13-3
光の神々が守りしこの世界は、創造の時代より始まった。
混沌のうねりを前にした天空神はまず、息子である海神タウラフに、生命を育むための巨水を創るよう命じた。
その巨水は後に、地母神アルマが大地を浮かべる際の基盤となるものであった。タウラフは父神に言われた通り、母のため広大な海を用意した。
しかしタウラフは神々の務めたる世界の創造に対して、それほど熱心な姿勢を見せなかった。生命の源となる海を創り出したかと思うと、それきり海底に建てた宮殿へ引きこもってしまったのだ。
役目を終えたとばかりに音沙汰をなくした海神に、共に大地の整形に携わるはずだった地母神は怒りを露わにする。
穏やかな気性のアルマが初めて激高した結果、海底にあったはずの宮殿は空高く打ち上げられ、あろうことか大きく隆起した山の上に取り残されてしまった。
母の憤怒を目の当たりにしたタウラフは、以降に続く神聖時代、闘争の時代においても積極的に神々の務めに関わるようになったと言われている。
──聖遺物“青き宝”には、そんな喜劇のような逸話が残されていた。
かつて海底に沈んでいた幻の宮殿の周囲には、海水が干上がって出来た大きな塩湖が広がる。
一見して白砂のようにも見える平らな地面は、長い年月を経て形成された岩塩層だ。それだけでも雪山に放り込まれたような錯覚に陥るが、“青き宝”の真骨頂は雨上がりの景色にある。
塩湖が冠水し、岩塩層の上にうっすらと雨水が張ると、まるで鏡面のごとく地上の景色を写し取るのだ。
晴天時に訪れると、空の中に立っているような素晴らしい光景が見られると有名だった。
「わあ……!」
ヒルデは歓声を上げたきり、胸元で手を握りしめたまま固まってしまった。ちらりと見てみれば、彼女は青色に挟まれた宮殿をうっとりとした目で眺めている。その頬もわずかに紅潮しており、現実離れした絶景に興奮していることがよく分かった。
東大陸に来てから何かと慌ただしかったが、久しぶりにヒルデの楽しそうな顔が見れたリュリュは、密かに安堵しつつ視線を戻す。
「聖遺物って聞いたけど、普通のお城だね」
塩湖の中央に聳え立つ、元の色が分からぬほど黒ずんだ古城。白く枯れた珊瑚礁と苔岩が融合したその姿は、創造の時代から今日に至るまでの四千年の歳月を窺わせた。
「リュリュ、精霊の気配はないの?」
「……いるにはいるけど、特に多いわけではないかな」
精霊の気配だけで言えば、レアード王国にある“目覚めの森”の方が上だろう。あそこもこれといった不思議な力が宿っている様子はなかったが、人間を拒絶するような重苦しい空気は神域と呼んで差し支えなかった。
対する“青き宝”は、美しい景色なれどただそれだけ、といったところ。
もちろん辺りは静かで、神聖さ漂う場所であることに違いはないが……本当にこれが聖遺物なのだろうかと、リュリュは首をかしげた。
「……“目覚めの森”は奥地に入ると帰って来れないらしいけど、ここはそんな噂もないみたいだし。タウラフが適当に造っただけのお城を、聖遺物って呼んでる可能性もありそう」
塩湖をぐるりと囲う胸壁を覗き込むと、透き通った水底に白い層が見えた。すぐ隣からヒルデの顔が現れ、二人分の影が湖面に落ちる。
軽やかに歌う鳥の声を聞きながら、二人は顔を見合わせた。
「とりあえず休もっか」
「ええ。どこか座れる場所……あっ」
ヒルデが指差したのは、登山者用のこぢんまりとした四阿だ。既に先客が一人座っているが、追加で二人ぐらい余裕で入れる広さだろう。
一足先に四阿の下で涼んでいた青年は、リュリュとヒルデに気付いては柔和な笑みを浮かべる。互いの挨拶はそれだけだった。
「ヒルデ、はい」
「これは?」
「おやつ」
長椅子に腰を下ろしたリュリュが差し出したのは、山麓の街で購入したナッツの小袋。カレンベル帝国は塩と魚介類以外にも食材が豊富らしく、野菜や果物、それから豆や種子にチーズやヨーグルトととにかく様々だ。こういったつまみが何処でも手に入るのも、帝国ならではだとか。
「美味しい、お兄様が好きそうだわ」
「お酒好きだもんね」
そのとき、酒好きの王と兄王子たちが気持ちよく酔っ払いながら剣を振り回す姿を思い出し、リュリュはそっと記憶に蓋をしておく。どうか将来、ヒルデがあのような物騒な酔い方をしないよう祈るばかりだ。
「これからどうする? 聖遺物も一応見れたことだし、帝都へ向かってみる?」
「……うん。もしかしたらグレンたちと会えるかもしれないし」
今のところ、東大陸の人間で堂々と調査に力を貸してくれるのは、あの二人しかいない。ベラスケス国王サルバトールが言うには、北へ行けば行くほど人々の暗黒に対する拒否感が強まるそうなので、身を守るためにもグレンとモニカに協力を仰ぎたかった。
もし護衛が傍にいてくれれば、彼らに迷惑をかけることも、先程のような下らない輩に絡まれることもなく、もう少し大胆に調査ができるのだが──。
「……?」
ふ、と冷たい風が吹き抜ける。
リュリュは顔を上げるや否や、四阿の外に広がる青い景色の、明らかな異変に気付いて硬直した。
──湖面に、何か奇妙なものが映っている。
視界へ真っ先に飛び込むは、ここにはない極彩色。絵具を乗せたような珊瑚礁の群れだ。混じりけのない七色が入り乱れる様は目を楽しませる一方で、見慣れぬ光景ゆえの毒々しさをも放つ。
そしてそこには地盤から飛び出した鉱石のように、無数の瑠璃の岩が自由に体を伸ばしていた。
中でも最もリュリュを混乱させたのは、逆さ吊りに見えている古城が、寂れた黒ではなく真新しい白亜で塗り固められていること。
まるでこれこそが、“青き宝”本来の姿であるかのような──。
「何か見えるかい?」




