あのリーダーの頭頂部は5000兆ルーメンだったな
「今日の試合楽しみだね」
「うん」
友達の声に相槌を返す私。
今日は試合の中継日だ。
今流行りのスポーツ、『空中遊泳』の。
この惑星上の全妖精族で今や知らない者は居ないだろう。ここ最近はTVやインターネッツ上でもこの空中遊泳の話題で持ちきりだ。なにせ空を舞う彼らの姿に心惹かれない訳がない。しかも、世界大会に出るのは選りすぐりの選手たちばかりだ。常に練習を欠かさないし、トレーニングは国家レベルで全力支援されている。
仕事を終えて家へ着いた。
今日は生放送を見れる。そう意気込んだ。
そうして試合が始まるまで、しばらくの間適当に過ごす。
まあ、だいたいTVを見たり、SNSを眺めたりである。
私はTVを点けながらSNSを眺める『ながら方式』が好きだ。SNSで面白い投稿があったらシェアしたりお気に入りにするし、TVで面白いシーンがあったらそれを投稿してみんなと楽しみを共有する。
この便利な暇つぶしたちは、別世界からこの世界へ転生してきた人間族が、『テクノロジー』と称する力を駆使して実現したらしい。便利になったものだ。
そうこうしている間に時間だ。
大体楽しみの前の時間は長く感じるものだが、SNSを眺めているとすぐに時間が消化されてしまう。
中継サイトを開く。
「選手たちが姿を現しました!」
アナウンサーの高鳴る声が聞こえる。
選手団は空中に用意された準備スペースに集まっていた。
今日は相手国での試合で、私の国のチームはアウェイだ。
こちらは夜だが、時差があるので画面の向こうは明るい。
いや、明るかった。なんだが、雲行きが怪しくなっている気がする。そんな気がした。
選手団の紹介、トーナメント表の確認が行われていく。空中遊泳にも色々あるが、世界大会のチーム対決はリレー方式で行われる。だから、チームの連携も大事になってくる。
そんな中でもひときわ人気の選手が居る。
その名前はニコル。
ニコルは成績が素晴らしいのはもちろんのことだが、人一倍頑張っていて、最年少で選手になった。私の推している選手も当然ながらニコルである。
国歌斉唱の時間がやってきた。
つまり、いよいよ試合開始ということである。
相手国の国歌斉唱が終わり、いよいよ我らが選手団。
しかし、選手たちの様子がおかしい。
両国チームの選手とも頭を抱えてうずくまっている。どういうことだ?
それはすぐに分かった。どうやら、雲行きが怪しくなったというのは全くの見当違いではなかったらしく、現地では気圧が突如、急激に変化しだしたとのことだ。
だが、選手たちがいる場所は地上からかなりの上空。直ちに救急部隊が駆けつけることも難しい。
TVの解説では命の危険もあるということだった。
そこで、選手団のリーダーのサンが動き出した。サンはサポーターの用意していた補給ドリンク『エナジーリセット』を他の選手に配った。それでも状況は芳しくなかったため、サンも当然ながら苦しい状況ではあったが、自分の分も他の選手に与え、それをとにかく摂取するように促した。
まさに英断といったところだろうか。エナジーリセットは我々の生命力が消耗している際に補給することで、私達妖精の精力が回復するアイテムだ。私も仕事中に良く飲む。
しかし、選手たちの容態は悪くなる一方であったため、救急部隊が到着した後、その日の試合は中止となった。
次の日の朝、SNS上ではまだ混乱が続いていた。
そして、その日の午後、TVで昨日の試合の件について特集が組まれた。
というのも、記者会見が行われるということだった。
だが、見れなかった。
私は、選手たちがどうなったのか気になって気になって、その日一日中、仕事が手に付かなかった。
でも、それは他の妖精も同じだったし、私だけ早退したくてもできなかった。
帰ってから、SNSを開いて驚いた。
選手団員は入院することになっていた。検査の結果、かなりの精力が奪われてしまっていたのだ。
そして、復帰するまでに1年は掛かるということも報道されていた。
それはもうTVもSNSも阿鼻叫喚の嵐だ。
しかし、この状況で一人だけ、回復していた選手がいた。
それはリーダーのサンだった。
リーダーは昨日、エナジーリセットを他の選手に配った英霊だ。
そのリーダーが回復しているんだから、喜ばしい、名誉なことだ。
上位精霊の力だろうか?
しかし、TVを点けると、アナウンサーは開口一番、リーダーに異なる評価を下した。
「リーダーのサンが大量摂取を促していたエナジーリセットによって、他の選手の回復が難しくなったようです。」
なんと、驚いたことだろうか。信じられなかった。
しかし、真相はどうやらそのようだ。
相手チームの選手も一時は危険な状態だったが、特に助け合おうとはしていなかったおかげで、既に回復している。
さらに、TVの解説によると、エナジーリセットは精力があまりにも失われてしまっている状態で摂取すると逆に危険だということであった。普通はそんな状況でエナリセを飲むことは想定されていないから、知らなかったが、そういうことらしい。
ニコルの容態は?
「特にニコルは最年少で選手に選ばれ、世界最年少記録も更新できたかもしれないとのことでしたので、非常に残念ですね」
こんなことになってしまうなんて、ニコルも思ってなかっただろうし、私もそれを聞いて悲しくなってしまった。
そして、TVはこう続けた。
「リーダーのサンは他の選手の分も頑張りたいと取材に答えたものの、他の選手にエナジーリセットを大量摂取させたことについてのコメントはありませんでした」
これを聞いた瞬間、私の認識は大きく変わった。
続いてSNSを開いて、もう少し他の人の意見を見てみる。
すると、
「ニコルがかわいそうだ」
「エナリセ大量に飲ませなけりゃこんなことにはならなかっただろ!」
「サンは最年長の老害だったしな、追い上げられるのが怖かったんだな」
「ヒーローを装い他の選手は戦闘不能にして自分だけ活躍しようとする畜生で草」
こんな投稿で溢れていた。
私は呟いた。
「無能リーダー」
こんな状況でもリーダーの味方に付く奴がいることが許せなかった。
信じられないだろ。なんで他の選手はお前のせいであんな目にあっているのに、自分の事についてしか話さないんだ。自分しか頭にないのか。自分だけ助かっていればそれで良いのか。
それにサンはリーダーという立場だ。リーダーの言うことを他のメンバーは断れなかったんじゃないのか。
だとしたら、リーダーがあんな余計なことをしなければエナリセでニコルがこんなことになることはなかったはずだ。
リーダーのファンは狂っている。かなり盲信的だ。
リーダーのファンはサンの失態を認めるべきだ。
余計にリーダーであるサンのことも許せなくなった。
それからは連日、TVでも、SNSでも、この一件に関する話題で持ちきりである。
もちろん注目されているのは、リーダーだ。この期に及んでまだ注目されるとはリーダーというものは随分と権威的で、羨ましく、美味しい立場である。だが、勇ましくはない。
少なくともTVでの彼の姿はそうだった。
「エナリセが原因?」
「そんな馬鹿な話があるか」
「信じられない」
後日のインタビューでの、この事実についてのリーダーの反応は、一貫して白々しいものであった。本当に白々しい。信じられない。そう、信じられないのはお前以外の試合を楽しみにしていたみんなである。
そんなふうに思って見ていたら、更に続けてとんでもない事を言い出した。
「私が回復できたのは私自身が身体を鍛えていたからだ」
すごい。凄すぎる。流石はリーダーだ。
他の選手は鍛えていなかったとでも言うのだろうか。
これを受けて、SNSは極めてざわついていた。
「お前が一番最年長で老体だろ」
「頭は鍛えていなかったか」
「これは確信犯やろな」
「少しは倒れたメンバーのことも気遣ってやれ」
全く以てその通りだ。
自分のことをどこまで過信しているのだろう。
それに、今度も他の選手を労るような発言は無かったようだ。
むしろ、口を開けば他の選手を罵るような発言ばかりなのだから、最悪すぎる。
こんなのがリーダーだったなんて、試合を楽しみにしていた他の人達はどんなに絶望しているだろうか。
年長者だったわけだし、こんだけ身勝手で頭の悪い発言をするんだから、後先考えずに、わざとエナリセを他の選手に与えて、空中遊泳を自分だけの独壇場にしようとしたんだろう。なにせ人気のあるスポーツだ。リレーで他の選手と組んでやるより、単独でできる種目に絞った方が人気を独り占めできる。年功序列では決して無いスポーツの世界に、競争相手が次々出てくることに焦っていただろう。
その動機は私にもわかる。特にニコルの登場には、とりわけ自身の立場を危うくすると危機感を感じたはずだ。
でも、あの状況を利用したのだけは絶対に許せない。
だがしかし、最初の頃からは少しずつ数を減らしてはいるものの、未だにリーダーのことを擁護するファンらしき存在は一定数いた。
「サンを叩いてるやつは暇人だな、楽しいか?」
「そうやってサンドバッグにして解決するなら楽だよなw」
「他の選手はサンの扱い見て良いと思わないだろうな」
「そもそもサンが悪いわけじゃないだろ」
いや、もしかしたらこいつらはファンなんかじゃなくて空中遊泳自体のアンチかもしれない。だって、こんな他のメンバーのことを考えない自己中心的なリーダーを野放しにしていたら、確実にこの空中遊泳の未来はない。これだけみんなが楽しみにしていて、私だって楽しみにしていた、この美しい競技がこの国では無くなってしまうかもしれない。それはなんとしてでもどうにかしたいと思ってる。他の選手が、ニコルがかわいそうだ。自分にできることがあれば、どうにかしたいって。
当然私も、SNSで投稿する。
「サン叩きに文句言ってる奴いるけど、あんなことした奴を許せるか?」
これには賛同がたくさんあった。
それからあまり時間を置かずに、リーダーを擁護する連中は、エナリセ中毒、エナ中と呼ばれるようになった。
休日、買い物へ出かけた。街へ出てもみんなあの試合のことを話している。そりゃみんな大好きだったスポーツだ。
だが、そこにリーダーを擁護する声は無い。
「サンがあんな酷いやつだったとはね」
「やっぱあれわざとかな?」
「動機が気になる」
建物に囲まれた道で盛業中している果物が並んだの出店の近くで、立ち話やテラス席からはそんな声が聞こえてくる。
もしも、サンの行動を肯定しようものなら、途端にエナ中だとバレてしまう。
でも、SNS上だけでなく、現実でも堂々とサンのファン気取りをしていればいいだろうと思う。
現実じゃアンチはできないか。
情けない。
こういうことは弱い奴のすることだ。匿名でしかみんなの輪を乱すことが出来ない人達。困ってる人やかわいそうな人がいても、むしろそれにつけ込んで他者に迷惑を掛けて反応を面白がっている奴、悪いことしてる自覚があるから現実じゃ出来ないんだ。大勢の意見に迎合しないかっこいい自分に酔っている。ズルい、最低。
帰ってSNSを開くと、また新たな情報で湧いていた。
それは、リーダーの過去について。
サンは実は過去にも突発的な気圧変動にのまれた事があったらしい。だいぶ前のことで、しかもその時は個人種目だったため、リーダーではなかったようだ。しかし、サポーターがエナリセを持ってきたが、サンは摂取を拒否したそうだ。
これでサンがリーダーの立場を利用して、エナリセをメンバーへ無理やり大量に飲ませたことの裏付けは取れた。知っていたんだ。
しかし、みんなが真実に気づいて盛り上がるたびに、エナ中も湧いて出てくるのだった。
「何らかの事情で飲めなかった可能性だってあるだろ」
「ニコカスニッコニコで草 他人の悪口が美味いだなんてクズ妖精さんもいいとこだわ」
「リーダーがエナリセ嫌いなのにプライド高くて言い出せなかっただけだったら面白いよな」
「↑なにそれかわいいw」
「ペットは飼い主に似るってよく言うけど、ニコカスはその性格の悪さがニコルそっくりで低能」
残念ながら、サンは前回の時点で、精力が尽きているときにエナリセを摂取すると毒だということを知っていたのだ。もう流石にみんなこれに気づいている。だから、これらは言いがかりだし、目に見えて妄想だった。
だが、こんな投稿でも瞬く間に賛同され、拡散されていく。
でも私はこんな意見が正しいだなんて思われることが許せなかった。
だから反論した。
「何らかの事情って何だよ。言ってみろよ」
「サンは他の選手にわざと大量に毒盛った犯罪者だったと確定したんだから、罪を償わせられるってホッとしてるに決まってんだろ。そんなこと言ってただで済むと思うなよ」
「ふざけるのもいいかげんにしろ?そうやってサンが悪くなかったみたいに誘導しやがって!バレバレの工作してんな」
「空中遊泳嫌いな奴だったら何言ってもいいわけじゃないからな?実際に被害にあって他の選手が苦しんでるのによくそんな感想が出てくるわ」
「ニコルは関係ないだろ 仲間に毒を盛った犯罪者のサンと一緒にするな お前こそその脳味噌がサンそっくりの低能なんだよ 脳を鍛えてから発言しろ」
私の意見にも賛同が集まってくる。そして、拡散されていく。
ニコカスというのはエナ中が付けたニコルファンの蔑称だ。こうやって間違った奴を支持して、被害者のファンを馬鹿にしていく。明確にあのリーダーのファンは空中遊泳のアンチである。アンチといえばただのバカにしか聞こえないが、こいつらは実際に被害にあっているニコルたちをこうやって侮辱し、罵倒するのだ。こんな奴らがのさばるのは許せない、そう思っている人が多数で、それが当然だと思う。だからやっぱり、何よりニコルが悪く言われるのは許されないから、私もどうにかしなくちゃいけない。黙って見てるのは悪い奴に加担してるのと同じだから。
今日になって、しばらく振りに友達と話した。
なにせあの会話の後に、あの試合のショックとあっては、向こうも私もどうも話しづらくなっていた。
次に会ったら必ずあの試合の話をすることになるから。
でも、ばったり会ってしまえば仕方ない。むしろ話しかけるきっかけが得られて良かった。
たまにはってことで、2人でお店に入った。
そのお店にはTVがあったため、否が応でも空中遊泳の話が飛び込んできた。
「実は、リーダーのサンが過去の試合で今回のようなケースに巻き込まれていたということなんですが、SNSではそのときにサンの取っていた行動が話題になっています」
私から話を始める。
「空中遊泳どうなっちゃうんだろうね?」
「それねー。選手たちかわいそう」
「私の生きがいがァ」
「ニコル好きだもんねー」
「リーダー酷いよね」
「みんな災難だよねー」
私もTVから流れてくる声に連動してSNSの話をする。
「結構SNSでさ、サンは悪くない!って言ってる人達がいるんだけどさ」
ドスの利いた声で演じながら切り出した。
「なんか面白がってる人もいるよねー」
「なんか許せなくてさー、ついつい訂正したくなっちゃうんだよね」
「あーファンあるあるのやつだ。でもほどほどにねー?」
「わぁってるってー!」
友達も面白がってる人を不快に思ってるようだった。
私はそれが確かめられれば良かったし、なんかスッキリした。
それからしばらく経っても、TVやSNSではこの話題で持ちきりだった。特にSNSではサンの掘り下げが行われ、何か発見されるたびにトレンド上位になる。しかも、それに燃料を投下するようにエナ中が反論をしてターボエンジンに高度を上げさせるのだ。そして、ハイエナのようにそれらを掻い摘んで、TVが拡散する。これでもかというくらい高い高度を飛んでいるのに、さらにその上を行こうとする様は、まるで空中遊泳を揶揄しているかのようだった。
そのたびにますますサンの悪人としてのステータスは上がり、ニコルたちへ行ったことに対する動機の説得力が増していく。
だが、ニコルたちは治療中であり、結局エナリセのどの成分が原因でこうなってしまったのか具体的にはまだ判明しない。
だから、余計にみんなもどかしくなるのだ。
しかし、サン側はそれらの疑惑に対し、黙秘。
そんな中、サンが記者会見をするという。
何を今更、と言いつつも、みんなそこでようやくサンの口から真実が語られることに期待していた。
記者会見が始まると、付き人が何人かいる中で、まずサンが口を開く。
「今日お話する内容はすべてリーダーである私から説明させていただきます」
そこで、サンがまず最初に話したことは、療養中だった選手が、リハビリに健闘しているということだった。
これをサンの口から聞かされることは頂けなかったが、そこまで回復しているということであれば、これに勝る朗報は無い。
一方で、ここでのうのうと話しているのはそのリハビリをさせる原因を作ったサンである。
エナ中の話は散々、聞いて、聞いて、聞き飽きた。
確かに、もしかしたら、小数点第1億位くらいの確率で、サンがエナリセが嫌いだったからたまたま飲むのを拒んで結果的にこうなったのかもしれないが、仮にそうであったとしても、結局ニコルたちがリハビリに励まなくてはいけなくなったその原因をサンが作ったことに変わりはない。
だからこそ、ここに来てニコルたちへの同情のあまり、ますますこのリーダーの事が許せなくなってしまっていた。
だが、サンによる会見での話は続く。
「今回の件については、私自身も困惑してしまい、皆様に不安な思いをさせてしまったと反省しております。」
言い訳が聞きたいわけではない。
「選手団のメンバーに迷惑を掛けることになってしまいました。その点について本当に申し訳ないことをしてしまったということ、深く反省しております。ファンの皆様に置かれましても、ご心配おかけして、申し訳ございませんでした。」
遂に、サンが謝罪した。ついに、その悪行についての責任を認めたのである。ここまで来るのに結構長かったが、遂に自分のしたことを認めさせた。これでニコルたちも報われる。そう思った。
「質問よろしいでしょうか?」
「エナジーリセットを与えた目的は本当にメンバーの回復だったのでしょうか?大量摂取をさせていたように思いますが」
記者が確信に迫る、我々の代弁のような質問を行った。
現場に走った一瞬の緊張感は画面越しにも伝わってきて、思わず固唾を呑んだ。
「時間となりましたので失礼します」
しかし、付き人がそう言うと、サンは俯いたままそそくさと会見を後にした。
ありえない、やはり自身の悪意については決して認めようとはしないのである。都合が悪い質問が来たら、付き人を使って逃げることを事前に打ち合わせしていたのだろう。
この際にサンの頭がどアップで映されたが、以前には無かったはずの、頭頂部にかなり拡大された円形禿げの存在がはっきりと確認された。
これは話題にならないはずがないと思ってSNSを開くと、会見についての話題で盛り上がっていた。
「酷い会見だったな」
「サンは結局自分が悪かったと認めなかったな」
「リーダー禿げてて草」
「反射すごかったよな」
「5000兆ルーメンなんだよなぁ」
「5000兆ルーメンで大砂漠」
未遂で終わったが、瀕死に追いやるほどのことをしたのだから、ちょっと毛が抜けるくらいでは誰も同情しない。むしろみんな喜んでいたし、私もバチが当たっていて嬉しかった。もちろんSNSへ投稿し、賛同し、拡散することで喜びを分かち合った。
その日のSNS上のトレンドは『5000超ルーメン』となり、1週間ほど急上昇ワードとして君臨した。また、以降エナ中が出てきたときに、5000超ルーメンが反射的に書き込まれる常套句となった。
それからというものの、サンのトレーニングの様子を建物の外から取材した様子がTVで連日報道されていたが、それを見るたびに、自分は元気でやっていてなんでも無いとでも言うように、トレーニングによってこの問題が大したことが無いかのように印象付いたり、また如何にも仲間の分もがんばりますアピールをすることで、自身の一切思ってもみない偽善を正当化しているように見えたり、ニコルたちのことを現実逃避しているのが見え透いていて、とにかくその悪人が野放しになっている状況が許せないという声が、多くの声がそこかしこで聞かれた。
私は、自分にもっと何かできないか考えた。
数日は考え込んだと思う。
リーダーの身勝手で、大量に毒を盛られ、大事なスポーツ人生を壊されてしまったニコルたち。
罪の意識が全く無く、今も偽善を振る舞い平然として生活している元リーダー。
そのためにどんな事ができるだろう。
私にできること、今だからできること。
そして、思いついた。
「まとめよう」
私はサンの悪行をまとめサイトにまとめることにした。
所詮しっかりした資料がなければ、いくらSNSで色々言われていてもいつか忘れ去られてしまう。
そのために、ネッツで検証された数々のサンのやばい話を徹底してまとめ上げたのだ。
それまで、サンの情報が完全にまとまったサイトは意外にも無かったため、これは瞬く間に広まり、一日にとんでもない数のアクセスがあった。
それこそ、このまま行けば1年で5000兆アクセスも夢ではないくらいである。
また、私はこのサイトの更新権限を一部のユーザーに与えた。
これによって、まるで土砂降りの雨のようにどんどん情報が更新されていった。
遂にはTVがこの情報を元に報道を始めるところまで来て、まさに今この瞬間にこの間違った状況を正しい方向へ修正していると感じた。
このサイトによって、この問題に意識を向ける人は圧倒的に増えた。
そして、その大多数をリーダーのサンの自首を促すという運動を起こさせるまでに、気持ちから行動へ発展させることに成功した。
そんなある日、サンに決定的な天罰が下ることになった。
精力が一気に衰えてしまい、そのままでは生活ができなくなってしまったのだ。
これは、あの試合のときにニコルたちが陥った状態と同じだった。
だが、回復する見込みは無く、実質寝たきりになった。
自分の悪意を認めなかった者の最後は、あっけなかった。これを天罰だと誰もが思った。
「サンを倒した」
「あの悪のリーダーであるサンが遂に…」
それ以上、言葉が出なくなった。
これで、自己中心的で、人前では自分が如何にも善人であるかのように振る舞いつつ、その腹の中の黒さを徹底して隠し通そうと汚らしい偽善を身に纏い、人を蹴落として努力もせずにその権力を振りかざして、みんなの期待の晴れ舞台を我が物にしようとしていた、悪徳リーダー様を倒したのだ。
みんなの希望である空中遊泳と、ニコルたちの未来が守られた瞬間だった。
思わず涙も出てきた。
SNSでも大盛り上がりだった。
「今日が人生で最高の日だ」
「エナ中生きてるか?」
「ざまぁwwwwww」
「これでみんなとお揃いだね」
「エナリセ飲まなくてももう良いな、おめでとう」
死んだわけではなかったが、快挙だった。
何より直接手を加えたわけではないのに、相手が勝手に倒れてくれて、この『情報ツール』とかいうものはなんて素晴らしいのだろうと、心からそう思った。
今までだって、転生してきた人間族には散々感謝してきたけど、今回ばかりは私が人間族の大好きな尊み?の感情を魔力が尽きて死ぬまでずーっと魔法で与え続けるくらい、命を掛けて何でも言うこと聞くレベルのプライスレスな大感謝祭を開いちゃう準備をする気持ちが高鳴るような、惰性で生きてる私がそのくらい能動的に誰かに感謝して動こうとするくらいの、すごくすごくクソデカ感謝の気持ちでいっぱいになってしまうような、生きてて初めて滅茶苦茶大きなことを成し遂げた、本当に初めてのことだった。
私は、震える手で端末の操作をしながら、SNS上にこう叫んだ。
「ニコルファンを代表してお礼申し上げます。まとめの更新に協力いただいた方、本当にありがとうございました!」
これは瞬く間に賛同の嵐となった。
その一週間後のことである。
選手団が記者会見をすると発表があった。
といっても、当然ながらサンはいない。
リーダーは他のメンバーに口止めをしていたとされる。
選手団は今の今まで、あれ以降、一度も私達の前に姿を映していないのだ。
だが、リーダーはもういなくなった。実質無力化した。
もうニコルたちが、呪いのようにリーダーから束縛を受けることはない。
私達が呪縛から解き放ったのだ。
でも、もしかしたら、次のリーダーになる選手を決められなかったり、リーダーになったらなったで面倒事が増えたりで、ニコルたち自身はあまり喜んでいないかもしれない。
だけど、そもそも私はニコルのためにやったんだ。
私が勝手にやったこと。
それに、あのサンの悪事を許しておけなかったのは紛れもなく空中遊泳を楽しんでいたみんなだったんだから、私達が納得するならそれでいいと思う。
そう思って、記者会見会場のTV中継を映した。
そこには、記者団に囲まれた選手団の姿が見えた。こうして、揃って取材を受ける姿を見るのはいつぶりだろうか?
でもサンの他に、もう一人メンバーが欠けていた。
私はそれにすぐ気づいたけど、何らかの事情で遅れているんだろうと思った。
しかし、そう時を待たずして会見は始まった。
そのうえ異様な光景を目にすることになった。
選手団員の語り口を平常心で見聞きすることが出来ないのは当然だ。合成音声でしゃべるなんて聞いていない。
なんと喋ることすら出来ないらしい。
こんなことってあるだろうか。
信じられない。
彼らはかろうじて身体を動かすことができるが、精力が弱すぎて飛ぶことは当然出来ず、机の裏をよく見ると車椅子に乗っている。
こんな状態にしたのをもっと前に我々が知ってしまっていたら、サンの批判はもっとずっと最初の段階からクライマックスと同じ展開になっていただろう。
サンにとってはとにかく、他のメンバーを隠すのが都合が良かったということがわかった。惨い以外の言葉が出ない。
そして、ゆっくりしたボイスでこう語る。
「その、あー、サンは私達に取材を受けるなって言ってたけど、サンが倒れたから、今日は、取材に応じることにしたんだよね」
「言ってたね」
「それで、今日は、残念なお知らせがあるよ。ある、あります。」
時々、口調がおかしくなるのが、判断能力の低下を我々に突きつけていて、とても痛ましい。
「ニコルは死んだ」
「なっなんだってー」
一瞬何を言ってるのかわからなかった。
しかし、すぐに訂正が入る。
「すみません。一部の患者は幼児化しているため、不適切な反応を示すかもしれませんが、取材にいらした記者のみなさまと本人たちの強い要望に基づいて、今回の記者会見を実現しております。その点ご留意ください」
同席していた白髪で如何にもベテランそうな回復系の妖精が口を挟んだ。おそらく、この選手団専属なのだろう。
こんな正式な場でコントを始めてしまったのだ。しかも、よりにもよってニコルをネタに使って。
メンバーは完全に壊れていた。
もう我々の知っている空中遊泳の、あの数々の試合で私達を楽しませてくれた、美しく優雅で勇ましく高潔な選手たちはもうどこにもいない。
これはあまりにも悲惨すぎると思った。あまりにも痛ましいその姿に恐らく涙を流す視聴者の姿が浮かんだ。
私もニコルが死んだなんて言われたら、たまらない。震える拳を我慢して見ていた。
冗談でも言ってほしくないことだ。
ただ、この選手団のことだから、わざわざ私達を悲しませないためにユーモアを交えて、相槌も言っているのかとも思った。
なんだってーとツッコミを入れた後に華麗に登場するつもりだったのかもしれない。
そんなサプライズをしてこようなんて、この選手団らしい。
もしかしたら、この日のために、元気になるまで練習していて、わざわざ姿を見せず隠れていたのかもしれない。
回復系の妖精に話を通してないなんて、怒られるぞw
やっぱり、お叱りが始まろうとしている。
また、回復系の妖精が挟まった。
「今、メンバーの方がおっしゃられた通り、ニコルは昨日、亡くなっておりました」
お前も参加するのか。
サプライズに記者団も驚いているとともに、少しニヤけているではないか。
いや、ニヤけてるのは私も同じだ。
いや、まさか。
同じ妖精が続ける。
「自滅魔法を使ったようでした」
自滅魔法ってなんだよ。
記者団も良くわかっていなかった。
すると、これにメンバーが合成音声で反応を示した。
「自滅魔法は、自身を八つ裂きにして、相手に呪いを掛ける魔法だよ」
「でも、相手がいなければただの自殺になるんだ」
「発動には道具が必要だね」
「道具って何が必要なの?」
「私はしらないよ」
「料理のレシピみたいに調べないとわからないんだよ」
「普通みんな知らないからね」
「つまり、計画的にやったってことだね」
「なんで死んじゃったのかな?」
「実は遺書があったんだって」
「なんて書いてあったの?」
「リーダー大好き。」
「リーダー大好き。」
「みんなリーダー大好き。」
「そうだね」
「リーダーやさしい」
「リーダーやさしい」
「リーダー苦しそう」
「リーダー」
「どうしたの?」
「リーダーが誰かに酷いこと言われてるよ」
「何があったの?」
「リーダーが私達に毒を盛った」
「そんなことしてないよ」
「そんなことするはずないよ」
「いやだ~」
「逃げたいよ」
「リーダーが頑張ってるよ」
「酷いこと言われてるのに」
「頑張ってるよ」
「リーダーがんばれ」
「リーダーがんばれ」
「わたしもがんばるよ」
「わたしもがんばるよ」
「みんながんばろうね」
「リーダーも」
「あれ?」
「どうしたの?」
「リーダーがいないよ」
「どうして?」
「壊れちゃったんだ」
「どうして?」
「ひどいことを言われすぎたんだよ」
「どこでもみんなおなじこと言ってたよ」
「リーダーが悪いよ」
「リーダーが悪いの?」
「わたしはリーダー悪くないと思うよ」
「リーダー悪くないよ」
「わたしたちのぶんもがんばってね」
「でもみんなリーダーが悪いって言ってるよ」
「だから壊れちゃった」
「わたしたちとおなじ」
「ひどいね」
「ひどいね」
「ひどいね」
「ひどいね」
「ひどいね」
「ひどいね」
「ひどいね」
「ひど
バァァァァァァァァァァァァァァァン゛ッ
なんなの…
震えながら握っていた拳は思いっきり前に突き出していて、さっきまで選手団を映していたものの真ん中には、大きなクレーターが出来ていた。
これ以上、見ていられなかった。
私は続きが見れなかった。でも、続きが知りたかった。だからSNSに張り付いた。
ニコルは少し回復が早かった。
だから道具を揃えることが出来た。
メンバーが幼児化した症状は恐らくニコルの死がショックだったから。
一度言葉を取り戻したが、ニコルが死んで再度悪化した。
これが、あの白髪の妖精の話したストーリーらしい。
随分と出来が良いことだ。
そもそも、リーダーが他のメンバーに取材を受けさせなかったのは、被害の大きさを知られて自分への批判が拡大することを恐れたからだ。
みんなリーダーに脅されているんだ。だから、会見もこんな滅茶苦茶な…。
自分を追い上げてくる、その筆頭のニコルが目障りで、サンは隠したんだ。
これだけのことをしたんだ。
また、私達がこれについてしつこく取り上げれば、リーダーは必ず仮病から目覚めて口を開くだろう。
そのときには今度こそ…。
みんなもざわついていた。
「何だよあの茶番。本当にメンバーが言ってたのかもわかんないじゃんか」
「証拠見せろよ証拠」
「白髪のやつ胡散臭すぎだろ」
「そもそも自滅魔法ってなんだよw」
「リーダー叩き起こせ」
混乱していた。そして、その混乱の中でエナ中が再び勢力を広げていた。
「ニコカス今どんな気持ち?」
うるさい。
「キツ過ぎて途中で切った」
うるさい。
「サンのことを慕ってたのに辛かったんだろうな」
うるさい。
「本当にわざとかわかんないよな」
うるさい。
本当にわざとじゃないならなんでサンは黙ってんだよ。仮にそうじゃなかったとして、言わないほうが悪いだろう。わからないままじゃ勘違いする人がいてもしょうがない。
私はサンの動機をわかっていた。こんな茶番に騙されてたまるかと思っていた。
だからやっぱり、SNSに来る日も来る日もしがみついた。
明くる日、ニコルの慰霊の儀式について2日後に行うというニュースがあった。どうせハリボテだろうと言われていた。
都合が悪いからって死んだことにするなんて、人の心が無いのか?
そう怒りがこみ上げてくるが、他の選手の様子を見てしまい、もう生きているだけで十分だと思った。
あんなふうに利用されてしまうくらいなら。
もしかしたらニコルは人一倍頑張ってきたから、頑なに一人で利用されないように戦っているのかもしれない。
日付以外の詳細については特に無く、他に何かあるわけでもなかった。
さらに明くる日、SNSがすごいざわついていた。
エナジーリセットを売っていた人達が何か言ったらしい。
そりゃそうだ。エナリセはあれ以来急激に売上が落ちてる。きっとなんか下らない文句だろう。
そう思って調べてみると、それは当たらなかった。
「あの試合での出来事は、相手国によって仕組まれたものです。エナジーリセットが原因ではありません。」
彼らはこう告発していたのだった。
「エナジーリセットが原因と言われて悔しいからってこんなデマを」
こう投稿すると、これに反応した人達がこれについて検証した情報をよこしてきた。
普段はこういうのはクソリプだと思ってるが、どうもそういう雰囲気ではなかった。
リンクの先の情報を見る。
「当時、こちらの国の妖精族が致命傷を負うような気圧になっていた。実は会場も相手国の魔法を発動させるのに有利な場所で、相手国が魔法を発動させていた可能性が高い。」
本当か怪しい話だが、検証しようがなかった。私は魔法には詳しくない。そもそも、テクノロジーによって便利になった結果、人間族にとって素手で戦うようなものである我々の精霊魔法は急速に廃れてしまった。私以外のみんなも知らない。しかし、一部の国では未だに魔法が使われているとされていて、相手国もその一つだった。
だが、信用できない。仮にもし魔法を使ったとして、誰が発動させたのか。必ず、近くに犯人がいたはずであろう。魔法にあまり詳しくないが、発動させるための詠唱でバレるはずだ。それに、そもそも妖精族一人で致命傷を与えられるほどの魔法を発動させることは困難なはずだ。何人かが力を合わせなければそんなの不可能だろう。会場にいた人間は限られるはず。そして、大勢の人が中継を見ていた。それでいてそんな事ができるわけない。
その魔法のトリガーは何なのか。
読み進めていくと、書いてあった。
「相手国のメンバーの国歌斉唱が詠唱そのものだった。」
思い出した。
相手国の国歌斉唱の後に、あの現象が起きた。
言葉が違うから、なんて言ってるのかまではわからなかった。しかし、タイミングはぴったりだった。辻褄が合う。
これに気づいた瞬間、手の先が湿ってきて、震えが止まらなくなり、まだ買ったばかりのきれいな画面が歪んで見えた。
しかし、一つだけ気になることがあった。
サンのことだ。
例え、相手国の魔法によるものだったとして、サンが無事だったことの説明は付かない。
結局サンが相手国とグルであれば、事の辻褄は合うし、みんなが言っていたサンの真意は覆されない。
だが、これについても言及されていた。
「サンは以前に似たような魔法を受けた際、エナリセを受け取らなかったが、そのためにしばらく退場を余儀なくされた。その後、サンは気圧変化に絶えられるようトレーニングを重ね、特にその耐性を手に入れていた。また、エナリセを摂取していれば回復が早かったかもしれないと考えていたようだ。」
こんなはずないと思った。だって誰が見たって悪意が見え透いていた、みんなそう言っていた。
こんなデマが流れるくらいなら、こっちだってデマを流してやる。大丈夫、サンは黙秘していて、疑義がある。
しかし、今度は私の思惑通りに事を運ばせてくれない。
再度SNSに戻ると、私への攻撃でいっぱいになっていた。
その日は頭の整理が付かなくていっぱいいっぱいだった。
次の日になっていた。
私への攻撃は何故か続いていた。
「ニコカスこれどうしてくれんの?」
「この前までの元気はどこへ行ったおーいw」
「お前のせいでニコルが死んで、サンは植物化、他のメンバーだって壊れたんだぞ」
「さんざんリーダーのことぶっ叩いといて蓋を開けたらこれだ」
「開き直らないでくれますか?」
「リーダーもニコルも失って私の推しもリハビリどころじゃなくなっちゃって、チーム全体が崩壊しました。もう何も言わなくていいけど、何もしないでください。」
「回復していた他のメンバーまでもう二度と復帰できなくなったんですよ。リーダーだけでも復帰できてれば続いたのに、その希望すら失われました。あなただけじゃないですが、適当なデマ拡散させてこんなことにしたのは絶対に許せない。」
「私はあなたに騙されました。結果、ニコルを殺し、罪の無いリーダーも、その他のメンバーももう普通の生活は送れなくしてしまいました。私と一緒に死んでください。私は罪を償いたいけど私一人じゃ死にたくないし死ねないです。返信してください。」
私は返信できずにいた。
画面の前でうずくまっていた。
私は泣きじゃくっていた。
私だけじゃないでしょ。
みんな私に酷いこと言って、そんなの何のためになるの?
私はただみんなが書いていたことをまとめただけ。
しかも情報を追加したのは他の奴じゃん。
私だって、みんなが言ってたからそうだと思ったんだよ。
私だって、ニコルを失って悲しい。
私だって、被害者なんだよ。
私だって。
敢えていうならさ、こんなTVとかSNSが無かったらこんなことにならなかったじゃん。
悪いのは人間族でしょ。なんで自分たちで持ってきたものもちゃんと管理できないの。
管理できないで、いるの。
私はまとめを更新して、人間族に対する責任追求をしようとした。
少しでも、この責任を私から逸らしたかった。
でももう遅かった。
TVを点けたら、私のまとめに責任を擦り付けていた。
なんで?
私だって最初はTVを見て騙されたんだよ!
人間族のテクノロジーで成り立ってるから?
だからそっち側に着くの?
お前らだって私のまとめ見てただろ。
もうどうでも良くなった。
TVも私を裏切った。
私はまとめのアカウントを削除した。
SNSのアカウントも削除した。
もう知らない、勝手にすればいいじゃん。
勝手に言ってりゃいいじゃん。
しばらくしたら、話題が変わって、ニコルの慰霊の儀式の中継になった。
そういえば今日だった。
盛大に行われていた。
国葬だった。
そこで、久しぶりにニコルを見た。
あっ、ニコルだ!
気持ちがパァッと明るくなった。
あの茶番も嘘だったんだ。
全部サプライズだったんだ。
私に攻撃しようと酷いこと言ってきた奴らの妄想だったんだ。
でも、一瞬アップされたときに気づいた。
精気がない。
画面越しでもわかった。
そこにいるのは、そこに映っていて、目を閉じて、花に囲まれて、苦しくない顔だけを覗かせているのは、誰ですか?
もうニコルじゃなかった。
私の知ってるニコルじゃ、なかった。
あれから、何ヶ月経っただろう。
私はもう、いわゆる、廃人。
TVだけ流して、適当に、もう何もせずに過ごしてる。
「空中遊泳の選手だったサンへの誹謗中傷を行った発信者を特定し、集団で自滅魔法を使って呪い殺すといった事件が、今日で20件目となりました。」
私には関係ない。まとめもSNSもアカウントを削除した。
だから、なんにも関係ない。
「また、ニコルの死によって、自滅魔法が急速に広まり、発動数が例年の1000倍にもなっています。」
そっか。私ももういいや。
「そのうち、リーダーだったサンに自滅魔法を使用し呪いを掛けようとした割合は、全体のおよそ30%にも及ぶということで」
そっか。もう興味ないや。
「あのリーダーの頭頂部は5000兆ルーメンだったな」
ふと思い出して呟いた。
私は必要なものが揃っていることを確認したあと、呪文を唱えた。