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4話 助けになりたいとは言ったが代わりに戦うとは言ってない



 誰かと一緒に眠るのは楽しい。それが好感を持った相手であれば尚更だ。


 リオンくんも最初は猛烈に照れていたけれど、いつの間にか寝息を立てていた。

 よほど疲れていたらしい。

 私の腕の中で安らいだ顔をして眠り、起きたのは今から二時間ほど前だ。


「はい、これが食べ物で……こっちが、飲み物ね」

「こんなに貰っていいんですか?」

「もちろん! 楽しませてくれたお礼だよ」


 袋に沢山の果実や鍋を入れ、大きめの鞄を作って手渡した。

 朝食も済ませて、朝のお風呂も一緒に楽しんだ。

 今はもう家の外に出ており、ここから離れる準備をしている。


「どうかな? 服の大きさは合ってる?」

「うん、ぴったり」

「良かった。キミの身体を沢山触った甲斐があったね」

「……」


 困り顔の彼に向かって、「冗談だよ」と付け加える。

 彼が着ていた服は修復しておいたが、裾を伸ばしたらスカートみたいになってしまった。

 リオンくんは気にしていない様子だ。


「うん、似合ってる」


 もはや癖のように頭を撫でる。

 流石に慣れたらしく、微笑みだけを返してくれた。


「今日は珍しく、太陽の光が綺麗に入ってくるね」

「そうなんですか? ちょっと暗いような」

「うん、まあ、森の外よりはね」


 『木々に少しだけ退いて貰った』ので、空から差す光が差し込みやすくなっている。



 あれが太陽と呼ばれる星なのか、私は実の所知らない。

 「あるいは、この世界は空から明かりを照らされている虚飾の舞台かもしれない」などと、私と戦った勇者が口にしていたのを覚えている。


 確認する気は起きなかった。

 世界がどうあれ私は生きているのだから。それが嘘であったとしても、生きる事をやめる理由にも、無気力に過ごす理由にもならない。



 ともかく、今はリオンくんだ。

 彼の持ち物の大半は綺麗にして渡したが、一つ、まだ渡していない物がある。


「はいこれー」

「あれ? これって」

「キミの持ってた剣だよ」


 一年間たっぷり使い込まれた剣は、彼が片手で使える様に調節された大きさだ。

 幾度かの修理や魔法での補強こそ行われていたが、使い込まれすぎて脆くなっている。


「ああ、ありがとうございます」

「ふふん、ちょっと違うんだなあ」


 剣を彼の前にかざし、表面に軽く触れた。


「これをね」



『触れた瞬間に剣は改変された』。


『完全に修復し』

『切れ味を大幅に向上させて』

『持っているだけで身体が軽くなり』

『持っているだけで攻撃によるダメージを軽減し』

『ついでにこれらの機能は本人の意思と願いを反映して強力になり』

『おまけで、リオンくんが死んでしまっても安全な場所で復活する』


 見た目はやや綺麗になっているだけだが、ほとんど別の剣になってしまった。

 やや過保護かもしれない。だが迷わず手渡した。


「振ってみて欲しいな」

「これを? はい」


 迷わず受け取ってくれて、彼は慣れた手つきで剣を構えた。

 途端にまじまじと刃を見つめ、首を振っている。


「ひょっとして、魔法で強化した……とかですか?」

「まあそういう感じ。ほらほら、どう? 使ってごらん?」

「魔法でこんな事もできるんですね。うん、これなら……やってみます」


 そう言いながら、彼は深々と剣を構え、縦に重々しく振った。

 軌跡がきらめき、一振りで風が鳴く。ごう、という音と共に木々が傾き、圧力で地面が吹き飛び、穴が開いた。


「っ……!?」


 一瞬、彼の足が止まった。

 が、コンマ数秒程度で素早く復帰し、もう一度剣を振る。次はより柔らかく、加減をした上で。

 鋭い一閃が光り、すぐに消える。


「ふっ!」


 何かを想定しているのか、リオンくんは虚空をもう一閃し、連続側転で大きく退いた。

 私の傍まで戻ってくると、自分の足捌きや手元を眺め、嬉しげに笑う。

 軽やかに跳躍し、彼は家の屋根に着地した。

 彼の手から火球が現れた。小さな火の玉が幾つも、幾つも現れては消えて、彼の周囲を彩っている。


「あはっ!」


 調子の上がった声を漏らすと、彼はすぐに下りてきた。

 剣を鞘に戻し、大事そうに握りしめながら。


「お姉さん、これ……これ最高です!」


 リオンくんが声をあげ、感極まった様子で飛びついてきた。

 とっさに受け止めた。通常なら問題ない。

 だが、強化された身体能力が私を襲い、軽くバランスを崩してしまう。


「あっ」


 私の手を掴み、リオンくんが引っ張ってくれた。

 無事を確認するなり、彼はすぐに離れ、申し訳なさそうに目線を下げた。


「ごめんなさい、調子に乗っちゃって」

「ふふ、喜んでくれたなら良かった」


 やや強化のしすぎかとも思われたが、大事そうに抱えている姿を見ていると、やって良かったと思えた。


「さっきの火は?」

「あれですか? あれは僕のスキルで、火の玉を出せるんです。僕自身もちょっと熱いのに強くって、やけどしても治るんですよ」

「へえ」


 聞きながら、なんとなく考えた。

 火傷が治りきっていない辺り、自分の身体まで焼きかねない。完全なスキルではないのだろう。あるいは、彼がまだ成長途中なのかもしれない。

 何にせよ、私の『これ』の様な危険性は感じられなかった。


「他に何か欲しいものはある?」

「大丈夫です。ありがとうございます!」

「おまけでお姉さんもセットでどう?」

「ええっ」


 流れで言ってみたが、リオンくんは頷いてくれなかった。

 困った顔で首を横に振り、断られてしまう。

 だが、予想していた通りだ。ここで私を欲してくれても一向に構わないけれど、きっと彼は望まない。分かっていた。


「どうかな?」


 私はあえてもう一度尋ねた。

 もちろん、リオンくんは頷かない。


「しばらく僕一人で行きたいので……」

「私は一緒に行きたいんだけどなー。さっきも見せたけど、色々できるよ? お得だよ?」


 自分の事を売り込むなんて初めての経験だ。当然、勝手も分からない。


「うーん、実はお姉さんも戦えるかもしれないよ?」

「あはは。うん、そうですよね、助けてくれてありがとうございます」


 完全に冗談だと思われていた。


「結構戦えるつもりなんだけどなあ」


 今の時代にどの様な力を持つ存在が居るか、厳密には知らない。が、今のリオンくんを見る限りでは、まだ私の力は有効だろう。


 確かに、外見的に私は戦闘に秀でている風ではない。だが、私のような存在にとって、外見というのは可変であり、その気になれば如何様にも変更できる一要素、いわばお気に入りの衣装に過ぎない。

 そもそも私を構成している肉体とは、私の本質とは全く掠りもしない虚構であり、虚飾であり、私という生物はどこにもいないのだ。


 私はただの怪異である。

 生物が積み重ねてきた命の系譜とは全く関係のない、ただの理不尽な暴力だ。


「……本当にダメ? 私、キミの助けになりたいな」


 もちろん、そんな事をリオンくんに教える必要はない。

 念押しで聞いてみたが、やはり彼は了承しなかった。


「ごめんなさい。気持ちは嬉しいです。けど、やっぱり僕は一人で戦えますからっ」

「ええー。しょうがないかなぁ」


 真摯に見つめられて、私は飲み込んだ風を装った。

 こっそり一緒に行くのも面白そうだ。


「また来てね」

「……はい」


 そんなリオンくんの頭をまた撫でた。もう癖になってしまっている。

 意識的に彼と距離を近付けながら、赤らんだ頬を両手で掴み、少しだけしゃがんで顔を近付ける。


「やっぱり、お顔も綺麗だねー」


 わたわたと慌てる彼をひとしきり楽しみ、解放する。


「あははっ! うんうん、かわいい」

「うう」

「あ、ごめんね? かわいいって言われるの嫌だった?」


 撫で回しつつも問いかけた。

 彼はむずがゆそうな顔をして、目を閉じている。


「いえ、いいえ、そうでもなくて。喜んでくれるなら、いい、ですよ……?」

「私みたいな怪しい人の言う事、素直に聞いてたらいつか騙されちゃうよ?」

「怪しくないですよ」


 不意に、彼の顔色が変わった。

 赤らんだ頬に真剣な感情が差し、瞳には深い確信だ。


「本当だから。イクスさんは怪しくなんかないです」


 胸に手を置いて、頑迷に言い張ってきた。


「あれだけ僕に優しくしてくれた人を、そんな風に思うわけないじゃないですか」

「……うん、まあ、そうかもね」


 いやいや、と心の中で首を振った。

 「あなたに黙っている事はいっぱいあるんだよ」と言ってあげたくなった。

 例えば今、空の上からこちらを覗く「ごく些細な視線」の事すら教えていない。



 天の彼方にドラゴンが待機し、その上に乗った者が私達を監視していた。

 もちろん最初から気づいている。

 リオンくんに言う必要がなかっただけで。


 何やら上が騒がしい。そろそろだろう。

 私がそう思うと同時に、動きがあった。


 いかにも悪党と全身で表現している存在が、ドラゴンの背から飛び出す。

 男が天を指すと、彼の頭上に巨大な紫の炎が幾つも出現する。強烈な熱と共に、残虐な顔で私達を見下ろしている。

 そして、指を地に向けると、炎が世界を軋ませながら落ちてくる。


「!?」


 炎が私達に向かう。

 その途端、リオンくんが凄まじい勢いで空を見上げた。


「伏せて!」


 目を見開き、彼は手を空にかざす。

 瞬間、手のひらくらいの火球が彼の手の中から発生した。

 彼はその火球を、迷うこと無く掴んだ。肌が焼ける。


「っ……らぁぁっ!」


 構わず、振りかぶって投げつける。火が斜め遙か上に飛んでいく。


 迫り来る炎の塊に触れ合い、火球は音をたてて爆発した。

 地獄が混ざり込むような音。即座に爆風が土を巻き上げ、衝撃が私達を襲う。


「いやーっ!」


 リオンくんが私の前に立ち、叫びながら剣で衝撃を断ち切った。

 私にはそよ風一つ届かない。

 火球の爆裂は、幾つもの炎を巻き込んだ。初動の数十発は、私達に届く前に消え失せた。


 しかし、煙を裂き、続けて紫の炎が落ちてくる。


「イクスさん!」

「ひゃっ」

 

 迎撃失敗。彼は察知すると同時に私を押し倒した。


「じっとして!」

「リオンくん!?」

「口を閉じてください! 危ないから!」


 私の身体を丸めさせ、その上に彼が覆い被さる。

 淀みなく、私を隠すように抱きしめた。


「動かないでね……僕が守りますっ……!」


 覚悟を決めた彼の面持ちが、私の視界いっぱいに広がっている。

 かわいらしい狼狽や照れはまるでなく、ただ必死で、空から降る悪意の弾丸から私を守り通そうと、歯を食いしばっていた。


 ひゅう、という音が聞こえる。そして、炎の塊が落ちてきた。


 空から雨めいて降り注ぐ炎はまさに暴力である。

 一つ数えている内に、相当な数の塊が着弾する。


 森の中にある全てを焼き尽くす勢いで、炎が地面から漏れ上がっていった。

 ただの炎ではあるまい。紫の炎は悪意的に広まり、熱が私達を取り囲んでいくのだから。


 『しかし、炎は全て奇跡的に私達から外れていた』


 だが、私の家は部屋の半分が消し飛んでしまい、今も燃えさかっている。


「ああ……こんな」


 私よりリオンくんが嘆いている。


「ひどい……」


 その声を嘲るようにして、炎が呪詛の如き音を立てていた。人間の断末魔にも聞こえ、煙には呪いが漂っている。

 だというのに、木々の一本にすら燃え移っていない。


 炎は逃げ場を奪うように私達の周囲を囲むが、他は何も燃やさない。

 どうやら、相手はよほど人間だけが嫌いらしい。あの炎はどれほどの数の人間を焼いてきたのだろう。


 やがて炎の雨が止むと、リオンくんが飛び上がった。

 もう剣を構えている。

 火球を握った片手の方はだらりと垂れ下がっていた。


「リオンくんっ」

「これくらい平気。僕、勇者だからっ! イクスさんこそ怪我はありませんか?」

「……おかげさまでね。ないよ。ありがとう」

「いえ」


 私に目を向けず、彼は炎の最も燃えさかる地点を見つめた。

 そこにあった炎の塊が、花びらのように開く。


 リオンくんがハッとした様子でこちらを見て、心配そうに声をあげた。


「離れてください! あいつの狙いは僕だから! 僕に任せて! 大丈夫だから!」


 激しくも心地よい声を聞いている間に、花びらの中から人型が生まれた。

 それは私より一回り背の高い男で、全身が紫の炎で覆われている。

 リオンくんに視線を注ぐと、彼はニヤと邪悪な笑みを浮かべた。


「見つけたぞ」

「フレイル……!!」


 怒りのこもった声を漏らしている。

 その背中に近づこうとするなり、リオンくんは振り返った。


「僕の事はいいから、離れて!」

「でも」

「来るな!」


 彼ははっきりと言い切った。

 想定よりも力強い怒声に驚かされて、足が止まる。


「……」

「っ……ごめんなさい」


 私の反応をどう思ったのだろうか。

 リオンくんは、敵を警戒しつつゆっくりと私へ近づく。

 目の前に来ると、空いた手で私の手を触れ、ぎゅっと握ってくれた。


「イクスさん、僕が頑張るから」


 周囲の熱でリオンくんはやや汗を掻いていた。

 焼けた家の灰が顔にかかり、せっかく綺麗に洗ったのが台無しだ。


「……」

「じゃあ、僕は行きます」


 何も言わずにいると、リオンくんが離れた。

 改めて剣を握りしめて、優しく優しく笑ってくれる。


「僕は行きます。そのためにここに来たんだから! だってほら、僕、勇者なので!」


 そう口にして、彼は私に背を向けた。


「待ってくれたんだね。ありがとうフレイル」

「構わん。別れはもう済ませたか」

「うん。来たのは、お前だけ? ……フォルスは?」


 気分の悪そうな声でその名を挙げる。

 フレイルと呼ばれた男が苦笑した。


「彼か。彼はお前の仲間で遊び疲れて寝た」

「……そっか」


 リオンくんが強烈な圧迫感を纏った。

 怒りの波動が大地を軋ませ、空間がぐにゃりと歪む。剣がその感情に応えて、鋭さを増していった。

 だが、その凄まじい波は一瞬だけで消えた。


 背後の私を、意識している気がする。


「それで、フレイル以外は?」

「今は私一人だ。じきに増援も来るが」


 なるほど確かにと私が頷いた。

 少し意識を伸ばしてみれば、森の端にドラゴンなどの存在が入り込んでいる。

 リオンくんも信じたらしく、静かに頷き、呟いた。


「ならっ……! あいつらが来る前に、お前を倒す……!」

「ほう? 負けたお前が?」

「負けたのはお前にじゃない」

「生意気な子供だ」


 フレイルが眉をしかめ、だが、小さく笑う。

 そこにいる魔族は憎悪で炎を燃やしていた。私に対しても、リオンくんに対しても。等しく凄まじい憎しみを放っているのだ。

 だが、彼は堂々と仁王立ちしていた。


「心意気は買ってやる……来い!」

「ああ……行くよ!」


 剣を握りしめ、リオンくんが立ち向かう。


 私はそんな姿を見守った。

 堪えきれない笑みが浮かぶ。声もまた漏れ出してしまう。


「うふっ」


 思わず頬に手をやった。炎の熱で温められて、冷たい身体に熱がこもる。

 握ってくれた方の手を何度か開いたり、閉じたり。

 あの子は、私が落ち込んだと思って慰めてくれた。


「……頑張れ、リオンくん」


 その声に応えるように、剣が炎の塊とぶつかり合って、火花が散った。

 ひとまず見守ろう。せっかく、彼が頑張っているのだから。


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