九十一
全身が黄金色に輝く段 深緑が胸の前で両手を合わせ、薄目を開けたような細い目つきは、本当に観音像のように映っていた。
パーシャ・ミシュレは、模擬的な攻撃行動として、段の合わせた両手を引きはがすように、右手からの正拳突きを繰り出してみた。
段は、回避行動を一切取ろうとせず、合わせた小指だけで、パーシャの攻撃を受け止めた。
「固い!」
パーシャは、接触時点で、注力した時の自身へのダメージを懸念し、右手を引っこめた。
すぐに判断したつもりだったが、AI審査はパーシャに対して、ダメージレベルAを認定した。
パーシャの右中指の付け根にカミソリで切ったような切創が生じ、じわじわと鮮血が流れ出していた。
パーシャの胸の奥から、恐怖心が喉元までこみ上げてきた。
段は、微動だにせず、じっとパーシャを見つめていた。
一方、オイゲンは、アルトゥール・レーシンと対峙し、こちらもお互いをにらみ合って、様子をうかがう『静かな対戦』を展開させていた。
「紳士として、キミに伝えておきたいのだが」と、アルトゥールが静寂を破った。
「これまでの経緯から、キミは私のことを守護神的なイメージを抱いたのではないかと推測する」
オイゲンは、だまってアルトゥールの話に耳をかたむける。
「『権限者』のキミに説明するまでもないことだが、MEのエネルギー特性を利用すること自体を『攻撃側面』と呼んでいる。
つまり、MEを硬化させて盾とする行動は、『攻撃側面』なのだよ。
ゆえに、私の武器は、この硬さにある」
アルトゥールは、右拳を突き上げ、その拳の先にMEを結晶化させ、透明に硬化させる様を見せた。
「衝撃への対抗力と絶対硬度を考慮した『標準硬度』では、リディアに負けるがね。
さらに、身体能力でも、パーシャに負けているしね」
「謙遜は無駄だ、と言ってあげるよ。
ボクは、キミに対して、油断してあげられない」
オイゲンは、『牙獣』の先端をアルトゥールの硬化した拳に合わせた。
「キミたちは、松川専務との交渉に応じたと聞いてあげてる。
つまり、永久凍土チームは、契約上、すでに同士ということになるわけだよね」
それに対して、アルトゥールは、コクリとうなずいた。
「『強天使』との契約については、チーム内では、私しか知らない。
対戦が残っている相手だから、戦意を失ってはもったいないからね。
パーシャには伝えていなかったのだが、なぜか彼女は知っていて、そして、彼女が願ったのは、この機会に対してだよ。
同士が戦う場面など、そうあるものではないだろう。
だから、この機会に、レモンティーンと闘っておきたい、というのは、純粋な要求だ。
そして、それは、私も同じだ。
オイゲン、キミに対して、私の力が、どこまで及ぶのか、試してみたい。
これは、私にとっても、絶好の機会なのだよ」
「わかった」
オイゲンの目がキラリと光った。
「残り時間は短いが、ボクで良ければ、全力で挑んであげよう」
『牙獣』から、にわかに光が発し、それは、瞬く間にオイゲンの全身を包みこんだ。
対して、アルトゥールは、硬化させた右拳のみを『臨界』させ、戦闘の構えを取った。
「キミは、『蓄積型』だと、理解してあげてたが」と、オイゲンは言った。
「潤沢にMEを使ってあげられる能力があるのに、消極的に見える戦闘態勢だね」
「『蓄積型』だから、無遠慮にMEを消費できるというのは、単なる偏見だ。
実際には、大量にMEを消費すれば、体力も大量に消耗するのだ。
私は、みだりに消費だけする行動はしない主義でね」
「なるほど。『蓄積型』の事情だね。キミの気持ちが、よくわかる情報提供だよ。ありがとう」
戦闘中に、のどかなやり取りをしている二人と相反して、段とパーシャは、緊張感に満ちた展開を維持していた。
段は、両手を合わせた姿勢から、全く微動だにせず、パーシャの方は、手も足も出せない状況が続いていた。
自らへのダメージを恐れず、強引に攻撃を繰り出しても、段を揺さぶることもできないような威圧感から、なかなか脱せずにいるパーシャに対して、段による遠隔感応が届いた。
《どうしたんや。
ウチに挑戦してきたんやったら、もっと攻めてこんと。
時間が、どんどん過ぎてくで》
《………》
パーシャは、何も返さなかった。
《あんたが何もせんのやったら、ウチの方から行くで》
《………》
パーシャは、やはり何も返さない。
口元と両脇をキュッと締め、段からの攻撃に備えるような動作をした。
《……覚悟はできてるようやな……》
段は言うと、合わせた両手に、力をこめた。
両手の間から、一段と輝く光が表れ、たちまち彼女の全身を包みこんだ。
オイゲンとアルトゥールの二人も段の異変に気づいた。
「段クンが、何かやらかしそうだ」
オイゲンが、ヤレヤレと肩をすくめる。
「巻沿いで、我々も吹き飛ばされてはつまらない。ここは、キミを含めて、回避策を仕掛けるよ」と、アルトゥール。
「恩に着る」と、オイゲンは頭を下げた。
そのやり取りの直後に、段による『大爆発』が起きた。
風速何十メートルもの力強いが風が吹き荒れ、場内のあらゆるものをぺしゃんこにして、プチカップゼリードームの外殻に押しつけようとした。
アルトゥールのバリアにより、オイゲンは辛うじて吹き飛ばされずに済んだが、それでも立っているのが、やっとのくらいだった。
「パーシャは……大丈夫か?」
爆発の発生による白煙が、場内を全く見えなくしていた。
「助けてくれたお礼だ」と、オイゲンは言って、小さな爆圧を起こして、白煙を吹き飛ばした。
MEを使い果たして、すでに輝きが消え、観音姿でなくなった段が静かに立っているのと、その前で中腰の姿勢で呼吸を整えているパーシャの姿が写った。
「パーシャ……残ってくれてたか……」
アルトゥールは、とりあえず安堵した。
段は、ただ黙って、パーシャを見つめていた。
パーシャは、息を切らしながら、段を見つめ返した。
「……耐えたよ……段ちゃん……」
「……」
パーシャは、苦しそうにしながらも、口元に笑みを浮かべた。
段は、何も言わず、静かにパーシャを見つめるだけだった。




