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1話 かわいいから助けた


 床には既に滅んだ魔族の残骸が転がっている。

 一応、冥福は祈っておこう。

 死後があるかは知った事ではないけれど。


 彼は震えながら剣を握りしめた。

 壁も床もすっかり瓦礫になっていて、この城で繰り広げられた戦いの凄まじさを思わせる。


 最初に出会った頃より、少しだけ背が伸びた。

 顔つきもどこか大人びて、男の子の成長は早いんだと分かる。

 けど、雰囲気は少しも変わっていない。


 困惑しているのも、手に取る様に分かる。


「どうして……?」

「どうして。ああっ、なるほど、気になるんだね? やっとこいつを倒したのに、私が君の敵になるその理由! 聞きたい?」


 ばっと腕を広げて、ふふんと笑ってあげた。

 分かりやすく、恐ろしげに。


「それはねー……私が、君にとって滅ぼさなきゃいけない最後の敵だから!」


 凄い音がして、城の壁という壁が吹き飛んだ。

 戦う前の演出としては、なかなかだ。 

 彼も笑ってくれている。


「あはは」


 乾いた笑い声だった。

 目がまったく笑っていない。

 手はかたかた震えている。きっと戦いの後遺症ではない筈だ。


「冗談はやめてください。そんな、僕だって怒っちゃいます……」

「分かるよ。そうだよね。信じたくないよね。その武器も、力も、私が鍛えたんだものね?」


 目を瞑れば、思い出がこみ上げる。

 色んなことがあった物だ。戦いもあったし、友情もあった。

 彼は凄く頑張った。


「辛いよね。分かる、分かるよ。けど……これは冗談じゃない」


 冷たい風に言い放つと、彼がぶるりと凍えた。


「私こそは、君達勇者が滅ぼすべき驚異の怪異であり、人類の為に滅ぼさなければならない、邪悪そのものなんだ」


 見るからに、まだ信じたがっていない。

 涙目で私を捉え、今にも倒れそうなくらい青ざめている。

 いつもみたいに「冗談だよー?」って言って欲しそうで、哀願するようで。

 この調子では、覚悟を決めるのに何年かかるやら。


 仕方がない。背を押してあげよう。


「手始めにそうだ、こうしたら信じる?」



 『城が消し飛び、周囲が消し飛んだ』



 近くにあった森も、街も、村も、全てが無に帰った。

 魔族も、人も、あらゆる全てに私という力は容赦なく牙を剥いた。

 音もなく、予兆もなく、彼と私以外の全てが滅び、荒涼とした砂漠だけが残った。


 例外は彼だけだ。


「さて、次はどこにしようかな? どこがいい?」

「や、やめてっ!」

「じゃあ、私と戦おうよ。君なら、ひょっとしたら、いや少しくらいは、まあ、僅かなら、勝てるかもよ?」

「できないよ! 僕……イクスさんが居なきゃ、とっくに壊れてた! 死んでた! なのにどうして、そんな事を言うの!?」

「さぁ? ま、趣味かな?」

「ぼ、ぼくっ。僕は! あなたの事が、大好きなのに!?」


 きゅぅーん。

 思わず胸に手をあてて、偽物の心臓が爆発しそうな気分。


「もちろん! 私も、君のことが、だぁーーーーいっすきっ!」


 流石に抱きしめて頬ずりする状況ではない。

 ……いいや、我慢できない!

 剣を慌てて下げるのも気にせず飛びついて、抱きしめた。


「あぅっ、だ、あぶなっ」

「平気平気! 大体これから君は私を倒すんだから、細かい事は気にしないの!」


 刃が掠めたが気にしない。そんな事より彼の感触だ。

 筋肉質で、力強く、温かい。


「でね、大好きだから、チャンスをあげる。優しくて人助けが大好きな君に、選ばせてあげる!」


 揺れる瞳の少し上、まぶたに口づけをして、ほっぺたを掴む。

 かわいらしい顔が凄く近くて、目元を伝う涙が彼の表情を彩った。


「さあ、選んで? 滅ぼしてくれなきゃ、イタズラするぞ?」


 黙ってぼたぼたと涙をこぼす彼の表情を、思いっきり目に焼き付けた。


 最初に出会った時、こんな事になるとは全く思っていなかった。

 ああ、最初に出会った時、彼は森の中にいて……







 私はイクス・スピネル。

 森の中で一人寂しく暮らす寂しい女である。趣味は散歩。

 ついでに、森の中で自主封印中の怪物だ。


 思い返していないと、自分が何だったのか時々忘れそうになる。




「あー……やっぱ誰か私を滅ぼしてくれないかなぁ」


 今日も一人で靴を履き、白のワンピースを着て歩いてる。


 足下の水たまりで顔を確認すると、真っ白い髪が虹色の光を発しているのがよく見えた。

 穏やかそうな顔が不気味に歪む。


「どこかに面白そうなものは落ちてないかな、ほんと」


 声だけわくわくしながら辺りを見回しても、木、木、木、木、空は木の葉で覆い隠されている。鳥の一羽も住んでいない。

 遙か遠い空の向こうにドラゴン……と、昔貰った「世界の幻獣図鑑」に書いてあった」、がいるのは分かった。

 誰かを探している様だ。

 手を振ってみたけど、無視された。


 相変わらず、森の中には大きめの動物は一つたりともいない。

 ずっと昔に迷い込んできた人から聞いた話では、迷いの森だとか、人食いの森だとか、封印の森だとか、そういう風に呼ばれているらしい。


 この場合、封印されている物とは私の事を指す。


 「お前がいたら人類は恐怖と混沌で支配される」

 そう言われ、説得に応じて森に移り住んで、あれから何年経つものか。

 八百年だったか、千年だったか。


 当時の誰かは、私を「虹の怪異」と呼んでいた。

 瞳と髪が虹に光るから、そう呼ばれていたらしい。


「あっははー。そろそろ出ようかなぁ」


 これくらい時間が経てば、当時の人間はみな死んでいるだろう。

 つまり、今更私が現れても、誰も驚かない筈だ。


 何にせよ、そろそろ新しい事の一つでもやってみたい。

 きっかけが欲しいのだ。きっかけが。


 だから、今日は何か面白い事があるといいな。

 そう思いながら森を歩んだ。










 例えば、小さい男の子が森の中に倒れていたら、人間はどんな風に思うのだろうか?


 私の場合は、かわいい、だった。


 思いがけない落とし物を見つけてしまった期待感もあって、迷うことなく近づき、しゃがみ込んで顔を確認する。

 小さい男の子が、なんだか戦士らしい格好をして倒れていた。


「生きてるー?」


 しゃがんで、つんつんと頬をつついてあげる。

 少し反応したが、起きる様子は無い。


「ぅぅ……」

「とりあえず生きてるみたいね」


 どうやら、生き倒れだ。死にかけだけど。

 見たところ十歳と少し。傷だらけで、剣を落として倒れている。

 髪は黒で、この辺りではちょっと珍しい。

 世界を乱す悪を倒す為に……地球? だったかな? から召喚されたのだろう。


「この感じなら、負けて逃げてきたのかな? どう、キミ、私の推測は正しい? あんまり自信ないんだけど」


 声をかけつつ頬を撫でたり、首筋をさすってみたけれど、返答はない。

 変わらず血が流れており、顔色もどんどん悪くなる。


 さて、どうしたものか。

 放っておけばこの子は死んでしまうだろう。

 しかし、助ける理由も特にない。


 確かに死なせてしまうのはかわいそうだ。

 けれど、ここで土にならなければ、それはそれで木々の栄養にならない。


 どちらにするか、いっそコインでも投げようか。

 考えている間に男の子は小さく目を開けて、こっちを見ていた。


「んっ? あれ、キミ起きたの?」


 なら聞いてみようかと手を伸ばす。

 そうしたら、この子はぎゅう、と私に抱きついてきた。


「はぅっ……」

「お、おっ」

「ご、ごめんね。起こしちゃったね、大丈夫?」


 思いのほか強い力で抱きしめられた。

 強く握られすぎて爪が食い込んだ。血は流れない。


「う、うーん。嫌じゃないけど」


 身体は意外に鍛えてあって筋肉質だった。戦う子なんだと分かる。


「お」

「なあに? どうしたの?」

「お母、さん……」


 小さな呟きを口にして、この子はまた意識を失った。

 私にしがみついたまま、手は全然離れない。


「ふうん。お母さんね」


 ふと気づくと、この子の頭を撫で回していた。

 血がべったりと手に着いたけど、それはどうでもいい。


「ふーん、へえ」


 よほど寂しかったのだろうか。戦いの日々でも送ったに違いない。

 しかし、同情する気持ちなどより、高めの声で発せられた「お母さん」に響く物があった。

「お母さん、お母さんか」


 分かってる。ただ見間違えただけ。

 朦朧とした頭の中で、僅かに起きた意識が認識した幻に過ぎない。


 しかし、母親扱いされるだなんて。

 長く生きていたけれど、親と呼ばれるのは初めてだった。


「ふふーん。そっかあー。私の事、おかあさんと間違えちゃったんだ」


 そっか、そっかあ、と何度か口にして、この子を抱きかかえた。

 お母さんなら仕方ない、と呟くと、より楽しくなってきた。


「私、キミを拾っちゃって良いかな?」

「……」

「良いよね? うん、良いはず」


 答えはない。自分がやりたい選択肢を選んだまでだ。

 

『肩に触れると、男の子の傷は癒えた』


 スキルを使うのも久しぶりだけど、上手く使う事ができた。



 『世界を、己の思うままに変える力』

 私達の中で、最もあくどく強烈なスキルだと言われたのは、思い出深い。


 どんなに変えても私が知らない物にはならないし、私の心に干渉する事もできないけれど。

 それでも万能だ。


「何にしても、使い方忘れて無くて良かった良かった」


 お姫様抱っこしてあげると、やはり見た目より重さを感じる。

 もちろん、足取りには全く影響は無い。


 『すぐに自宅へ戻ってきた』


 一部屋にお風呂だけがある小さな小屋。それが私の部屋の全てだ。

 背負っていた男の子をベッドに寝かせると、一人の時より空気が薄れるような気がした。


 やっぱり今日は良い日だ。思いがけず良い落とし物を見つけてしまったのだから。


「じゃあ、汚れたお洋服、脱がせてあげるねえ」


 上着に手をかけ、ボタンを外して胸まで脱がせる。

 治療された傷跡が残っていて、胸や腰には包帯が巻かれている。べったりと血で濡れていた。

 ただ、肌は綺麗だった。傷があっても、とっても綺麗。


「……」


 手が止まる。


「っていうか、わざわざ脱がす必要なんてないや」


 思い直して指を鳴らす。


 『と、男の子の服と、部屋にある自分の服が入れ替わる』


 やや大きすぎて、上着がスカートみたいにひらひらしていた。

 胸元もぶかぶかだ。


 この格好も似合うな、と思った。


「すぅ……」

「うん、かわいい」


 服を作り替えるのはやめておいた。

 そのまま、私も一緒のベッドに入り込む。

 幸いベッドは小さめで、密着すれば二人で眠る事ができた。


 健康な体温が布団を温めている。

 生きるために、この肉体が必死になっているのがよく分かる。


「ちょっとごめんね」


 捕まえてみたら、小柄なこの子はすっぽりと腕の中へ収まってしまった。

 私にまで強く熱が伝わって、のぼせ上がった気分。

 

「ね、助けてあげるよ、かわいい子」


 耳元で囁いたのに、男の子はまだ起きなかった。



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