1.おっさん、パーティーをクビになる
十年前――
世界は平和だった。
多くの種族が助け合いながら街を、国を造り上げ、繁栄を築いていた。
誰もが思っただろう。
心地良いひと時が、永遠に続けばいいと。
何の根拠もなく、続いてくれるのだろうと……
だが、この世に永遠など存在しない。
それは突然やってきた。
古の時代、封じられていた悪しき魂……魔王が復活してしまったのだ。
今まで鳴りを潜めていた悪魔たちが一斉に動き出し、魔王の元に集った。
万を超える大軍勢は、人々の暮らす大陸へと侵攻。
圧倒的な力で蹂躙を繰り返し、人類はあっという間に滅亡寸前へと追い込まれてしまった。
そんな中、残された希望はたった一つ。
魔王を倒せる存在……そう、勇者が現れたこと。
勇者は頼もしい仲間たちと一緒に、迫りくる悪魔たちと戦った。
そして二年――
奪われた土地を取り返し、たくさんの出会いと別れを繰り返して、勇者たちはたどり着いた。
古の魔王が待つ城に。
激闘が始まった。
魔王の力は、これまで戦ったどの悪魔より強かった。
勝てるかどうかなんて、誰にもわからなかっただろう。
彼らの胸にあったのは、勝てるかどうかではなく、勝たなくてはならないという想いだけ。
強い想いが傷ついた身体を動かし、疲弊する心を燃やした。
激闘は三日三晩続き、最後に立っていたのは勇者と魔王のみ。
互いに残された力を一撃に込め、最後の攻防を繰り広げた。
そうして、勇者は魔王に勝利したのだ。
脅威は去った。
世界の平和は、勇者たちの手によって守られたのだ。
彼らは伝説となった。
後の世にも、勇者と四人の仲間たちの冒険は、英雄譚として語り継がれている。
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「シオンさん、悪いんだけどあんたは今日でクビだ」
クエスト終わりの酒場で、パーティーリーダーのロイからそう言われ、俺は口へ近づけていた酒をピタリと止める。
「クビ……パーティーから出て行けってことか?」
「ええ、そうですよ」
ロイは平然とした表情で答えた。
他のメンバーは特に反応してないし、おそらく知っていたのだろう。
「……理由を聞いても良いかな?」
「えぇーそうですね。俺たちも晴れてSランクパーティーになったわけじゃないですか?」
「ああ、ついこの間だな」
「そうです。今の俺たちはSランクなんですよ? なのに……」
ロイはじーっと俺の顔を見つめる。
そのまま呆れた表情で鼻で笑い、彼は言う。
「シオンさんみたいに、ロクに戦いもしないでお金だけもらってる人とか、もう必要ないと思わないですか?」
「いや、俺は付与術師だ。前に出るのが仕事じゃないし、役割はちゃんと果たしているだろう?」
「だーかーら~ もうそれが必要ないって話をしてんですよ、おっさん」
ロイはキレ気味で言い返してきた。
おっさんと直接呼ばれたのは、この時が初めてだった。
さらに大きなため息をついて、苛立ちを表情に見せながら話す。
「あんたの付与なんてなくても、俺たちは十分に戦える」
「リーダーの言う通り。我々も異論はない」
盾役のゴルドフが、頷きながらそう言った。
続けて魔法使いのローラが、空になったコップをクルクル回しながら言う。
「そもそもさ~ おっさんがパーティーメンバーとか普通に無理だし。我慢してたけど、もう限界なんだよね~ ルンもそう思わない?」
「ええ、ワタシも正直に言うと、おじさんの身体を癒すって抵抗があるわ」
僧侶のルンが、自分の身体をわざとらしく震わせる。
別に直接触れているわけでもないのに、とかツッコミたくなったけど、無意味だから言わない。
彼らの意見が一つなのは伝わった。
だけど、俺はまだ納得したわけじゃない。
「でも、次に受けるクエストは【リンドブルムの討伐】だろ? あれはアンデッドタイプのモンスターでもかなり強力だ。俺の付与なしじゃ厳しい相手だろ」
リンドブルムは巨大なドラゴンの姿をしたモンスター。
朽ちた屍が集まって誕生したモンスターで、通常の攻撃は効かない。
聞くのはアンデッド特攻効果を持つ攻撃と、聖女や僧侶の祈りだけだ。
「はぁ? ちょっと舐めすぎでしょ」
「そうね……聞き捨てならないわ。貴方、ワタシの祈りを馬鹿にしているの? アンデッドくらいなんてことないわ」
「いや、さすがに君の力でも無理が――」
「出来ると言っているのよ。おじさんにはわからないかしらね」
普段は大人しいルンが、あからさまに不機嫌な表情を見せている。
今までに見せたことのない表情に、さすがの俺も動揺した。
同時に、何を言っても無駄だと確信する。
俺は小さくため息をつき、彼らの顔を一回ずつ確認していく。
「俺のクビは、決定事項なんだな?」
「そうですよ。俺たち全員の意思ですからね」
そう答えたロイは、早く終わってほしそうに肘をついていた。
「……わかった。リンドブルムとの戦い……苦戦しても後悔しないでくれよ」
「心配無用。そんなことにはならない」
「話し終わったでしょ~ さっさと出てってよ、おっさん」
「さようなら」
冷たい別れの言葉ばかり。
いや、これも初めてじゃないから慣れている。
慣れていることが、余計に悲しい。