4.新米冒険者のアドバイザー
「何だよこれ」
「読んで字のごとくよ」
アリアにそう返され、俺は視線を紙に戻す。
新米冒険者育成計画。
ギルド登録直後の冒険者、または要望のあったパーティーに対して、ベテラン冒険者をアドバイザーとして就ける。
期間は一週間から要相談。
アドバイザーには一定額の報酬が支払われる。
他にも色々と書かれていたが、簡単にまとめるとそんな感じだ。
俺が細かな部分まで目を通すため紙を手に取ると、ちょうどそのタイミングでアリアが質問してくる。
「ねぇシオン、ここ数年で冒険者人口が急激に増えているのは知ってるよね?」
「ん、ああ。冒険者ブームなんて呼ばれてるよな」
「ええ。この街でもたくさんの冒険者が生まれてるの。でも……」
アリアの表情が暗くなる。
深刻な雰囲気を感じて、俺は持っていた紙を机に置いた。
聞く姿勢を整えて、彼女の話に耳を傾ける。
「同じスピードで、冒険者の死亡数も増えているのよ。知ってた?」
「いいや、初耳だな」
俺が答えると、アリアは話を続ける。
「その死傷者の七割以上がね? 登録して一か月未満の新人なのよ」
「七割? かなりの数じゃないか」
「ええ」
腕に自信があったから。
冒険者に憧れて。
手っ取り早くお金を稼ぎたい。
冒険者になる理由は、星の数ほどあってバラバラだ。
その中でも、昨今の冒険者ブームの要因は、冒険に対する憧れが大きいだろう。
夢見る少年少女たちが、憧れから冒険者になる。
「憧れって怖いわね。自分もあんな風になりたい。いつかなれるんだって思うと、今の自分が見えなくなっちゃう。中には自分の力を過信する子も多いの」
「ああ、なるほど」
何となく今の発言で、死傷者が多い理由がわかったよ。
要するに準備不足とか注意不足、あとは単純な実力不足とかで足元を掬われているんだな。
「それで育成計画か」
「ええ。未来ある子たちが消えてしまうのは、とても悲しいことでしょ?」
「まぁな」
「だから、豊富な経験を持った冒険者がアドバイザーなってくれたら、安心できると思わない?」
「まぁ……うん。それを俺にやってほしいと?」
アリアはニッコリと微笑んで頷く。
俺は机に置かれた紙をもう一度手に取り、内容を確認した。
彼女の説明も踏まえて読み返していく。
事情は把握したし、彼女が困っているのも察した。
ただ、正直な感想は……面倒そうだ。
「これって俺じゃなくてもよくないか?」
「何言ってるのよ。君以上の適任者なんていないよ?」
「いや、適任者って……」
何を根拠にそんなことを言うのか。
と心の中で思っている俺に、アリアは自慢げな表情で言う。
「適任者だよ。なんせ君がこれまで加入してきたパーティーは、君の加入をきっかけに急成長を遂げているんだからね!」
そう言われて、俺は反論できなかった。
アリアの言っていることは、一応事実ではある。
いつも彼女の紹介で入るのは、駆け出しの低ランクパーティーだった。
それが今では、全部Sランクに上がっている。
付け加えるなら、大抵いつもSランクに上がった所で追い出されてるんだけどね。
「アタシはちゃんと見ているよ。君の助言や手助けが、彼らの成長を支えていた」
「偶々だって」
「偶然が五回も続くかな? 君には人を育てる才能があるんだよ」
「いや、そんなもの俺にはな――」
「それに! 君ほど多芸に優れた冒険者はいない。君なら絶対に良いアドバイザーになれると思うんだよ」
俺が否定するより早く、アリアがぐいぐい押してくる。
彼女の瞳からは、期待に満ち溢れている心が感じ取れるようだ。
そんな顔をされると、非常に断りにくい。
断りにくいけど、面倒そうだから断りたい。
他人を育てるとか、俺には向いていると思えないし。
何より楽をしたいっていう俺の要望からかけ離れているしな。
「なぁアリア、悪いんだけど……」
「お願いだ! 報酬はちゃんと払うから!」
「いや、普通に募集かけたらどうだ?」
「まだ試験的な導入だから、大々的に募集はかけるつもりないんだよ。最初に数件やってみて、反応を見るつもりなの」
「だったら、尚更俺じゃないほうが良くないか?」
「逆だよ逆! 最初だからこそ、アタシが信頼を置いてる人にやってほしいのよ」
アリアは何としても俺にやってほしいみたいだ。
さらに彼女はこう言う。
「それにさ。この冒険者ブームだって、元はアタシたちの所為でもあるんだし」
「うっ……それは卑怯だろ」
「ふふっ、でも事実でしょ?」
アリアは悪戯をしかけるときのように笑った。
やれやれ。
俺は心の中で大きなため息をこぼす。
「わかった。だけど最初の数件だけだぞ?」
「本当? やってくれるの?」
「ああ。アリアには世話になってるしな」
今回は俺が折れることにしよう。
ここで断ったら、次から助けてくれなさそうだし。
いや、アリアはそんなに心が狭くないか。
「ありがとうシオン! 君ならそう言ってくれると信じていたよ!」
「はははっ……ほぼ強引に詰め寄った奴がよく言うよ」
「ふふっ、でも本当に嫌なら、最初から話すら聞かなかったでしょ?」
「さぁな」
図星をつかれて、俺は恥ずかしさで目を背ける。
アリアは嬉しそうに笑っていた。
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