ押さえ込めば、槍のごとき巌が地表から突出する。互いの両手に走る衝撃の後、巌は剣のガードを砕き、白騎士の右手を容赦なく抉った。鮮血を飛ばしながら右手を離した彼女はしかし、動じた様子もなく身を翻すと。


「なっ……──っ!」


 回し蹴りをグレンの右肩へ命中させるや否や、怯む隙も与えずに柄頭で彼の側頭部を打った。大きく横へ振られた彼の襟ぐりを掴み、止めとばかりに地面へ叩きつける。額が割れたのではないかと思うほどの痛みに顔を顰めつつも、グレンは渾身の力で白騎士の足を蹴り払った。


 バランスを崩した白騎士を俯せに押さえつけ、鎧のぶつかるけたたましい音が止む前に腕を捻り上げる。これでもう一度反撃に出られたら厄介だと、グレンが躊躇を捨てて短剣を振りかぶったときだった。


 ──突如襲った恐ろしいほどの倦怠感が、彼の肉体のあらゆる運動をやめさせたのだ。


 白騎士の首を捉えるはずだった短剣は耳の横を掠め、石畳に打ち捨てられる。ぐらりと傾いた体は言うことを聞かず、グレンは血でぬめった額を押さえたまま倒れ伏してしまった。


「は……?」


 誰に胸を貫かれたわけでもない。毒を盛られた覚えもなければ、この謎多き騎士が魔術を使った気配もなかった。


 いや、彼女が魔術を使っていなかっただけの話かと、グレンは己の不注意を呪った。


 指の一本までもが動かせなくなると、仕上げと言わんばかりに睡魔が侵蝕する。重い石でも乗せられたかのように、糸で固く綴じられていくように、薄い瞼が開けられなくなる。



「……時間が掛かり過ぎだ。致し方あるまい」



 白騎士が誰かと話している声を最後に、グレンの意識は深い眠りの底へと落ちていった。



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