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モニカは向かいの牢屋に入っている誰かとぺらぺら話しまくっているようだった。鉄格子を握る手にも明るい口調にも、彼女が負傷した様子はない。
「チンピラ……」
「ええ、ここにいる方々と一緒にいても何ら違和感がないでしょう。あっ、ですがただのチンピラではありませんよ。魔術も扱えますし、身のこなしも軽いですし、きっと鍵開けもお手の物です!」
好き放題に言うモニカに、彼女らの視界の外でグレンが青筋を立てている傍ら。向かいの牢から静かな声がもたらされた。
「……モニカ殿は、その方を信じておられるのですね」
「え? 信じるというよりは──契約上、助けに来るしかないですからね!」
腹立たしいとかそういうレベルではない気がする。今すぐこの女を地下牢から引きずり出し、舞台上に晒してくれと競売の司会者に引き渡したくなった。
モニカが「でも」と続けて何かを言う前に、グレンは鉄格子を強めに掴んで会話に割り込む。そうして呆けた顔でこちらを見上げる薔薇色の瞳に、にっこりと大袈裟に笑い返した。
「よお、投獄された気分はどうだお嬢様」
「まぁ! グレン、もう来てくださったのですね! 牢屋はグレンも何度もお世話になりましたか?」
「なってねえよ一度たりともなったことねぇよ」
正直に言うと騎士団相手に何度も下手を踏んだことがあるが、死んでもモニカには言わない。
必死に否定してしまったグレンは咳払いをしつつ、牢屋の扉に掛けられた錠前を一瞥し、ふむと考え込む仕草をした。
「はー、いやどうしたもんかな。俺は投獄された経験なんてこれっぽちも無いから、さすがに牢屋の開け方は知らねぇんだよな。いやー残念」
「お屋敷の鍵を開けるのと同じではないのですか? お父様の金庫は針金で開きましたよ」
「お前そのくせ俺のこと盗賊だ何だ言ってんのかよビックリだわ」
気を抜くとすぐにペースを飲まれてしまうと悟ったグレンは、そこで一旦間を置いてから冷たい床に膝をつく。
「とにかく牢屋の鍵は何かすげぇ技術が使われてるから開きません。諦めな」
「そんな……じゃあどうやって外に出たらよいのですか?」
「ああ、そこで俺から良い提案がある」
鉄格子を掴む真っ白な手を、グレンはとんとんと指で叩いた。そうして期待感を露わにしたモニカの耳に、今しがた思い付いた良案を囁いたのだった。
「──その辺を巡回してるはずのレアード王国騎士団に、この会場を押さえてもらおう」
「騎士団に? 確かにそれなら」
「ラトレにゃ帝国軍もいたようだしな。大事にしちまえば国も動かざるを得ない。そこで、哀れにも捕らわれてしまったお前が人身売買の証人になるんだよ。フェルンバッハ家の長女は家出したんじゃなくて、悪い悪い人売りに拉致されてましたってな」
「え?」
笑顔のままぱちくりと目を瞬かせたモニカが、話の流れに疑問を抱いたのか首を傾げる。その傾きを片手で無理やり修正しながら、グレンは凄むような笑みを近付けた。
「騎士団に保護されちまうと、お前の旅も一旦中止せざるを得ないだろうが……まあ仕方ないよな? これもお前と、人売りに捕まった善良な人々を助けるための手段だ……」
「ま……待った! 異議あり!」
「却下!! ラトレじゃ失敗したが、今度こそお前とおさらばだ箱女!」
「あ!?」
鉄格子の隙間から腕を突っ込み、油断していたモニカの鞄を掴み取る。宝石箱さえ奪ってしまえば、あとはモニカから解呪の言葉を引き出せば良いだけだ。
いや、そんなことをしなくとも騎士団によって身柄を伯爵邸まで戻されたら、いくらモニカとて諦めがついて心臓を解放するだろう。
今回ばかりはこちらに軍配が上がったと歓喜したのも束の間、グレンは妙に軽い鞄を二度見した。
「お前、贋物はどこやった?」
「あ、ええと、それがですね」
モニカは気まずそうな笑顔を浮かべ、いつからか膝元にいた子ブタを撫で回す。嫌な予感がして続きを促せば、彼女が大変申し訳ないとばかりに言った。
「……高価なものに見えたみたいで、没収されてしまいました」
「バーカ!!!!!!」
グレンはすぐさま鞄をモニカに突き返すと、宝石箱の行方を探すべく床を蹴る。あの箱の特性を知る貴族にでも売り払われたら、それこそ一貫の終わりだ。
「ま、待ってくださいグレン殿!」
「ああ!?」
しかし今にも走り出そうとしたところで呼び止められる。忌々しげに振り返ってみれば、声の主はモニカの向かい側の牢にいた少女だった。
珍しい薄紅の髪に目が行ったのも束の間、グレンは苛立ちを露わにしたまま「何だ」と投げやりに応じる。少女は怯みながらも鉄格子を握ると、躊躇いがちに尋ねた。
「く、黒髪の、小柄な人を見ませんでしたか。私と一緒に旅をしていた者なのですが、地下牢から連れて行かれてしまって」
「そいつかどうかは知らんが、舞台上で熟睡してる奴ならいたぞ。もう売れただろ」
「え……」
「こら、グレン! 不安にさせるようなこと言ってはいけません!」
「俺を不安のどん底に突き落としてる奴に言われたかねぇよ!」
みるみる青褪めていく少女に構っている暇もなく、捨て台詞を吐いたグレンは狭い通路を引き返した。
足音を隠しもせずに突っ走り、角を曲がったところで武装した見張りと出くわす。牢屋から嫌がる少年を引き摺り出そうとしていた男は、突然現れたグレンに驚いた様子だったが──すぐさま少年を突き飛ばし、手にしていた槍を構えた。
「誰だお前! このっ」
勢いよく薙いだ穂先はしかし、グレンを捉えることはなかった。
槍が振られると同時に勢いよく踏み切ったグレンは、混乱する男の肩を支えにして跳躍し、着地するや否や側頭部に回し蹴りを食らわせる。けたたましい音を立てて鉄格子に衝突した男は、鼻血やら折れた歯を落としながら倒れ伏した。
「そこ入っとけ面倒くせぇ!」
「ぐえっ」
駄目押しの蹴りを顔面に放ち、少年が入っていた牢屋に男をぶち込む。
そのままグレンが地下を立ち去っていく後方、一連の荒々しい戦闘を目の当たりにし、ひとりガタガタと震えていた少年。彼はもつれる手で鍵束を拾うと、男が目覚める前にと牢屋の扉を閉ざしたのだった。




