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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
13.青に魅せられて

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13-2

 剣戟の音で我に返る。

 くるくると回転しながら、空高く舞った一本の剣が大きく弧を描く。草むらへ落ちるまでの軌道を追えば、乗じて潰れた声が下方へと叩き付けられた。


「ま、参った!! 許してくれ頼む!!」


 情けない声を上げた男は、打ち据えられた右腕を庇いながら無様にも後ずさった。彼の傍らには同様にして武器を手放し、恐怖に染まった顔で土下座をする野盗たちがいる。


 何も考えず、子ども二人と侮り襲ったことを強く後悔しているのだろう。


「命までは奪いません。即刻この場から立ち去りなさい」

「はい!!」


 両手を振って全速力で逃げていく背中を見送れば、小さく息をついたヒルデが剣を収める。


「ごめん、ヒルデ。最後ぼうっとしてた」

「え?」


 薄紅色の髪がふわりと翻り、少しばかり汗ばんだ顔がこちらを向く。新芽のように鮮やかで涼しげな緑色の瞳が、不思議そうに自身の両手を見詰めた。


「そうだったの? ……でも精霊の守護はずっと……あったわよね? 体が軽かったもの」

「うん。それはまぁ、息するみたいなものだから」

「す、凄いわね相変わらず……」


 特に意識せずとも、ヒルデの動きをサポートするよう風の精霊を召喚しておくことは造作もない。加えて彼女が万一にも怪我を負わぬよう、土の精霊で施した剣の補強もまた然り。


 ゆえにリュリュが謝ったのは精霊術の不備ではなく、仮にも戦闘中に意識を他所へ飛ばしたことについてだった。


「ううん、気にしないで。でも、もしかして熱中症とか……? 陽射しも強いし、少し休みましょう」


 額に優しく添えられたヒルデの手に、リュリュは瞼を閉じつつ頷く。言われてみれば確かに、陽射しを浴び続けたせいか体の内側が熱い。このまま山道を登れば、どこかでプツリと気を失ってしまいそうな気がした。



 ──トゥルヤ公爵邸でグレンたちと別れてから、リュリュとヒルデはカレンベル帝都オルステッドへ向かう予定だった。


 態度が悪いわりにはいつも懇切丁寧な説明をしてくれるチンピラ魔術師によると、公爵領から帝都を往復する馬車はよく注意して乗れとのこと。商業ギルドに属していない馬車を選ぶと、運賃をぼったくられることが頻繁にあるとか。


 馭者が着ける銀と青いリボンのバッジが目印だ、というグレンの言葉に従った結果、良心的な価格かつ安全運転の馬車に乗ることができたわけだが──。


「リュリュ、もうすぐ山頂ですって」


 九合目と書かれた立て看板を見て、ヒルデが明るく言う。


 馬車が向かった先は水の都と称されるオルステッドではなく、一度は立ち寄りを諦めた聖地セレニ高山だった。


 ここにのさばっていた黒翼の団という過激な義賊集団は、エクホルムの悪魔によって一人残らず始末された。執拗に貴族を狙う一団だったために仕方なく避けて通ることにしたのだが、今ならその心配もないだろう、と。


 麓にある街でしっかりと準備を整え、リュリュとヒルデは山頂──聖遺物“青き宝”を目指して登山道を進んだ。その途上、登山者の所持金や物品を狙う野盗に絡まれてしまったが、ヒルデがあっさりと追い払った次第である。


「もう休憩はいいの?」

「うん。登りきってから休んだ方が気が楽。……ヒルデ」

「なに?」


 木立の影が揺れる。そこには姿は見えずとも無数の鳥が集まり、絶え間なく鳴き声を上げていた。かと言って喧しいわけでもなく、晴れやかな空に響く自然の合唱は心地よいものだった。


 聖遺物“青き宝”に近付くにつれ、視界には石柱が並ぶようになっていた。そこはかとなく神聖さを帯びた参道を歩きながら、リュリュは隣にいるヒルデの手を握る。


「ユスティーナ様の怖いものって何だと思う?」

「…………大巫女殿の……何?」


 あまりにも似合わない言葉に、ヒルデが虚空を見詰めたまま首を傾げてしまった。


 西大陸で氷の女傑とまで恐れられる養母──ユスティーナとは、ヒルデももちろん面識がある。誰に対しても厳しく接し、例えそれが自国の王であったとしても躊躇なく意見を口にするような彼女に、「怖いもの」などあるのかと誰もが考え込んでしまうだろう。


 無論、ユスティーナの子どもとして十年以上過ごしてきたリュリュだってそうだ。優れた精霊術師である養母は、影の精霊──暗黒に対しても然して恐怖を抱いていない。厄介で扱いづらいと思ってはいるだろうが、それだけだ。


「大巫女殿は昔から毅然とした御方だったと、お父様が仰っていたわ。……寧ろその、本土で一番敵にしたくない人だと」

「それはお互いそう思ってるよ」


 閉鎖的な島国といえど、ローデヴェイク王の武勇伝は広く知れ渡っている。西大陸で長らく主権を握っている大帝国クルサードであっても、小さな島国を占領することは歴史上一度たりとも叶わなかったのだ。


 なにゆえローデヴェイクがこれほどまでに戦上手かつ、王家の人間に飛び抜けた身体能力が備わっているのかと不思議に思っていたが、それらは全てヒルデたちの遠い祖先に起因すると東大陸に渡って判明したわけだ。


 戦乙女ジークリット──光の神々に選ばれた人間の剣士。


 かの英雄の血筋であることは当人たちでさえ忘れ去っていたようだが、西大陸の各国はそんな過去を知らずともローデヴェイクを軽んじることはしなかった。怒らせれば最後、自国が滅ぼされるのは目に見えているから。


 しかしその武王に怖がられる養母は一体──とリュリュは少し遠くを眺めてしまった。


「それで、どうしてそんなことを?」

「……船に乗る前に、ユスティーナ様から注意されたことを思い出して」



 ──妙なモノに付きまとわれていると感じたら、殿下と共に逃げよ。



 ユスティーナは常々言った。己が恐れるべきものを理解しろと。無闇に恐怖すれば見えるものも見えなくなると。


 精霊と密接に関わる上で、萎縮した心は無用。血肉を与える側であることを忘れてしまえば、強欲な精霊を付け上がらせるだけだ。


 ゆえにユスティーナが恐れるものは、精霊ではないのだろう。それとは別の、彼女が太刀打ちできない()()だ。



『リュカ・フルメヴァーラ。……今後は、その名を使いなさい』



 彼女が少年に新たな名を与えたのは、貴族としての体裁を整えるためではなくて──その()()から少年を隠すためだったのだろうか。


「……リュリュ、大丈夫?」


 繋いだ手を控えめに引かれ、釣られて面を上げたリュリュは小さく頷いた。気遣わしげなヒルデの眼差しに微笑を返せば、ひんやりとした空気が二人の頬を撫ぜる。


 正面に鼻先を向けると、そこには美しい青が広がっていた。



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