守る術
ブライトside
アレン様とお嬢様が書斎を退出なされたあと、俺とクレアは旦那様と奥様に呼び出された。
俺を含め4人しかいない空間に微妙な空気が流れる。
クレアに至っては旦那様と奥様の気迫に押されて今にも泣き出しそうだ。
「急に呼び出して済まないね。今回の茶会での事なんだが、
今回のことを受けて君たちに任せたいことがある。」
「私たちに、、、ですか?」
「私たちに任せたいこととはなんでしょうか。旦那様」
「それはね。エミリアちゃんを守ることよ」
旦那様が口を開こうとすると奥様が割って入ってきた。
唐突に奥様から発せられた言葉に俺もクレアも暫くは内容を呑み込めずに唖然としていた。
「お嬢様を、、、守る?私達がですか?」
俺の隣にいたクレアがゆっくりと奥様の言葉を確かめるように喋ると旦那様が何やら綺麗なふたつの箱を抱えてゆっくりとこちらにやってきた。
「旦那様、この箱はなんでしょうか?何やら華美な宝飾が施されているようですが。」
「開けてご覧」
俺が箱について聞くと旦那様は微笑し、俺たちに開けるように促した。
「うわぁ、、、これは、、鞭でしょうか?綺麗、、。」
俺より先に箱を開けたクレアがはこの中に入っていた銀の鞭を取り出し感嘆の声を上げた。
クレアが取り出した鞭には箱には負けずとも劣らない立派な宝飾が施されていた。見る限りでは銀糸で編み込まれているようで、一目で高級なものだとわかる。
「ブライトも開けてご覧なさい」
「、、はい。」
箱を開けると中には穴が5つ空いた不思議な形状の物があった。
「鉄で出来ているようですが、、、ナックルダスターでしょうか?」
「さすがブライト。よく知っていたね。
そう。これはナックルダスター、、ブラスナックルとも言われるね。」
クレアが持っている鞭ほど華美な装飾はないが、鉄の割に軽く、所々に極小の小型ナイフが仕込まれている。機能性に優れた代物のようだ。
それにクレアの鞭にも俺のナックルダスターにもヴァレンシュタイン公爵家の紋章が刻まれている。
「来年エミリアは12歳になる。12歳になった貴族や貴族の上級使用人は全員王立パレスティア学園に通う決まりだ。
そしてそこでは寮生活だ。僕やマリア、それにこの家の優秀な使用人も学園内に無断で入ることは許されない。つまり、いつでも家のものをやって助けに行ってやることは出来ない。」
「つまり、、私たちは今頂いた武器を駆使し、アレン様とお嬢様をお守りしろ、、ということでしょうか?」
俺がそう聞くと奥様がにこりと微笑みながらやってきた。
「アレンは1人にしておいて大丈夫よ。使用人に守られなければならないほどヤワに育てた覚えは無いもの。
貴方達2人にはエミリアちゃんの護衛に徹して欲しいの。それも学園内における護衛よ。アレンはとても目立ってしまうから常にエミリアちゃんと行動を共にできるわけじゃないの。
その時に貴方達にエミリアちゃんを護ってもらいたいの。」
「で、でも、、ブライトはともかく、、私は鞭なんか扱ったことありません。私なんかがお嬢様を護れるとはとても思えません、、、。」
奥様の説明を聞いたあと、クレアが泣きそうな声でそういった。俺だってナックルダスターを使いこなせるような武術を習得した試しはない。つまりは2人ともその武器に関しては全くの初心者だ。そんな俺たちふたりがお嬢様の護衛が務まるとは俺も思えなかった。
俺とクレアの意図を察した旦那様はドアの方を見つめ手を3回叩いた。その合図は、、、
「お呼びでしょうか旦那様」
「旦那様、奥様、ご機嫌麗しゅうございます」
旦那様が手を叩いて5秒ほどするとドアがノックされ執事長のノア様とメイド長のシルビア様が入ってきた。
旦那様の手を3回叩く仕草は執事長様とメイド長様を呼びつける合図だ。
「急に呼び出して済まないね。実は2人に頼みたいことがあるんだ。」
「「なんなりとお申し付けください」」
「ブライトとクレアにエミリアを守る術、、、格闘術を教えて欲しいんだ。ブライトはナックルダスター、クレアは鞭を使用する。」
「「承知致しました」」
「では私がブライトにナックルダスターの使い方を、シルビアがクレアに鞭の心得を教えることと致します。」
さすが全使用人のトップ。やること全てに無駄が無いし、仕草一つ一つに品がある。
「あぁ、頼むよ。この2人にエミリアの学園生活が掛かっているんだ。」
「えぇ?!シルビア様が直々に私に教えてくださるのですか?!」
「クレア、旦那様と奥様の前ですよ。発言を控えなさい。」
「あ、、はい、、。」
「ふふっ。まあシルビア良いじゃない。クレアはずっと貴方に憧れているのですから」
「ですが奥様、、、、。分かりました。クレアには鞭の他にも使用人のいろはを1から10まで叩き直すことにします。」
シルビア様がそう言うと奥様はクスクスと笑って扇子を広げた。クレアも怒られていたというのになんだか嬉しそうだった。
「私達も厳しく行くつもりなのでよろしく頼みますよ。ブライト。」
「はい。御教授よろしくお願いします。執事長様」
「ならそういうことでよろしく頼むよ。期限は半年後のエミリアが学園に入学するまでだ。話はこれで終わり、各自持ち場に戻りなさい。」
「「「「はい。失礼失礼致しました旦那様、奥様」」」」
バタン
俺たちは旦那様たちがいらっしゃる書斎を一斉にでると、思い思いのことを口にしだした。
「まさかもうこんな時期が来るなんて、、時が過ぎるのは意外と早いものなのね、、ノア」
「そうですねシルビアさん。あれからもう10年以上過ぎましたからね。」
「あの、、ノア様とシルビア様は10年前に何かあったのですか?」
俺がおふたりにそう聞くと先程の厳粛な雰囲気からは想像もできないような笑顔で微笑み合うと、シルビア様がクレアが持っていたムチを手に取った。
「私達も10年ほど前今の旦那様の妹様の護衛をしていたのよ。その時は私は鞭、ノアは短剣を使っていたわ」
「そうなのですか?!」
「あぁ。そうですよ。ヴァレンシュタイン公爵家の前当主、、つまり今の旦那様のお父様から仰せつかっていたんです。」
クレアは驚きと喜びが入り交じったような顔で頬を赤らめキラキラとした目でおふたりを眺めていた。
「とにかく早速明日から指導に入りますよ。一切手加減をしないのでそのつもりでよろしくお願いしますね。」
シルビアは空気を切り替えるようにそう言うとにこりと微笑んだ。
「「はい!」」
俺とクレアは必ずお嬢様を守れる術を手に入れる。俺とクレアはその時そう誓った。