閑話
シリーズ第12作目です
アレンside
「あああぁ」
俺がエミリアがいるであろう部屋へ向かう途中、中庭の方から急に悲痛な悲鳴のような叫び声が聞こえた。
聞こえてきたその声は俺にとって日常生活で聞き慣れた声だった。
「っ!まさかっ!」
急いでエミリアがいるはずの応接室に向かうとそこには使用人以外誰もいなかった
「おい!エミリア・ラ・ヴァレンシュタインを見なかったか?」
「エミリア様はアリス様と共に中庭へと向かわれました、、。」
部屋にいる使用人にエミリアの所在を聞いてみるとアリス嬢と共に中庭へ行ったという。
(たしかあそこはこの会場内でも上級貴族かその友人しか入ることを許されない場所のはず、、、)
全く面倒なことになった。先程のエミリアの声からしてエミリアは何者かに危害を加えられているのだろう。
それにアリス嬢がエミリアを連れ出したということはほぼ間違いなくアリス嬢がなにか関わっているはずだ。オマケに上流貴族家の令嬢の殆どがアリス嬢と友好関係にあり、エミリアの味方はあの場にはいないだろう。
「まずいな、、、」
エミリアの安否を気にしながら渡り廊下を走るとついに中庭に出た。中庭には何人かの公爵、侯爵、伯爵家の子息や令嬢がいて、みんながある一点を見つめていた。
「っ!」
みんなが向いている方を見ると噴水に尻もちを着いたエミリアが複数の令嬢に囲まれていた。不思議なことにエミリアを呼び出したはずのアリス嬢はその場にはいなかった。
エミリアを囲んでいたうちの黒いドレスを着ている令嬢がエミリアの顔めがけて熱湯をかけていた。
(エミリアっ!)
なるべく早歩きで平静を装いながら近づいた。
黒いドレスを着た令嬢はポットの中の熱湯を全てエミリアにかけおえると、あろう事かもう一度とポットに手をかけていた。
「っ!」
これ以上エミリアに火傷をおわせる訳には行かない。
俺は全速力でエミリア達がいる中央の噴水へと走った。
走りながら近づいていくとエミリアが令嬢達に怯えているのがわかった。
何故か胸が苦しくなった。
黒いドレスを着た令嬢がエミリアにもう一度熱湯を浴びせようとした瞬間、俺はエミリアを庇うように令嬢達の前に立ちはだかった。
「っ!」
エミリアを庇うような体制をとったのでエミリアにかけられた熱湯はもろに俺の肩へとあたった。
(、、、熱い所の話じゃないな、、、。エミリアはこれを何度も浴びせられたのか、、、)
後ろを振り向くと今にも泣きそうになったエミリアの顔が俺を真っ直ぐと見つめていた。噴水に漬かっていたいたせいか顔は青白く、熱湯を浴びたであろう右腕は火傷の跡が目立っていた
エミリアに熱湯かけ、見下している4人の令嬢の顔は元の可憐な令嬢からは想像がつかないような醜い顔をしていた。
(この黒いドレスの令嬢、、、ピュルテ侯爵家のエルザ嬢か)
ピュルテ侯爵家は侯爵家の中でも特に財を持っている家だ。
下手をすればそこら辺の公爵家よりも影響力が強いのかもしれない。だが相手が悪い。ヴァレンシュタイン公爵家の息女であるエミリアに危害を加えることはいくら筆頭侯爵家の令嬢だとしても許されることではない。
(このことが貴族社会に知れ渡れば、エルザ嬢達は良くて成人するまで自宅軟禁。悪くて修道院行きだな。)
「ひっ!」
俺がエルザ嬢達を見据えるとエルザ嬢達は妙な悲鳴を上げて顔を強ばらせた。
「エルザ・ピュルテ、ミラ・ケトラ、エリーゼ・フォンタンス
シェリア・カータリオス
お前たち4人は我らヴァレンシュタイン公爵家の長女
エミリア・ラ・ヴァレンシュタインを噴水に突き落とすだけでは飽き足らず、あろう事か熱湯をかけるという愚行をした。
その行いはヴァレンシュタイン公爵家を侮辱するものだ。」
「な、何を、、」
いくら俺がヴァレンシュタイン公爵家の跡取りだとしても本当は成人すらしていない子供がほかの家の令嬢を勝手に断罪するなど、ありえない事だしあまり許された行いでもない。
しかし、こいつらはエミリアを傷つけた。それも俺がいないところを狙ったかのように。
なにか黒い感情のようなものが俺の心の中を渦巻いている。
この気持ちは何なのだろう。今までこんな気持ちになったことは無かった。
「ヴァレンシュタイン公爵家はお前たちの一族を貴族として不適切な教育を娘に施したとして爵位を繰り下げるように王に進言する。」
「なっ、、、、!そんなこと、たとえ公爵家でもできるはずがございませんわ!我らピュルテ侯爵家は侯爵の中でも最も力が強く、財政力は下っ端の公爵家と同等、、いえ、それ以上ですのよ!」
(こいつら、、阿呆だな)
ヴァレンシュタインの家の者に喧嘩を売るなんて愚行は、どんなにアホな貴族でも恐れて絶対にしない事だ。
きっとエルザ嬢はヴァレンシュタイン公爵家の影響力の大きさを知らないのだろう。
「やはり、、、これだから政に興味を示さない令嬢は困る、、
阿呆ばかりで頭が痛くなりそうだ、、」
「何をおっしゃりたいの!?」
俺がわざとらしいジェスチャーと共にそう言うとエルザ嬢は
醜くなった顔をさらに歪ませて俺に刃向かった。
チラリとエミリアの方を見ると火傷をおった右腕を抑えながら不安そうに俺を見ていた。
(これは、、、)
義妹ながらエミリアは天然の男たらしのようだ。
あんな上目遣いをされて惚れない男はまず居ないだろう。
正直、俺もエミリアが義妹じゃなかったら少し、、少しだけ惚れかけていたかもしれない。
どうしてこう同じ令嬢なのにエルザ嬢達とエミリアではこうも違うのだろうか。エミリアの顔を見ると自然と自分の顔がほころんでいく。
「え、、、アル兄様、何か?」
「エミリア。何故我々ヴァレンシュタイン公爵家が公爵家の中でも名門公爵家と言われているのか、分かるか?」
「そ、それは我が公爵家が国で1番大規模な騎士団を所有しているからです」
なるほど。どうやらエミリアは多少なりとも政についての知識があるらしい
本当に出来た義妹だ。
「正解だ」
俺がエミリアに微笑むとエミリアは少し顔を赤らめた。
顔を赤らめたエミリアは見るに堪えないほど可愛らしいものだった。
(可愛いもんだな)
エミリアのことを見据えたあとエルザ嬢の方に向き直るとエルザ嬢は微かに唇を震わせていた。
エミリアの言葉を聞いて俺が何を言いたいのかを理解したのだろう。
「エルザ嬢、、これでもう分かるだろう?国にとって我々ヴァレンシュタイン公爵家を敵に回すことはとてつもない痛手なんだ。なんせ国の軍事力の3分の1以上を我が公爵家が担っているからね。だから、、ある程度の我々の"お願い"は王はなんでも聞いてくれるんだ、、、」
俺がそう言ってわざと不敵に笑ってみせるとエルザ嬢達は面白いほど顔を青白くさせた。
「あ、アレン様、、、どうかお許しを、、、」
俺達に叶わないとわかったのかエルザ嬢らは俺にすがりつくようにして涙ぐんだ。
(これだから貴族の女は、、見ているだけでも吐き気がしてくる。)
貴族の女はなんでも自分に都合が良くなるようにと物事を運びたがる。その考え方が俺はとてつもなく嫌いだった。
、、、俺に寄り付いてくる令嬢は皆そうだったから。
エルザ嬢達は悪かったから王には言わないでくれと俺に懇願し続けている。俺を見上げるエルザ嬢たちの顔は涙や化粧でぐしゃぐしゃになっていた。
本当に吐き気がしそうだった。エルザ嬢達を見ているとまた俺の中の黒い感情が心の奥から吹き出してきそうだった。
「アル兄様、もういいです。元々は私が公爵家の令嬢として
力不足だったのが原因なんですから」
俺がエルザ嬢を払い除けようとするとエミリアのすこし弱々しい声が隣の方から聞こえた。
「エミリア、、、いいのか?やろうと思えばこの令嬢達の爵位を奪うことも可能なんだぞ?」
「アル兄様、これは私の問題です。助けてくださったのはありがたいですが、そこまでして欲しいとは思っておりません。」
俺がエミリアに問いただすように聞くとエミリアは小さな声で答えて自傷気味に微笑んだ。
なぜなのだろうか。
ヴァレンシュタインの名があれば大抵の事は許されるのに、
エミリアはそれを要らないと答えた。
周りの令嬢はヴァレンシュタインの名だけを求めて俺によってくるというのに。
正直エミリアが考えていることが俺にはわからなかった。
しかし、実被害を受けたエミリアがもういいと言うのだ。
エミリアがいいと言うのに俺がエルザ嬢達にどうこう出来るわけがなかった。
「、、、、、、、わかった。ご令嬢方、先程の愚行はエミリアに免じて不問とする。しかし、、、次またなにか妹にした時は、、、分かってるな?」
俺がそう言ってあえて殺気を含んだ目でエルザ嬢達を睨むと
エルザ嬢達はなんとも情けない表情であっという間に逃げていった。
(家柄しか取り柄がない奴らめ、、、)
エルザ嬢が逃げていった方向を俺が睨んでいるとエミリアが
クイッと俺の服の裾を引っ張ってきた。
俺がエミリアの方を向くとエミリアは何故か申し訳なさそうに瞬きしながらモジモジとしていた。
「あ、アル兄様、助けてくださりありがとうございました、、。」
(あぁ、エミリアは自分が俺に迷惑をかけたと思っているのか)
正直言って今回の件はエミリアを1人にさせた俺に責任がある。
エミリアは何も悪くない。
「いや、さっきのはエミリアを1人にさせた俺の失態だ。エミリア、すまない。守ることが出来なくて、、、」
俺がいたのにも関わらずエミリアは右腕に大きな火傷の跡を負ってしまった。この跡は恐らくエミリアが成人するまで完全には治らないだろう。
それに火傷を負ってしまっているその細い右腕は目を逸らしたくなるほど痛々しくなっていた。
「エミリア、、その火傷、、、大丈夫か?」
俺がエミリアに対して大丈夫かと声を掛ければエミリアは
大丈夫だといい俺にニコリと笑ってみせた。
(、、、痛いだろうに。無理をさせているのか、、、)
エミリアの顔を見ると表情では微笑んでいるが少し顔色が悪く、右腕を支えている左手はかすかに震えていた。
このままではエミリアにさらに負担をかけてしまうと思った俺は今日はもう帰ることにした
「エミリア、今日はもう帰ろう。
怪我が悪化してしまったら後々困る。」
「分かりました、、、。キース様にお別れのご挨拶が出来なくて残念ですが、、」
(っ!!)
エミリアがキースの名前を出した瞬間キースの怪しげな微笑みが脳裏をよぎった。
兄として、エミリアとあいつを近ずけてはいけない。
俺の中の本能がそう俺に警告していた。
「エミリア、、、王太子殿下には、、、キースには気を許すな。」
「へ?」
俺がエミリアの肩を掴み必死に訴えるとエミリアは俺の急な態度の変わりようにあからさまに動揺していた。
(なんて説明すればいいんだ、、キースがお前を妃に迎えたがってるなんて今伝えるべき内容じゃないしな、、、)
キースのことをエミリアになんて伝えるべきかと
俺が黙りこくるとエミリアの向こう側にひとつの人影が見えた。
(、、、っ!)
俺はエミリアの向こうに見えた人影を認識した瞬間急いでエミリアを公爵家の馬車へと向かわせた。
「ちょ!アル兄様!急になんなんですか!」
「いいから!ほらもう我が家の馬車が正門の前で待機しているからさっさと行くぞ!」
「アレン様にエミリア様?ご帰宅のお時間まで後1時間ほどありますが、、、、」
馬車まで行くと我が家の専属御者とエミリアの専属執事のブライトが待機していた。
予定よりも1時間以上早くきた俺達が想定外だったのかブライトは分かりやすく驚いていたが、エミリアの右腕を見て何があったのか悟ったのか急いでエミリアが馬車に乗る準備を済ませ、
速やかに馬車を発射させる段取りを済ませてくれた。
「アレン様、どうぞお乗り下さい。」
「あ、あぁ、、」
ブライトに促されるようにして俺は馬車へと乗りエミリアの反対側の席に座った。
俺が席に座るとまもなく馬車は発車しだした。
窓の外を見ると不敵に微笑みながら俺達に手を振るキースの姿が写っていた。
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