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レモンティーン  作者: 守山みかん


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九十五

梨菜は、一番少ない手続きで通話できる相手を呼び出し、スマホを右耳に当てた。

コール回数は2回で、相手が出た。

瞬間、梨菜は、左隣りにいる人物に視線を向け、すぐに正面を向いた。

隣には、不安げな表情の美園(みその) 仄香(ほのか)が座っていた。

もちろん、この仄香は、西藤(にしとう) 静香(しずか)、または、有利香(ゆりか)の意志が宿っている方である。

「……まさしさん?」

梨菜は、おそるおそる通話先の人物に問いかけた。

羽蕗(はぶき)さん、どうしたの?》

おっとりとした口調、梨菜が最もよく感じている雰囲気が、通話先から返ってきた。

「まさしさん……無事なの?」

梨菜は、未だ不安感を持ったまま、そう尋ねた。

《無事って……ボクに、何かあったことになってるんですか?》

将は、愉快そうに言った。

笑いをこらえている様子が窺えた。

「私たちの敵……と言えば、わかりますよね。

まさしさんに何か起きていないか、の確認なんです。

美園会長が不安そうにされているので、その指示で電話したんだけど……大丈夫そう?」

《んー……ボクが警戒しなきゃいけない状況は、今に始まったことじゃないですよね。

ちゃんと、警備員(ボディーガード)を連れていますよ。

ボクの隣りに座っています》

梨菜は、仄香と視線を合わせ、少しだけ間を置いてから、将との通話を継続した。

「……大丈夫そうですね?」

《心配ないですよ。でも、電話してくれてありがとう……あれ?》

スピーカーの向こうから、ガサゴソと騒動が起きているような音が聞こえてきた。

梨菜は、神妙な顔をして、スマホを耳に当てていた。

ヒトの名を呼ぶ声。

悲鳴にも聞こえる。

そして、3発の銃声。

一際大きな悲鳴の後、通話は切れた。

梨菜は、神妙な顔をくずさず、スマホを耳から離した。

「マサシさんに、何かあったのですか?」

仄香にも、神妙な顔つきが乗り移っていた。

梨菜は、小さめの深呼吸をした後に、こう答えた。

「わかったことが、3つあります」

梨菜の話に、仄香は、身動き一つせず、じっと耳を傾けていた。

「今現在、フライト中であるまさしさんのスマホは、『機内モード』にされているはずです。

でも、まさしさんは、私からの着信に応答しました。

つまり、安定区間を飛行中なので、『機内モード』は解除できるわけで、そのとおりの行動なのでしょうけど、私の知っているまさしさんは、フライト中に『機内モード』を解除するタイプではありません。

着陸時には、また『機内モード』にしなくてはいけませんから。

まさしさんは、スマホの対応が(うと)く、常にスマホを気にするようなヒトじゃないんです。

私からの着信を、すぐのタイミングで取ってくれたことなんて、本当に珍しいくらいです。

たいていは、何時間か過ぎてから、着信に気づかなかったとか言って、コールバックしてくるんですから。

『機内モード』の一時解除、着信の即対応、いずれも、まさしさんの普段の習慣的行動とは異なっています」

梨菜が、そこまで話し終えたところで、仄香は少しだけ頭を縦に動かした。

「2つめは、『機内モード』を解除した理由が、私からの着信を受け取るためとして、そのタイミングが彼らには……おそらく敵側には、わかっていたということになります。

電話の向こう側で、何か事件が起きている様相も、前もって準備していたのでしょう。

私を不安にさせるための演出だと思います」

そこで、また仄香の頭が縦に動く。

「そして、3つめですが、まさしさんの声です。

間違いなく、まさしさんの声でした。

声紋鑑定を実施しても、おそらく本人の声と認定されるでしょう。

まさしさんと同じ声を出すことが、敵側にはできるということです。

それは、つまり、まさしさんの『幻影(フィギュア)』が作成されていると思われます。

『幻影』の作成には、DNA情報を含んだ一定量のサンプルが必要で、なおかつ、クイック培養プロセスを行ったとしても、製造には相当な時間がかかるはずです。

ましてや、機内スペースで『幻影』製造なんて、私には不可能にしか思えません」

ここは、専門研究者である仄香を前にして、自信をもって言い切れなかったので、曖昧な言い方になった。

「『幻影』は、あらかじめ製造してあったのでしょう。

梨菜さんが取り上げたいのは、内通者の存在なのでは?」

仄香の直球のコメントは、梨菜の胸の中心を貫いた。

「おっしゃるとおりです……まさしさんに関する遺伝子情報やサンプルを持ち出し、敵側に提供した人物がいると思います……

チームの中に裏切者が……」

「つらいわね」と、仄香は、梨菜を慰める。

「いえ……本当につらいのは……」と、梨菜は、ゆっくりと首を横にふる。

「電話中に私が耳にした音は、作り物でしょうけど……まさしさんが……敵側に捕まり、拉致された状況は事実でしょうから……」

梨菜の声のトーンが下がる。

仄香は、両目を閉じて、小さくため息をもらす。

敵側の目的は、梨菜の弱化。

敵弾は、精神面(メンタル)弱点(ウイークポイント)に、見事に命中している。

目を離せば、梨菜は、たちまち塞ぎ込み、大声で泣き始めるだろう。

仄香自身……いや、有利香には気づけなかった事実。

おそらく、前任の仄香なら気づけたのだろう。

マギーレインも、わかっていた。

自分だけがわかっていなかった。

リーダーとしての未熟さ。

その点は、会社組織を立ち上げ、巨大企業に成長させた前任の仄香に負けていた。

仄香は、下唇を噛みしめていた。

何十年も経験していなかった屈辱感が、全身に、指先に及ぶまで、にわかに行き渡っていくのを感じた。

「ラスカーさんたちが、まさしさんの救出に向かってくれてるんですよね」

梨菜は、すがるような笑みを見せ、できるだけ長く保とうとした。

「ラスカーさんは強くて、優秀なヒトです。きっと……」

「そうですね」と、仄香も笑みを返した。

「彼らを信じましょう。きっと、うまくいくと思います」

仄香も、小さく深呼吸し、荒ぶり始めている感情を、なんとか鎮めようとした。


* * *


C国の首都S市の、ほぼ中心に位置する国立病院のエントランス付近に、(デュアン) 深緑(シェンリュウ)の姿があった。

段は、慣れた足取りでエスカレーターとエレベーターを乗りこなし、隔離病棟のとある病室まで、一直線に進んでいった。

病室に入ると、ベッドに白色の病院着をまとった少女が、両目を閉じて横たわっていた。

少女の全身は、多数のチューブやケーブル類によって治療機器と繋げられていた。

段が入室しても、これといった反応や反射は無く、呼吸のための小さな動作を、ただ機械的に繰り返すだけだった。

段は、少女の耳元に顔を近づけ、小声で「ねえちゃん、ウチや」と呼んだ。

寝たきりの少女は、やはり呼吸以外の動作を見せなかった。

「ウチらのチームな」

段は、構わず語りかけ続ける。

「決勝まで勝ち進んだんやで。次は、いよいよ姫檜扇水仙(クロコスミア)やな」

段は、そこでニヤリと笑みを見せ、こう続けた。

「ねえちゃんが作ったチームや」

寝たきりの少女は、なおも無反応。

「けどな、今はもう原型をとどめてないんやで。

ねえちゃんが抜けてから、(そう) (ほう)がええように変えてしもたんや。

そして、今度は、ウチらがつぶしたろうとしとる。

何やな。

ねえちゃんの痕跡が、どんどん無くなって行きよるな」

段は、そこまで言い終えると、少女の頬に、触れる程度のキスをした。

「ウチな、ねえちゃんには、本当に感謝しとるで。

自分を犠牲にして、ウチらの面倒を見てくれたねえちゃんは、ウチにとって、ほんまの女神さんやな。

そして、また、ねえちゃんがウチらの幸せのために犠牲になってくれたんや。

ねえちゃんは、何も気にせず、静かに寝てたらええ。

後は、ウチらが何とかするから」

その時、寝たきりの少女の閉じた左目から、小さな涙のしずくが現れ、静かに横に流れ落ちた。

「ねえちゃん、悲しいんか?

それとも、悔しいんか?

まあ、うれしい……いうのは無いわな」

段は言って、口元を緩ませた。

少女の左目から、もう一滴、涙がこぼれ落ちた。



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