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6話 結局のところ、私は彼の敵である

 すっかり好ましく思える髪を、半ば義務として撫でてみる。

 ああサラサラの髪! すっかり綺麗で心地いい。


 もう何時間、こうしていただろう。

 魔族の痕跡もすっかり失せて、森は開けて空がはっきりと見えている。


 よほど疲れているのか、リオンくんは深く眠っていた。


「あったかいかな?」


 地面の上に私が寝転がり、彼を乗せて抱きしめている。

 今の私は彼のベッドだった。背中や髪が熱せられた土に温められて、その温かさを少しだけリオンくんに伝えていた。

 彼はうつ伏せになって私の脇腹にしがみついた。

 寝息が私をくすぐる。


 彼の背中から、肩、腕へと指を這わせ、手を合わせる様にして握る。

 私の指の方が長かった。

 彼は小柄で、こんな風に私をベッドにも出来る。


 彼の肩甲骨をすりすりしていると、リオンくんが僅かに目を開けた。


「……イクスさん」


 顔を上げ、寝ぼけ眼で私を見つめている。

 ゆっくりと意識が覚醒してきたのだろう。

 顔をほのかに赤らめながらも、私というベッドから降りた。


 私の髪からつま先までをゆっくり眺め、安堵の息を漏らす。


「怪我は、ないですか?」

「ないない。君のお陰で凄く元気だよ。怪我は治しておいたけど、良かった? 勲章として残しておきたかった?」

「ううん、それはないです」


 服はほとんど焦げていたから、既に直している。

 すっかり新品同然となった服を身に着けて、微笑んでいる。


 そんな彼の面持ちは、さっきまでの戦いぶりが嘘のようだ。

 けれど、その視線が炎の残骸に及ぶと、彼が眉を下げた。


「あいつは」

「フレイルだっけ? あの炎は君が倒したよ」


 戦いにおいて、私は本当に何もしていない。

 少々身体能力は強化したものの、リオンくんは自力で勝ったのだ。

 だが、その表情は暗かった。


「そう、ですか……」


 どこか悔いているようにも見える。

 私の顔を見ると、彼はぽつぽつと話し出してくれた。


「結構、いい人だったんです」

「敵だよ?」

「うん、敵でした。戦ったし、僕も、彼も、命を取り合って……でも、フォルスとか、ああいう奴よりはずっと話が通じて……だから……ううん、イクスさんを守れたのなら、良かったです」


 無理をして明るい顔をして、けれど、声は悲しげで。

 両手で剣を抱いて、手が震えている。


「やっぱり、何度やっても……慣れないですよね……」

「……」


 言えない。

 助けてくれなくても大丈夫だった、なんて。

 今までなら、他人がどう思おうが気にせず、ずかずか土足で踏み込めたのに、それがどうしてもできない。


「んっ!」

「わわっ……」


 代わりに、背中から思いっきり抱きしめた。

 一緒にお風呂に入った時も同じ事をした。なのに、今は昨日とは全く違う。


 慈しみの情とでも呼ぶべきかもしれない。

 偽物の心臓を通して、偽物の血が流れていく。

 鼓動を彼の鼓動と合わせ、血が混ざり合っている様だった。


 リオンくんの震えは止まっていた。


「ありがとう、イクスさん」


 彼は穏やかに立ち上がった。

 まだ疲れを残した足取りでも、しっかりと、両足で立って歩いている。


「僕、行きますね」

「待って、どこへ行くつもり?」

「森から出て、街に行こうかなと」

「そうじゃなくて、まだ疲れているでしょう?」

「けど、もう平気ですよ。イクスさんが僕に優しくしてくれたから」


 私も一緒に行くよ。

 そう言いかけて、リオンくんの視線が口を閉じさせた。


「イクスさんに危ない目に遭って欲しくないんです」


 転がっていた剣を拾って鞘に直し、荷物を肩に掛けた。


「僕が居たら、また魔族の誰かが追いかけてきますから……今回はフレイルだったから何とかなったけど、フォルスが来たら本当に殺されちゃうかもしれない」

「そんなにひどい人なんだ?」

「クズ野郎です」


 彼は真顔で言い切った。

 すぐに優しい面持ちに戻り、彼は私を見つめている。


「だから、僕とイクスさんが一緒に居たら、きっと酷いことになります」


 立ち上がって、彼を前から見下ろした。

 その鼻先へ指を当てて、にっこり笑ってみせる。


「その判断は間違いだよ? なにせ私、ついていっちゃう」

「ダメですよ! 僕と一緒に居たら危ない!」

「うーん。キミの事が凄く心配になっちゃうから、嫌って言われてもついて行っちゃうなぁ私」


 両腕を掴んで、少しかがんで目線を合わせた。

 彼は振りほどかない。

 離して欲しそうだけれど、私はそうしなかった。


「それに、私の家、焼けちゃったんだよね……」

「ごめんなさい。僕のせいで……」

「ああっ! 責めてるんじゃないからね? 間違えないでね? 単に、住む場所もないし、君と一緒に行きたいなって思ったの」


 リオンくんは焼け落ちた家を一瞥し、ひどく申し訳なさそうに俯いている。

 思わず顔を近付けて、腕を引っ張る。


「もう、だから私は責めてないし、迷惑だなんて思ってないって!」

「あうっ」


 おでことおでこが合わさって、こつんと音がした。

 瞳が触れ合うくらい近づき、リオンくんの目が泳ぐ。


「フレイルだっけ、彼が私の顔も教えているだろうから、キミと一緒に居た方が安全じゃない? まだキミを狙ってるだろうから、私が一人の時に襲われたら、そっちの方が危ないよ?」


 家は簡単に再建できる。増援は全員、森から一歩も出さなかった。

 何より、私の顔を知られたところで一体何の問題があるだろう。

 しかし、言い訳としては非常にちょうど良かった。


「……分かりました」


 彼がごく自然に私の腕を振りほどいた。

 逃げ出す様子はない。

 黙って待っていると、彼は膝をついて、私の手を恭しく取った。


「ん?」

「僕、イクスさんを守ります。僕が死んだとしても守るって、そう誓います」


 見上げる視線には、真摯さだけがこめられている。

 想いという矢が私を貫いた。


「君は」


 知らない感情が私の中で駆け巡る。

 思考が火花を散らし、何かが噛み合うような音が聞こえた。

 私の中で部品となって転がっていたものが完璧に混ざり合い、やがて一つの形を成した。非生物の思考が押し流されて、まるで人間のような気持ちが心を完全に支配した。


 つまり私は、この、彼のことを。


「……うん、強くなろうね、勇者様?」


 さりげなく顔を撫でる。

 そして、ほっぺたにキスをした。瞬時に彼の顔がゆで上がる。


「あ、あう、あうあうあう……」

「ね?」


 片目を瞑って見せると、彼は真っ赤になって俯いた。

 そんな今の彼には力強さなんてどこにもないけれど、視線は今も私を貫通していた。

 喜びで身が震える。

 なんてことだ。私に、こんな日がくるなんて。


「……あはははっ。本当に、今日は良い日だね!」


 光が差し込んで、見上げてみると綺麗な空がそこにある。


 いつもは薄暗くて狭いのに、空を、今はやけに広く感じた。









 ……彼は、何も知らない。


 勇者とは、かつて私達のような怪異を討伐する為にこの世界へ呼ばれたのだと。


 魔族がなぜ生まれたのか。

 私達ではなく、魔族を討伐する者だと思われているのか。


 私には分からない。


 けれど、異界から人を召喚する方法が変わっていないのなら、きっと、勇者の本来の役割も変わってはいないだろう。


「リオンくーん」

「は、はい?」

「呼んだだけ。これから、仲良く頑張ろうね?」

「……はいっ」


 この子は、何時の日か私と戦うのだろうか。


 全てを理解した時に、彼は私を滅ぼすのだろうか。

 それとも、私以外の全ての敵となるのだろうか。


 ああ、でも、こう思う。


 この子になら、滅ぼされてもいいかもしれないと。


 期待感に胸を膨らませ、彼の頭をまた撫でる。

 くすぐったそうな逆のほっぺたに、もう一回、キスをした。



……さて


ここで完結となります。この先も一応存在はするのですが、大変面白みに欠けたのでここが一番良い区切りであろうと思いました。


おねショタものって、お姉さんがショタをかわいいかわいい大好きする姿にときめく人も多いと思うんですが、お姉さんにかわいいかわいいされるショタにときめく人も結構いると思うのです。私の場合は後者寄りですね。


文章改変系のスキルって結構好きだったりします。キョジツテンカンホーみたいな。

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