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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
12.予期せぬ再会

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12-6

 こてんと首をかしげたモニカは、人差し指で頬を支えながら、困ったような笑みを浮かべた。


「まぁ……困りましたね。お怪我はございませんか、フォルクハルト様」

「…………はい」


 彼女の前には、階段の下で転がるフォルクハルトがいた。彼は何とも恥ずかしそうに顔を覆い、ゆっくりとその場に起き上がる。

 大公の騎士ともあろう彼が、どうしてこのような醜態を晒しているのかというと、原因は主にモニカにある。いや、厳密に言えば彼女にも罪はないのだが、不可抗力と呼ぶべきだろうか。


「申し訳ありません、グレンから護身用の魔術を掛けられているのです。先に一言申し上げておくべきでしたね」

「ご、護身……の魔術で、なぜ自分が吹き飛んだのですか……?」

「さあ……」


 仕組みはさっぱり分からないが、自身に掛けられた魔術がフォルクハルトを敵とみなしたのは紛れもない事実。ちなみに彼はただ、階段を下りるモニカのエスコートを試みただけなのだが。

 粗野な性格とは裏腹に、いつも繊細な魔術を披露するグレンにしては、今回の魔術は些か雑ではなかろうか。それともこれは至って正常な反応なのだろうかと、モニカは不思議に思いつつ一人で階段を下りた。


「少々危険ですのでエスコートは遠慮しておきますね、フォルクハルト様。お部屋までの案内だけお願いいたします」

「はい、そうさせていただきます……」


 フォルクハルトは吹っ飛ばされた理由に思い当たる節でも見付けたのか、深刻な表情で虚空を見詰めていた。しかしそれもごく短い間のこと、すぐさま平素の紳士的な笑みで客室への歩みを再開する。


 モニカはつい先程まで、パラディ―ス大公夫妻の晩餐に招待され、二人の何とも甘ったるいやり取りを前に平然と食事を終えてきたところである。フォルクハルトを始めとした使用人たちが、猛者を見る目で彼女を見ていたのは言うまでもない。

 別段驚くことでもなかったのだ。聖遺物“創生の地図”について初めて話し合った夜、クラウスは政略によって娶った妻のことを「シャーリー」という愛称で呼んでいた。加えてモニカを侍女にしたかったなどと言うから、恐らく──かなり仲が良いのだろうと、あの時点で見当はついた。


『お子様が産まれましたら、我が家からも贈り物をせねばなりませんね』

『えっ、こ、子どもはその』

『もう出来てるから年内だな』

『クラウス様っ!!』


 稀代の悪女はどこへやら、天使のように奥ゆかしいシャーロッテは、嫌気が差すほど美しい夫に終始からかわれていた。子どもが予想以上に早く産まれそうだと知り、モニカが今後の予定を頭の中で組んでいる間にも、夫婦の幸せそうな会話は続いた。


 失礼ながら、世の中にはあれほど仲睦まじい貴族の夫婦がいるのかと、モニカは意外な気分で彼らの姿を思い浮かべる。

 己が仕えるべき真の王家の血を引くシャーロッテと、帝国の最も鋭い剣であるクラウス。二人はまるで初めから夫婦となる運命だったかのような、不思議な空気が漂っていた。シャーロッテを塔から引きずり出した日よりも、もっと以前から交流があったのではないか──そんな気さえするほどに。


(……例えば十五年以上前に、シャーロッテ様と面識が既にあったとか)


 有り得ない話ではない。シャーロッテは五歳まで、確かに王女として民の前に出ていた。帝国の皇子としてレアードに来国したクラウスが、彼女を覚えていたとしたら……彼はさながら初恋の姫を救い出した王子様、といったところか。

 このような推測、普段なら白けた気分になるところだが、モニカは如何せん落ち着かなかった。

 つまり大公夫妻は幼い頃の記憶を基盤に、今の信頼と愛情を築き上げているということだ。素晴らしいことだと思う反面、やはり過去の思い出とは他者との関係において何よりも優先されるのだろうかと、モニカは複雑な面持ちで煌びやかなシーランの街を窓越しに見下ろした。


「そういえばモニカ嬢、グレン殿はお一人で街へ?」


 ちょうど頭に浮かんでいた目付きの悪いチンピラの名前が出され、モニカは剥がれていた曖昧な笑みを装着する。


「いえ、イーリスさんという方とご一緒しています」

「……女性ですか?」

「はい。──幼馴染だそうで」


 いかにも純粋で、穢れを知らなくて、自分とは真逆の少女。

 それがモニカの、イーリスに対する印象だ。


 同じ教会に引き取られた孤児。体の弱いイーリスを、グレンはきっと放っておかなかっただろう。以前ベラスケス王国で看病をされたとき、白々しい態度はさておき嫌に手慣れているなとは思っていたが、なるほど経験があったからかと納得したものだ。

 ざわめく胸を強めに摩り、モニカは正体不明の苛立ちを抑え込む。今朝から一体、自分は何が不満なのかと溜息をついた。

 彼女の溜息はごく小さなもので、眉をひそめたのもほんの一瞬。されどその微細な変化に、隣を歩く騎士は目敏く気付いたようだった。


「……。あの、モニカ嬢」

「はい」


「──貴女の騎士は、やはり自分では務まりませんか」


 不意をつかれたモニカの足が止まる。表情を取り繕うのも忘れて騎士を見上げれば、とても真剣な──熱を孕んだ眼差しがそこにあった。


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