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5話 そして戦慄の夜が訪れた



 戦いは初撃から熱量を持っていた。

 リオンくんは見た目以上に力強く、フレイルとぶつかり合っている。

 衝突の度に炎が飛び散って光が舞った。


 紫の炎と赤の火球が絡み合い、混ざり合う。

 見た目には綺麗な光景だった。


「前より強くなった様だな。たったこれだけの時間で、何をしたのやら」


 フレイルが呟く。実力としては、彼の方がやや強いと言った所だろう。

 その間にも果敢に攻め込むリオンくんをいなし、傷ついた腕を炎で修復する。

 紫の炎が流動し、粘性の液体めいて広がった。


 液体はリオンくんを飲み込まんと迫る。


「っ。派手だね!」


 周囲に小さな火球が発生し、攻め込む炎を弾き飛ばし、あるいは諸共消し去った。


 リオンくんの指が焼け付いている。

 苦悶の声一つ漏らさず、視線は決して戦いから外れていない。


「……」


 見守っていると、手出しをしたくなってしまう。


 『簡単なのだ。戦いを終わらせるだけならば。リオンくんが怪我をせずに終えるだけならば』


 しかし、私はやらない。


「相変わらず自爆か貴様!」

「ああ、そうだよ! ちょっと痛いけどね! これくらい、なんだっ!」

「まったく、威力だけは立派だな!」


 不思議だった。彼が頑張る姿を、もっとずっと見ていたい。

 ああ、簡単にできるとも。

 『どうとでもなる』

 だが、そうして良いとは、決して思えないのだ。


 今まさに、彼は成長しているのだから。


 頑張るって、彼が言っていたから。


「……頑張ってね」


 私の声はリオンくんの耳に届いたらしく、無言で答えてくれた。


 炎の塊であるフレイルは触れるだけで肌を燃やし、熱によって意識を乱す。

 確かに炎の威力は凄まじい。一撃一撃は確かに強力で、リオンくんは防ぎきれていない。

 ただし。


「がっ……!」


 フレイルが呻いた。リオンくんが飛び膝蹴りを食らわせたのだ。

 そう、今のリオンくんは意思によって強化されている。勝てないなどという事はない。


 吹き飛ばされた紫の炎が、再び人の形を整えた。

 殺意のオーラが充満する。


「ぬぅぅん!」


 渾身の回し蹴りがリオンくんに襲いかかった。


 片手剣がフレイルの脚とぶつかり合うと、その脚が弾かれる。

 僅かに姿勢を崩したフレイル。それを見逃さず、リオンくんが空いた片手を……強く握りしめた!


「なんとっ!?」

「はぁっ!」


 胴へ深く突き込まれた腕は、紫の炎で燃やされながらも突き破り、フレイルの胴を貫通した。


「ぐ、うぉぉ!?」

「やぁぁぁっ!」


 小さな火球が山のように剣へ纏い、そして、線となった赤が一筆で描かれる。

 フレイルの身体が横から真っ二つになり、漏れ出す炎を巻きながら、地面に落ちた。



「はっ……はっ……どうだッ!!」

「ごほっ、なるほど……確かに強い」


 上半身だけになっても、フレイルは己の身を確認し、やや怪訝そうな顔をするだけだった。


「一体、何をして強化したのだ。貴様は」

「僕は何もしてない。ただ、助けて貰っただけだ」


 どうも私に視線をくれたようだ。

 何も言われていないのに、深い感謝が送られているのが分かる。

 フレイルは見下ろされながら、溜息を吐いた。


「殺さんのか」

「……」


 剣を下ろし、リオンくんは黙って口を閉ざした。

 これもまた悪手だ。まだ戦意のある敵に、しかし彼は剣を振れずにいる。


「ふん、なんと甘い男だ。それでも勇者か、貴様は」

「でも、勝ったのは僕だよ」


 むっとした顔で告げられて、フレイルが言葉を失った。

 一瞬、彼らの表情が緩む。けれど再び殺気が満ち溢れ、戦いの気配が戻ってきた。


「なるほど、確かにお前の勝ちだ」


 彼は両腕だけでぐぐ、と身を起こした。紫の炎がまた強く燃え上がっていく。


「だが、終わった訳ではないぞ?」

「……来い!」


 リオンくんが再び剣を構えた。すぅ、はぁ、なんて呼吸音が聞こえる。

 一呼吸ごとに力が集約している。

 隙はない。どこから攻められても確実に対応できるだろう。


 対して、上半身だけとなったフレイルの力は大幅に衰えていた。だが、まるで恐れもなく笑い飛ばす。


「知るのだ。貴様は……自分の、愚かさを!」


 両手だけで地面を叩き、紫の炎を噴いて飛んだ。

 リオンくんが正面からの突撃に備える。


「だから、貴様は甘いというのだ!」


 が、瞬時に跳ね、リオンくんを通り過ぎた。

 その先に居るのは、私だ。


「あっ!?」

「その命、貰ったぞ!」

「イクスさん!」


 よほど予想外だったのだろう、リオンくんの反応が僅かに後れ、焦燥が彼の顔に浮かぶ。

 私の名を呼び、必死で駆け寄ってくる。しかし炎の方がやはり早い。


「命を以て、絶望の礎となれ!」


 フレイルは憎悪を散布させつつ、私を暴力でもって討ち滅ぼしにきた。

 炎の身体による突進は、ただそれだけで人を消し炭にするだろう。

 これはリオンくんの心を折る為の最善手だ。


 だが、それは同時に最悪手だった。

 一番取ってはいけない選択だ。



 にたり。私の顔が、感情の通りに歪む。



「っ!?」


 フレイルが驚愕で目を見開いた。だが、興味は無い。

 ただ手を伸ばし、指を鳴らすように。受け入れるように。

 何よりも早く。


『その身体「イクスさぁん!」ををっ!?


 リオンくんが私を突き飛ばした。

 当然のように、炎はリオンくんを焼く。


「あ゛あ゛ぁぁぁぁっ!」


 炎の突撃を彼は正面から胸で受け止め、悲鳴をあげた。

 一瞬、リオンくんの膝がぐったりと崩れ落ちる。

 だが、瞬時に瞳へ業熱が宿り、炎を睨みつけた。


「なんだと!?」

「ぁ……ぁあぁぁっ! さ、せるかぁっ!」


 彼は、フレイルの頭をむんずと掴んだ。

 指が燃え上がる。しかし力は抜かず、稲妻のごとき音が手の中から現れる。火花が散っていた。


「まさか貴様っ!?」

「くぅらえぇぇぇっっ!」


 火球がリオンくんの目前で発生し、瞬時に爆発した。

 音が耳を潰さんばかりに轟き、周囲の空間が真っ白に染まる。 


「がっ、ああ……」


 飛ばされたリオンくん。


 『その姿を確認し、落ちる位置に移動して抱き留めた』


 今にも灰になって、消えてしまいそうだった。

 剣によって強化されていても、体中の多くの傷と火傷は痛々しく、まだ身体が幾らか燃えている。


『彼の身を焼く炎を消して』

『ずたずたになった身を癒やして』


 その背をゆっくりと撫でた。


 スキルの発動を潰されるなんて何時ぶりだろう!

 この子が勇者だからだろうか!?



 背後で、フレイルの上半身は粉々に砕けていた。

 生きてはいまい。


『リオンくんがあんなに頑張ったのに復活するなんて許さない』。


 炎がぼろぼろ崩れ、そこら中に飛散する。

 地面に、小さな火がいくつも転がった。


「リオンくん」

「うう」


 名前を呼ぶと、彼はゆっくり目を開く。

 視界がはっきりとしていないのか、ぼんやりと私を見つめている。


「あっ……だい、じょうぶ、です?」


 私の頬を彼が撫でる。弱々しくて、優しい手つきで。

 あまりに腕の力が入っていない。まさか、彼はいつもこんな風に戦っているのだろうか。


 だとすれば、なんて酷い有様だ。


 意識なんてほとんどないだろうに、リオンくんの指先は正確に私の身を案じ、慈しんでいた。


 彼の腕を、そっと掴む。

 柔らかい腕には確かな命があった。


「うん、私は少しも傷ついてないよ、リオンくん」

「そっか、ぁ。よか、ったぁ」


 にっこり笑う。

 思いっきり口元を上げて、煤けた顔を明るく彩った。


「ぼく、みんなを、まも、るよ……ぼくが……」


 目元に手をあて、視界を覆う。リオンくんが口を閉じた。

 子守歌のように彼へ話しかけた。


「大丈夫だから、ね? だから、少し休もう?」


 自分の胸元で彼を抱きかかえる。

 やはり私に命はない。私の皮の下には何もない。


 『だが、偽りの中身を作りだした』


「大丈夫、大丈夫」


 何が大丈夫なのか聞かれても困るけれど、それでも「大丈夫」と繰り返す。

 リズミカルに心臓を鳴らし、内臓が運動する音を流し、極力人間らしく振る舞って、その音を彼に聞かせた。


「……おかあさん」


 ぽつりと呟かれた声に、偽りの心臓が跳ねる。

 私は、そんなにも彼の母に似ているのだろうか。


 今はなんでも構わない。

 こんなにも頑張った彼の為に、私がやる事は決まっている。


「うん、だから、もう休みましょう?」


 耳に顔を近付けて、柔らかく優しい言葉だけを流し込む。

 すると、彼はぐったりとして、気を失った。



「なんて愛しくて……愚かな子」



 守ろうとしてくれる姿がとても好ましかった。

 だからこそ、不思議な事に胸がちくりと痛む。

 例え私に紫の炎が当たったとしても少しも問題ではないというのに。


 それを知らない彼は、必死になって頑張って。


 あまりに無知で、どうしようもなく愚かだけど。

 一生懸命で、人を疑う事を知らなくて。

 彼はこんなにも眩しくて。愛おしい。









「ねえ? そうでしょう?」


 振り向くと、そこに数人の魔族と、大きなドラゴンが鎮座している。

 リオンくんの行動は読まれていたようだ。

 私を取り囲むと、彼らは見るからに殺気立った。憎悪と敵意は明白だ。


「フレイルを……? 貴様ぁ……!」


 いや、粉砕された炎の残骸を見て、さらに憎悪が煮えたぎっているいる。


「で、私達を殺しに来たのか、捕まえにきたのか、どっち?」

「捕まえたのち、殺す」


 端的な回答である。「それは結構ね」と呟いて、彼らの姿を改めて観察した。

 目玉の塊、ドラゴン、熊、名伏しがたい粘性のなにか、外見の統一感はない。


 が、全員、生き物らしい気配がない。

 つまり、全て魔族で、個別にスキルを持っている。

 今のところ、リオンくんより興味を惹かれる者はいない。


「貴様らは処刑する」


 リオンくんの髪が汚れてしまっている。

 頑張ったねってまだ撫でて、背後の雑音は無視した。

 何やら声をあげてくる。なんだやかましい。


 指を鳴らす。


 『フレイルの残骸が一個に固まり、紫の炎となって彼らに遅いかかった』


「なんっ、おまえぇ!」


 ドラゴンが焼き尽くされ、目玉が必死に逃げ回った。

 どうやらフレイルは彼らより強かったようで、火が蹂躙していった。


「よくもフレイルの身体をぉ!」

「叫ばないで、リオンくんが起きるから」


 『私の一言で彼らは音を立てられなくなった』


 リオンくんをお姫様抱っこしたまま立ち上がり、笑顔を作る。


「じゃあ、改めて挨拶しましょうか」


 炎に追われる彼らに聞こえるかは分からない。


「私はイクス・スピネル。かつて虹の怪異と呼ばれていた者だけど」

「……!? ……!?!?」

「ああー。どうしてしゃべれないのか不思議? これは私のスキル『誰が記述を殺したか?』って言ってね。私の認識する事実を、私が分かる範疇で書き換えるんだけど……どうでもいいかな」


 どうも彼らは私を知らないようだ。

 やはり、私の名前や存在は何百年かで忘却されている。


 『森の木々が彼らの逃げ道を完全に封鎖する』

 『天を覆う葉は光を隠し、森の中を閉鎖された空間に変えた』


「つまり、君らを帰す気はないってこと」



 『森は暗闇に包まれて、そして戦慄の夜が訪れた』

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