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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
12.予期せぬ再会

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12-7

『申し訳ありません、フォルクハルト様。ご厚意は大変ありがたいのですが、護衛はあれ一つで足りておりますゆえ』


 穏やかな眠りから目覚めるや否や、緊張気味に護衛を申し出てきたフォルクハルトに、モニカは軽やかに返事をした。

 雇った盗賊は部屋にいない。大方、あの多弁な口でフォルクハルトを言いくるめて逃げる算段をつけたのだろう。想定の範囲内ではあるものの、何とまぁ行動の早い男だと驚いてしまった。無駄な足掻きだが。

 彼の嘆き喚く声が楽しみになってきたモニカは、そこではたと目の前のフォルクハルトを思い出す。 


 ──フォルクハルトはにべもなく護衛を断られたせいか、胸を押えたまま動かない。その様はまるで彫像の如し。


 まばたきを繰り返したモニカは、ようやく彼が落ち込んでいることに気が付いた。そして、自分に対して学友以上の感情を向けていることを察したなら、漠然とした嫌悪が湧く。

 幼い頃から決まって自分を裏切ってきた恋慕や愛情は、まさしく忌むべき感情とも言えた。

 汚らわしいとさえ、思う。

 そんな不確かで無責任なものを押し付けてくれるなと、モニカはふつふつと煮えた怒りを何とか抑え込み、平素の笑みを貼り付けて言った。


『私はあの護衛でなければ、安心できません』



 ◇◇◇



 大都市ラトレでの出来事を思い返し、モニカは自分で呆れてしまう。

 つい最近のことなのに、当時の頑固かつ歪んだ思考はまるで他人を見ているようだった。否、未だ愛情に対する怯えや不信を完全に拭いきれたわけでもないため、他人事として片付けるにはまだ早い。


 だが──あれはとても、配慮に欠けた返事だったのではなかろうか。


 意固地になる余り、彼の厚意は当然のことながら、大公の騎士としての面目さえ潰しにかかる発言だったように思う。そもそも名前もしっかり覚えられないのだから失礼のオンパレードである。

 だと言うのに、フォルクハルトは再び申し出てくれた。「騎士は務まらないか」と、見慣れた真摯な態度で。


「……フォルクハルト様。お返事の前に謝らせてください。以前は……せっかくの厚意を無下にしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「え……な、何故そのような、頭をお上げください」


 深く頭を下げて詫びれば、フォルクハルトが焦った声を出す。

 彼は優しい人だ。学院でいつも一人、最低限の人付き合いしかしてこなかったモニカに、家柄を抜きにして声を掛けてくれたのは彼ぐらいしかいなかった。

 にも関わらずモニカは良い伝手が出来たと思い、定期試験の過去問を貰ったりアルバイトにちょうどよい店を教えてもらったりと、存分に彼を活用していた。残念ながら初めからそんな調子だったのである。

 しかし、それはあまりにもフォルクハルトという人間を軽視した態度だったと、モニカは過去の行いも含めて謝罪した。


「私は──フォルクハルト様が思っているほど、出来た人間ではありません。寧ろあのような無礼千万な態度を受けてもなお、変わらずお話してくださるフォルクハルト様こそ素晴らしいお方だと思います」


 顔を上げると、フォルクハルトの困惑気味な瞳に迎えられる。そこに、モニカが行ってきたぞんざいな扱いを批難する色はやはり見られない。


「ラトレではあのように申しましたが……大公殿下に選ばれた騎士であるフォルクハルト様の実力を、侮ったわけではないのです。護衛になってくださったら、私もきっと安心できましょう」

「……」


「……その上で、私はグレンを護衛から外すつもりがないと、お答えしておきます」


 フォルクハルトがにわかに目を瞠った。

 体の横に揃えた拳が、きつく握られる様が見える。視界の端に彼の動揺を捉えながらも、モニカは視線を逸らさなかった。

 やがて、フォルクハルトがゆっくりと息を吐き出す。

 今の今まで呼吸を止めていたのかと思うほど、深く、長い溜息だった。


「……以前は」


 掠れ気味の声を潤すように、咳払いがひとつ挟まれる。


「全く興味を持たれていないなと、そちらの方が衝撃で落ち込んでいましたが……これもなかなか、厳しいですね」

「申し訳……」

「ああいや! 謝らないでください。代わりと言ってはなんですが、ひとつ質問させていただいても……?」

「はい」


 促せば、フォルクハルトが苦笑交じりに頬をかいた。


「その……自分ではなく、グレン殿でなければならない理由、とかは……あるのでしょうか。例えば」


 ──恋仲であるとか。


 今度はモニカが目を丸くする番だった。

 恋仲。グレンと?

 反射的にかぶりを振ったが、モニカはすぐに視線を落とした。

 グレンは今や、どうしようもなく拗れた自分の、初めての理解者と言っても過言ではない存在だ。向こうがどう思っているかは知らないが、少なくとも彼女にとってはそうだった。


 だからこそ彼の隣は気楽で、居心地がいい。

 何の意味もない、下らない話をするのも楽しい。

 不器用な優しさを見付ける度に嬉しくなる。

 だから彼が自分以外の誰かと接していると、まるで我儘な子どものように苛立ちを覚える。


 ただそんな不安定な感情を、何と呼ぶのかは分かっていない。


 それもそのはず、それはモニカが忌み嫌い、知ろうともしなかった領域なのだから。


「……言わなければ良かったかな」

「え?」

「いえ……ようやく諦めがつきそうです。ありがとうございます、モニカ嬢」

「私まだ何も申し上げておりませんが……?」


 一足早く結論を手に入れたフォルクハルトに、モニカは不思議な焦りを覚えて眉を下げる。

 珍しく表情を崩した彼女を見て、フォルクハルトは性懲りもなく赤面してしまっていたが、自ら頬を叩くことで早めに切り抜けたようだった。


 ──と、そのとき。奇妙な胸騒ぎがモニカを襲う。


「……?」

「モニカ嬢?」


 悪寒に腕を摩れば、それが以前にも感じたことのあるものだと気付く。引き寄せられるように明るい街並みへ視線を投じた彼女は、フォルクハルトを伴って足早に自室へと向かった。


 客間に置いていた肩掛け鞄を手に取ると、予感が的中したことを悟る。中に入れてある宝石箱が、また異常に大きな鼓動を刻んでいたのだ。

 さっと顔を青褪めさせたモニカは、鞄を抱えて廊下へ飛び出す。


「フォルクハルト様! 急で申し訳ないのですが、今から街に下りたいのでご同行をお願いしても?」

「い、今からですか? 構いませんが、何があったのです?」


 慌てて後を付いて来たフォルクハルトに、モニカは外へ向かう足を止めずに答えた。


「グレンを、呼び戻さなくては」



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― 新着の感想 ―
[一言] かっこよかったぞフォルクハルト。
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