九十六
《決勝リーグ・第3回戦・第1ピリオド》
強天使(ウルムスリーグ優勝チーム)
→オイゲン(男29歳)
→ハーモニー真樹(女24歳)
→ミキミキ(女16歳)
→ジャッキー・ロワイヤル(女36歳)
姫檜扇水仙(テルミナリアリーグ優勝チーム)
→ルチル(女18歳)
→ジェダイト(女18歳)
→クリソ(女18歳)
→ラズライト(女18歳)
選手控室に設置された大型ディスプレイに映し出されたクロコスミアチームの面々をみて、一同は驚きを見せていたが、それは致し方のない状況であった。
大きく輝く黒い瞳、ショートボブに統一されたキラメキの入った黒髪、直線的な鼻のライン、引き締まった顎、どことなく梨菜を彷彿させる美女の顔が4つ並んでいた。
四つ子と思わせるほど、4人の顔には、違いが見えなかった。
もしや、と思って、汐見 レナは、第2ピリオドに出場予定の面々も調べてみた。
その結論は、先の『四つ子』の表現を『八つ子』と置き換えなければなるまい、ということになった。
「レナすわん」と、ミキミキがレナに話しかけた。
「梨菜社長に、姉妹はいないのでし。おわり」
レナは、少しだけショックを受けていた。
「きゃはあ。でも、このヒトたちの顔……」
ミキミキは、じっと4人の顔を見つめた。
「何となく……段ちゃんにも似てるでし」
「社長はん」
陽気な段 深緑が、隅のソファーに腰かけている梨菜に話しかけた。
梨菜は、先ほどからずっと無口で、ずっと考え事をしているような様子で、他のメンバーが、段より先に話しかけているのだが、何の反応も示していなかった。
「カレシのことが心配なんやな。
でも、試合が始まってるんや。
社長はんのいつもの気合を見せてもらわんと、メンバーの士気に影響するで
それこそ、敵の思うツボやんか」
段の声かけにも、やはり梨菜は反応を示さなかった。
段は、フウと息を吐き、肩をすくめた。
「段さんが話しかけても、ダメみたいですね」
レナも言って、ため息をもらした。
「カレシのことが心配なんや、しゃあないわ。
でも、ウチも社長はんのカレシを見てみたかったな。
そしたら、社長はんの目の前で、ギュッと抱きついて、ブチュとするところ見せたったに」
段は言って、ニヤニヤ笑った。
レナは、両目を丸くした。
「段さん……その……今まで……男のヒトにギュッと抱きついたり、ブチュとしたことがあるんですか?」
「ない」
レナの素朴な質問に対して、段は勢いよく即答した。
「男には、触ったこともないで」
「じゃあ……段さんの『初めて』を、そんなふうで済ませちゃって良いんですか?」
「その『初めて』ちう感覚が、ウチにはようわからんが、レナは経験豊富そうやな」
段にそう返されて、レナは一瞬キョトンとしたが、すぐにムッとした顔になった。
「私のことは……今は関係ありません……私は、段さんが、ギュッとか、ブチュとか、軽率に言うから、気になっただけです」
「そういうのも、ぜひレナに教えてほしいわ。経験豊富なレナ先生に」
「段さん……ヒドい……」
レナは、顔を真っ赤にし、頬を思い切りふくらませた。
「私より、パーシャさんに教えてもらえば良いんです。段さんは、パーシャさんのお気に入りですから」
「パーシャ・ミシュレ……」
今度は、段の方がキョトンとした。
「……アレは……あかん……アレに関わると、ウチは破滅するような気がする……」
「やさしいヒトですよ。兄妹のヒトたちとも、すぐに仲良しになりました」
「アレは……あかん……アレと目が合ったら……ウチの方が、ギュッとされて、ブチュとされてまう……」
「第1ピリオド出場選手の集合指示が出たわよ」
軽蔑気味の目つきをしたアド・ブルが言った。
対象の四人は、一斉に『接続室』へ向かった。
段とレナは、神妙になりながら、そばの椅子に並んで着席した。
アドは、それを静かに見届けた後、梨菜に近づいた。
「……パンナちゃん……」
アドの呼びかける声が、まるで解錠の合言葉であったかのように、梨菜は、ピクリと反応を示した。
「アドさん……」
梨菜は、憂いに満ちた黒い瞳をアドの方に向けた。
薄い膜で涙がせき止められ、今にも破れて、滝のように流れ落ちそうな輝きを見せていた。
アドは、何も言わずに、ゆっくりとした動作で、梨菜を抱きしめた。
ソファーに座った梨菜と、アドの身長は、頃合いの高さであった。
「私……まさしさんが心配で……どうにかなりそうです……」
「わかるわ……」
梨菜の細い声に、アドは優しく答えた。
「泣いたって……どうにかなることじゃない……でも……こらえてるのがつらくて……」
「まさしさんは、大事なヒトなんだから……パンナちゃんがそうなるのは当然よ……」
「……でも……私……泣くのは違うと思ってるんです……」
「パンナちゃんが思っているとおりで良いのよ」
「……泣くのは違う……泣くのは違う……」
梨菜は、呪文のように、そう繰り返していた。
アドは、梨菜の髪の後ろ側を何度もなでた。
梨菜の体は、小刻みに震えていた。
やがて、黒い瞳から、涙の小粒が流れ落ちた。
そして、また一粒。
「パンナちゃんが泣かないのなら、私も泣かない……」
アドの口調には抑揚は無いが、熱を帯びていた。
「でも、パンナちゃんが泣くなら……私も泣くわ……」
その瞬間、パンナの涙がピタリと止まったように見えたが、抑えきれずにこぼれ落ちる涙を防ぐことはできなかった。
アドの瞳からも、パンナと同期したように、涙が流れた。
葉島 香子は、二人から少し離れたところから、その光景をずっと眺め、そして驚きの表情を浮かべていた。
無敵の意志と鉄壁の精神構造を備えていると思っていた梨菜が泣きくずれている。
恋人に対する心配が生み出す精神的打撃が、どの程度のものなのか、段と同様、香子にも理解できていなかった。
ただ、香子は、今の梨菜の状況を、段以上に、純粋な興味本位で観察していた。
今の梨菜の状況を見て、他の誰よりも、冷静でいられた。
それは、知らないことが生み出す冷静さではなく、香子の持つ性質に起因したものであった。
まるで子供のような屈託の無さが、彼女から抑揚を奪っていた。




