九十七
劉 梓朗は、純粋な炭酸水にレモン汁を絞っていれた飲み物を注いだグラスをトレイに載せ、ソファーで待たせてある小柄な男子の前のテーブルに置いた。
男子は、1ミリの躊躇も見せず、提供された飲み物に口を着け、その半分程度の容量を一気に飲んだ。
「キミとボクは、実によく似たモノ同士だと思わないか」
と、劉が尋ねると、男子は炭酸水の余韻が消え去るまで、首を縦に振って答えた。
「キミのことは」
と、劉がうれしそうに笑みを見せながら、
「まさしクンと呼んでいいかな?」
と、提案すると、男子からは、
「皆からは、オカショーとか、ショーちゃんとか、呼ばれています」
と、返答があった
「ショーちゃん?」
劉が、その意味合いが理解できずに首をかしげていると、オカショーにも笑顔が浮かび上がった。
「話の続きを」と、劉をうながした。
劉は、両目を大きく開いて、オカショーを見た。
「ごめん……ボクは、何の話をしていたんだっけ?」
「似たモノ同士だって……」
ああ、と、劉はピシャリと両手を叩いた。
「ボクは32歳になったんで、キミとは年の差があるけど、置かれている立場が、よく似ていると思うんだよ」
「あなたは、エイシード社の最高経営責任者ですよ。
ボクは、経営経験もまだまだの未成年です。
とても同じとは……」
「同じだよ」と、劉は譲らなかった。
「私には、あくまでもナンバー2の権限しか与えられていない。
巨大企業の経営体制と言っても、その体質は、零細企業と何ら変わりはしないんだ。
何を始めるにも、宋閣下の許可が必要だ。
そして、閣下の命令ならば、絶対服従だ。
例え、それが、ヒトの道をはずれていようとね」
オカショーは、劉の話を聞き、うーんとうなずいた。
「ボクの会長は、ヒトの道から外れた指示はしてこないですよ」
「まあ……そうだろうね」
劉は、バツが悪そうに、頭の後ろをかいた。
「なんというか……その……ごめん……ボクの愚痴なんか、どうでも良い話だよね」
「悪いコトを悪い、と言えるヒトは、いないのですか?
それとも、言わないようにしているのですか?」
劉は、キョトンとした顔でオカショーを見つめ、しばらくしてから、こう答えた。
「言わないようにしてる……だね。
うん。
皆が言わないだけだ」
「反論したらクビにされるから?」
その問いに対しても、少し考えてから、
「いや……閣下に反論したぐらいで、クビにはならないよ。
閣下は、少し臆病なところがあるけど、社員には優しいヒトだ」
「宋会長を信じているのですね?」
劉は、今度は、ウッと声をつまらせる。
「キミの問いかけは、ドキドキして、緊張感があるね」
頭の後ろをかきながら、笑顔を見せる。
「宋閣下を信じられるか……うーん……信じたいけど、信じきれない……それが本音かな」
二人は、声を上げて笑った。
「特に、今回のような指示が出てくると、信頼がますます遠のいて行ってしまうね」
「……今回のような指示というのは?」
「キミの誘拐さ」
オカショーは、口をつぐみ、静かに息をのんだ。
「キミに関わることとなると、キミのフィアンセが冷静でいられなくなるという状況をねらってのものだ」
「……」
オカショーは、何か言いたげに口を開けたが、思い留まったように、一文字に閉じた。
「試合前に不安要素を与える。
ただ、それだけが目的だよ。
脅迫したり、身代金を要求したりはしない。
試合が終われば、キミは解放される。
キミを捕まえるために、時間をかけて、綿密に作戦を立てて、手間もかかってるけど、本当に、ただ、それだけの話だ」
「……」
オカショーは、なおも沈黙を維持する。
「もちろん、誘拐や拉致監禁などすれば、キミを無傷で解放したとしても、罪は残る。
そんな判断をしなくてはならないほど、閣下は思いつめていたんだ」
「宋会長が思いつめている理由は、やはり……その……『予言』が元になっているのですか?」
劉は、そこで少しの時間思考し、こう答えた。
「閣下は、LARGE4クラスの予測システムを使用しても、『予言』の流れは変えられないことを知ったんだ。
そこで、『檸檬の天使』を、どう読み替えるかについて考えるようになった」
「読み替え?」
オカショーは、驚きを交えた声を上げた。
「『予言』に登場する4人は、名前だけで、人物を明確に特定していたわけじゃない。
羽蕗 梨菜と呼ばれている人物であれば良いということならば、C国に羽蕗 梨菜という存在があれば良いということになる。
そして、WGBGに勝利するという、もう一つの要求事項を達成し、最強の『権限者』であることを世界に示せば、『予言』の対象をC国側に導くことができる。
これが、宋閣下のねらいだ。
キミは、その実現のために利用された、というわけだよ」
「つまり……」と、オカショーが劉につなげるように、話し始めた。
「姫檜扇水仙のメンバーが、『レモンティーン』と呼ばれる存在となり代わろうとしている、というわけですね」
劉は、首を縦にふるが、その直後に大きなため息をもらした。
「そのとおりなんだが……その実現のために、これまでに払ってきた代償が大きすぎるように感じる。
レモンティーンが、世界にどれだけの影響を与えうるのか、まるでわからないし、状況的に、C国だけが孤立する傾向にある。
宋閣下の強気の政策が、世界情勢とかみ合っていない状況が、多くのリスクを生み出していると思われる。
次世代エネルギーとして注目されているMEは、『権限者』の育成さえ怠らなければ、埋蔵量に左右されない、世界レベルで公平かつ、均等な割り当てが期待できるものだ。
だからこそ、今の時代に必要なのは、お互いを尊重しあい、協力しあうことで、相乗効果を得るための関係を築くことだと思ってる。
ひたすら独占にこだわりを見せる閣下とは、明らかに意見が合わないんだよ。
将来的には、ボクに任されるときが来るのかもしれないが、今、このタイミングでした判断が、未来に大きなしこりを生んでしまうことを、ボクは恐れている」
「なるほど」と、オカショーはうなずいた。
「つまり、将来の関係当事者は、劉さんとボクだということですね。
今は、まだ力を持たない同士だけど、ここでの出会いは、将来につなげられる可能性がある」
劉は、満面に笑みを浮かべた。
「WGBGの勝利目的のために、キミを誘拐するという行為は、決して許されることはできないが、こうしてキミと出会い、話をする機会が得られたことについては、宋閣下に感謝してるよ」
「そのWGBGの勝利についてですが」
と、オカショーが言った。
「羽蕗さんを弱化させるために、ボクを誘拐した……そういう趣旨ですよね?」
劉は、またもや両目を大きく開いて、オカショーを見つめた。
「キミは、いったい何を?」
「羽蕗さんの、そういう情報を、どうやって集めたのでしょうか……
先ほどから、どうも、そこが引っかかるんです。
その……違和感というか……」
「違和感……」
劉も、その言葉をなぞり、少しだけ思案にふけった。
「具体的に、何に対する違和感かな?」
「羽蕗さんに関すること……性質というか……」
「失礼するよ」
いきなり入室してきた人物が、二人のコミュニケーション行為を一気に遮断した。
「宋閣下……」
劉はつぶやき、次に固唾をのみこんだ音に、小さな声が、さらにかき消された。
宋 鵬は、オカショーに視線を向け、親しげに微笑んだ。
「とんだ騒動に、キミを巻きこんでしまったことは申し訳ないと思っている。
試合が終わるまでだよ。
そうしたら、当社が責任を持って、キミを帰してあげる。
少しの間だけど、できるだけキミが快適に過ごせるよう配慮するよ」
オカショーは、言葉を失い、ただ宋の陽気な笑顔を見つめるばかりだった。




