九十三
パーシャが渾身の力をこめて繰り出した正拳突きは、段の左腕の数センチ程度の小さな動作により、素気なく弾かれ、パーシャの右拳は、段の左手首の外側に逸れた。
その瞬間、パーシャの胸部に隙きが生じ、段のカウンター攻撃となる右拳による突きが入る。
パーシャは、とっさにそれを避けられなかった。
段は、パーシャの胸の中心に触れる程度のところで寸止めし、ニヤリと笑った。
「あんたがやりたかったことは何や?」
段に尋ねられ、パーシャは息をのんだ。
「ウチに『横取り』されるのが怖いから、MEを使わんようにしようと考えて、格闘技ならウチに勝てるかも、と思たんやろうけど、この結果や。
ウチとあんたが闘うことは、この先、めったに無いかもしれんから、そやったら、勝とうが負けようが、自分のやりたいように、思いきりやったらエエやないか。
そう思わんか?」
パーシャは、その直後、意を決したように、段の鼻の中心をねらって、正拳を繰り出した。
臨界させたMEをたっぷりと含んだ、まさに『権限者』として誠実な攻撃だった。
「顔はアカン。ウチは、美少女なんやから」
段の左腕が、先ほどと同様に、パーシャの攻撃を難なく弾く。
腕と腕が接触した瞬間、段の『横取り』と、パーシャによる電気エネルギーへの選択が発動した。
わずかに、パーシャの方が早かった。
「やるやんか」と、段は感心した。
「発光」
パーシャの詠唱に合わせて、強力な高圧電流が段に送りこまれる。
パンッと、十人が同時に拍手したような破裂音が響く。
勝ち誇ったパーシャの笑顔。
「まだや」と、段は電流を受けながらも右手を動かし、パーシャの右腕をつかむ。
「いったい何を?」
パーシャが戸惑う。
『横取り』される前に、MEのエネルギー選択を済まし、攻撃は成功裡に終わっているはず。
ダメージ認定も、段に対してCが判定されている。
なのに、段は、平然とパーシャに対して、何らかの攻撃行動を取ろうとしている。
「あの判定はスカやな。ウチは、痛くも、かゆくもないで」
段がつかんだ右腕から、激しい振動が伝わってくる。
振動は、あっという間にパーシャの全身に行き渡り、そのあまりの激しさに、気を失いそうになった。
「……段ちゃん……この振動は……」
パーシャは、まともに声が出せる状況ではなかったが、辛うじて、それだけは段に届いた。
「あんたが起こしたヤツや」と、段は言い、にんまりと笑う。
「ウチの体は、伝導性いうのが優れとるらしくてな。
ウチに送ってくれたヤツを、そのまんま、あんたに返したんや」
「……そんな能力……聞いたことない……」
「ウチに電気流してくるヤツなんて、今までにおらんかったからな。みんな、知らんだけや。
あんたが初めてやで」
「……ありえない……あなた……人間じゃないわ……」
「人間じゃない……か……
それ、褒め言葉なんか?
ウチの友だちに、そう言われて喜んどったコがいたな」
「……」
パーシャは、白目をむいて、そのまま倒れようとした。
が、段がつかんでいた右手に力をこめ、パーシャの身体ごと引き寄せた。
「治癒」
段の詠唱で、パーシャが正気に戻る。
「段ちゃん……私を助けてくれるの?」
「やっぱり、おヒト好しやろか?」
「私に、まだ力が残ってて、最後の悪あがきをするかもしれないよ」
「倒れそうになってる友だちを放っておけんのや」
ふふっと、パーシャは笑った。
「さっきので全力使い果たしてるの。もう無理だよ」
「じゃあ、あんたの負けや」
長めのホイッスル。
強天使と永久凍土の対戦は、強天使に軍配が上がった。
「きゃはあ、終わったのでし」と、ミキミキが飛び跳ねながら喜んだ。
手を握っていたアド・ブルも、その動きに合わせられた。
「ミキちゃん、はしゃぎ過ぎ!」
と言いながらも、アドのテンションも上がっていた。
「これからは、仲良く行こう」
オイゲンとアルトゥールは、握手を交わした。
「終わった……」
段がホッとしたところで、気が遠くなるのを感じた。
「無茶をしすぎです」と、声が聞こえ、段はハッとした。
いつの間にか、梨菜がそばに来ていて、段の体を支えていた。
「あ……ボスか……来てくれたんやな……」
「電気を通す体なんて、見栄まで張って」
と言って、梨菜は、段に『治癒』を施す。
「勝負には、ハッタリが不可欠や」
「え……」
パーシャは、その場でキョトンとなった。
「伝導性が優れてるって……あれはウソだったの?」
「まあな」と、段は飄々と答えた。
「そんな便利なことができるんやったら、ウチは、もっと出世してるで」
段の冗談に、アドとミキミキは手をたたいて笑った。
「じゃあ、最後のあの攻撃は……」
「ウチが、痛いのと泣きたいのを我慢しただけや」
これも、段は飄々と答えた。
そばにいた梨菜は苦笑い。
パーシャは、ついに吹き出して笑った。
「どう見ても、私の完敗ね。最後まで、あなたと勝負できて、良かったわ」
「そして、もう同士や。闘う必要はなくなったで」
段は、そう言って、横に移動し、梨菜をパーシャの前に通した。
「……羽蕗 梨菜さん……」
パーシャは言って、息を飲んだ。
「ウソじゃないのね……私も『強天使』に……」
「そうですよ」と言って、梨菜はにっこりと微笑んだ。
「WGBGに参加した強者を集めているって聞いたわ」
「そうですよ」
梨菜は、右手をパーシャに向けて差し出した。
「私と握手を……」
「『永久凍土』の皆さんも大歓迎です」
パーシャは、躊躇なく、梨菜との握手に応じた。
「いったい、何を始めるつもりなの?」
パーシャの問いに、梨菜はこっそりとささやくように、こう答えた。
「この場では、はっきりとお答えできませんが、ただ一つだけ、私たちが声をかけていない組織があります」
「……」
パーシャは、無言で、梨菜の答えを受け入れた。
その本意を、すでに知っているかのように見えた。
「パーシャはん」と、段が親しげに声をかけた。
アドとミキミキも、瞳をキラキラさせて、パーシャを見つめていた。
「闘技では、いろいろあったけど、もう終わったんでノーサイドや。それで、良いやろ?」
段は、照れくさそうに言った。
「もちろん」と、パーシャは快活に答えた。
「本当のことを言うとね、ずっと『強天使』に憧れていたの。強くて、美しくて、私も仲間入りできるなんて、うれしいわ」
パーシャは飛びかかるように、段に抱きついた。
「段ちゃん、これからずっと仲良くしようね」
パーシャの突然の行動に、段は驚きと戸惑いで、うろたえ気味になる。
「えっと……あんた、もしかして、そういうヒトなんか?」
「私、強くて可愛い女子が大好きなの……段ちゃん……あなた、ステキよ……」
「ミキミキ!」
とっさに段は、ミキミキを呼んだ。
「きゃはあ、段ちゃん、ミキミキの登場なのでし」
ミキミキが段のそばに来て、敬礼のポーズをした。
「ウチ……なんか……急に……具合が悪なった……と思う……きっと疲れたんやな」
「きゃはあ。了解なのでし」
ミキミキは、段の手を引き、「救急車。救急車」と言いながら、闘技場の外に出ていった。
アドも、その後に続いた。




