九十ニ
ミキミキは、アド・ブルが広げた傘の中に、仲良く並んで、こじんまりと収まっていた。
段 深緑が起こした『大爆発』の巻沿いにならないように、二人で協力して、凌いだところだった。
ミキミキは、土砂降りのように覆ってきた爆風から要領よく逃れることを楽しんでいるのに対して、アドの方は、さっきから何度もポーン、ポーンと鳴り続いている『時間稼ぎ禁止』の警告音の方を気にしていた。
対戦不参加で、待機を続けている二人に対するペナルティ通知だ。
梨菜の承認済みとはいえ、チーム員としての貢献ができず、むしろ足を引っ張っているような印象が、アドには不満だった。
「これって、パーシャ・ミシュレのわがままよね」と、アドはぼやいた。
「それで、どうして私がギャラリーやらなきゃいけないのか、意味がわからないわ」
さらに、ポーンと警告音。
複数回警告なので、10秒ごとに、それが鳴る。
今度は3回鳴った。
「何で3回?」と、アドはイラ立ち気味に言った。
「きゃはあ、段ちゃんの分ですわん」と、ミキミキは答えた。
「段ちゃんも、さっきから動いていないのでし」
「最終的に、勝ちになるならいいのか……」
アドは、煮えきらなさを静めようと、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
さて、対戦状況に視点を移す。
パーシャは、呼吸を整え、背筋をまっすぐにして立ち、段をにらんだ。
「段ちゃん、今の『大爆発』で、MEを使い切ってるわよね」
パーシャの問いかけに対して、段は無反応で受け流した。
「私の方は、防衛と治癒に消費したけど」
パーシャは、右足を一歩踏み出し、段との間合いを詰めた。
段は、やはり無反応だった。
「あなたと闘うためのMEは残してあるのよ」
パーシャの左足が踏み出て、さらに一歩分の間合いが詰まる。
段は、なおも無反応。
パーシャと段の距離は、数十センチ程度。
手を伸ばせは、相手の体に触れることができるくらいまで迫っていた。
「行くよ」
パーシャは、右足にMEを注力し、ゆっくりと、そして大きくモーションし、段の頭部を狙った高い蹴りを繰り出した。
段は、蹴りが頭部に届く直前に左腕を上げ、まともにパーシャの蹴りを受け止めた。
MEによる防御策は施しておらず、ただ素の左腕だけだった。
パーシャには、段の行動の意味が、まったく理解できなかった。
「段ちゃん……いくらあなたでも……MEによる攻撃は、MEで防御しないと……」
パーシャの右足の甲が、段の左手首のあたりの接触部分から、火花が飛び散り、パンッと風船が破裂したような音が響いた。
パーシャは、とっさに右足を蹴り切らずに手前に戻し、段と距離を置くように、後方に飛んだ。
「何があった? パーシャはどうしたんだ?」と、アルトゥールは自らの対戦から注意を逸し、パーシャの対戦に興味を奪われていた。
「おそらく、あの発電は、段クンが仕掛けてあげたのだと思う」
オイゲンも、また然り。
二人の興味は、段とパーシャとの対戦にあった。
「段 深緑は、枯渇していたのではないのか? パーシャの判断が誤っていたのか?」
困惑気味のアルトゥールに対して、オイゲンはそれを楽しむように、笑顔を返した。
「段クンくらいの強靭な意志の持ち主になるとね、枯渇という状態に、大した意味を持たないであげるのだよ」
「どういうことだ?」
アルトゥールの困惑は続く。
オイゲンは、優越感を維持できることが、うれしくてしょうがなかった。
「MEの残量という見方をしてあげるなら、段クンの場合、あの闘技場にある全量から、意志の力で同格のアドクンの保持量を引いたくらいになるかな」
オイゲンの出し惜しみの多い説明を聞いて、アルトゥールは少しの間、思案し、答えにたどり着いた。
「『横取り』……パーシャのMEを奪っていたわけか……」
「闘いはマネジメントだ。ボクは、そう考えてる」と、オイゲンは得意げに鼻を突き上げた。
「自身の保持量という制限されたMEを、いかに有利に使用できるかが闘い方の基礎になってあげてるが、レモンティーンたちのような次元の違う意志の持ち主たちは、そもそもマネジメントの在り方が、我々とは異なってるのだよ」
「キミの話を聞いていると、自分たちの未熟さが露骨に見えてくるね」
アルトゥールが、ため息まじりに言った。
「正直な話、キミと対決したいという意欲は、もうボクには無くなってしまったね」
「ボクたちは、もう同士だ」と、オイゲンは、笑顔で言った。
「この先、立ちはだかるであろう、数多くの課題を共に解決してあげなきゃならない。仲良く行こうよ」
「そうだな」と、アルトゥールも、はにかみ気味に笑顔を返した。
「ただ、パーシャの意欲だけは、最後まで見届けたい。兄としてね」
「……やはり、キミたちは、全員が兄妹だったのか……」
オイゲンの言葉に、アルトゥールがゆっくりと首を縦に動かす。
「……寒地の貧しい農家の育ちだ。つい、数年前まで、そうだった……我々の持つ能力が……とくにパーシャの能力だが……貧困から脱する絶好の機会と思って、ここまで来た」
アルトゥールの口元に、静かな笑みが浮かぶ。
「そうだったか……」と、オイゲンはうなずいた。
「うちのチーム員には、ボスを始め、苦労上がりの強者達が多い。キミも、その一人になりそうだな」
「パーシャが、また構えたぞ。再挑戦する気だ」
アルトゥールの声で、オイゲンの注意も、二人の戦闘に戻る。
「力では到底及ばない強敵を相手に、パーシャは限界まで闘う気だ」
「美しい対戦だね」と、オイゲンはつぶやいた。
「このような場に立ちあえた幸運に、神に感謝の気持でいっぱいだよ」
パーシャは、段に向かって、再び一歩を踏み出した。




