九十
パーシャは、リディアの肩に食いこんだスピンボールを何とかはずそうと試みた。
直径4センチのボールは、カチカチに凍った状態で、指先が触れた瞬間に痛みが走り、パーシャには手に負えない状況だった。
ミキミキがそばに来て、スピンボールにこめられていた『意志』を解除した後、常温に近づけるよう加熱を始めた。
すぐに解凍が終わり、今度はオイゲンが近づき、『牙獣』のとがった先端でスピンボールに小さな穴をあけた。
中に入っていた水がチョロチョロと外に出てきて、すぐにスピンボールの中はカラになった。
軽くなったスピンボールは、剥ぎ落ちるようにリディアから外れ、すぐにパーシャが『治癒』を施した。
そこへ、アド・ブルが近寄り、パーシャに向かって、右手を差し出した。
「私の手を握って」
「アドすわんは、『蓄積型』なのですわん」と、ミキミキが補足する。
「ありがとう」と、パーシャは言って、アドの手を握り、『治癒』を続けた。
一方、段はキーラの手からはずれなくなっているゆがんだグローブを、様々な角度から眺め、キーラの手をキズつけないよう、どうやって破壊しようかを検討していた。
キーラは激しい痛みをこらえながら、救済されるのを待っていた。
「もう少しの辛抱やからな」と、段はキーラをはげました。
「段ちゃん……私、敵なのに……」
キーラは、鼻をすすりながら言った。
「敵なのは、闘っとる時だけや」
「段ちゃんに向かって、ずいぶんヒドいことしたわ……」
「気にせんでええ。今は闘技中やない」
「ごめんね……段ちゃん……」
段は、ニッコリと笑い、キーラの左肩に右手を置いた。
「少しチクッとなるかもしれんよ……」
キーラの肩から離れた段の右手がまぶしく光る。
MEを集中させているのだが、光は人さし指に集まった。
段の指は、キーラのグローブの表面をあちこちと移動し、とあるポイントでピタリと止まった。
指先の光は、さらに小さく集約され、針のように細くなった。
「行くで」
段がつぶやいたのと、ピシッと音を立てて、グローブにヒビが入ったのは、ほぼ同時だった。
ヒビは、直線的に広がり、やがてきれいに円周を描いたところで、グローブは真っ二つに割れた。
段は、むき出しになったキーラの小さな手を優しく握り、『治癒』を始めた。
まもなくして、段の手が離れ、キズ一つ残さずにキーラの手は完治した。
「わあ」と、キーラは喜んだ。
「鋼鉄のグローブを指一本で割っちゃうなんて、やっぱり段ちゃんはスゴい」
「痛いところは残ってないか? 大丈夫か?」
段は、まだ心配そうにしていた。
「平気。全然、チクッとならなかったよ。段ちゃん、ありがとう」
キーラは、はしゃぎながら喜んだ。
「助かったわ。私からも、お礼を言わせて」
リディアの対処を終えたパーシャとアルトゥールの二人が段に近づいてきた。
「覚悟はしていたけど、『強天使』には、とても及ばないことがわかったわ」
「試合はどうするんや? 今の話やと、降参ってことでエエんか?」
段の問いかけに、パーシャは苦笑を見せた。
「確かにリディアとキーラが敗退して、私とアルトゥール兄さんの二人だけでは、あなたたちに勝てる見こみは無いと言えるわね。でも、私はあなたたちとの対戦を良い機会だと思ってるの」
パーシャは、そこで残り時間をチラリと確認する。
闘技時間は、残り2分44秒で停止していた。
「もし可能なら、残り時間まで闘技を続行したいわ。段ちゃん、私はあなたと勝負したい」
「オイゲンはん」と、段はオイゲンを呼んだ。
「グループリーダーは、あんたや。あんたの承認が必要や。今のパーシャ・ミシュレの申し入れ、受けてエエんか?」
「キミがそうしたいなら、許してあげるよ」
オイゲンは、肩をすくめながら、即答した。
「ウチらは、ウチとオイゲンはんの二人だけで、ミキミキとアド・ブルは引っこむルールでやりたいんやけど」
「うーん……そうなると、『時間稼ぎ禁止』の発動で、バトルポイントでこちらが不利になってしまってあげちゃうよ。闘技の正式ルールは働き続けるからね」
「こっちが二人ともやられんかったら、勝ち負けに影響は無いからエエやないか」
「バトルポイントはチーム全体に関係してあげるんだ。この先の『姫檜扇水仙』との展開にも影響してあげる可能性もある。ボクの判断で、認めてあげるわけにはいかないな」
《私は構いませんよ、オイゲンさん》
そこへ、梨菜の遠隔感応が飛びこんできた。
《私の判断が必要であるなら、許可を伝えます》
「社長が、そうおっしゃるなら……」と、オイゲンは頭の後ろを掻きながら言った。
「聞いてのとおり……社長の許可が出たよ」
「おおきに」
段は、パーシャの方を向いた。
「こちらは、ウチとオイゲンはんの二人が相手や。あんたらが二人とも残って、ウチらを二人とも倒せたら、バトルポイントで、たぶんあんたらの勝ちになる。まだチャンスが、あんたらにもあるということや」
「あえて、不利な条件を飲んでくれると言うのね。ありがとう」
パーシャとアルトゥールの二人は、段とオイゲンに向かってお辞儀をして、礼を言った。
「さあ、それはどうやろうな」
段はそう返すと、ニヤリと笑った。
「ミキミキ、これを預かっといてくれ」
ミキミキは、段からピンクボールを受け取った。
「きゃはあ」と、ミキミキの両目が真ん丸になった。
「段ちゃん、武器はいらないのでしか?」
「パーシャ・ミシュレは、ウチと本気で勝負したいと言っとるんや。ウチも本気出さんと」
「だったら」と、アドが段に近づき、右手を差し出す。
「おおきに」と言って、段はアドの手を握った。
「キーラの治療で枯渇寸前やったんや。これで本気出せる」
「『強天使』に来てから、ピンクボールを使った闘技しか見せてないけど、段ちゃんの得意はね、格闘なのよ」と、アドがミキミキに説明した。
段の肌が露出している部分にツヤめきが表れ、やがてそれは全身に広がり、黄金色へと変化した。
「きゃはあ……段ちゃん……まるで、観音様みたいでし」
「業界では、そう呼ばれてるわ」と、アド。
「段観音……段ちゃんが、その姿を見せたのは、予選リーグのアンナ・リリーホワイト戦の時だけね。
でも、あの時は、負傷したチーム員の治癒に夢中になってて、MEの補充を忘れてたのよね。
ちょうど、今みたいに」
アドは、いたずらっぽく笑う。
「今度は大丈夫よ、段ちゃん。
観音様になった段ちゃんの強さを見せてね」
「恩に着るで、アド・ブル」
段は、それだけアドに伝えて、その後はピタリと口をつぐんだ。
段の瞳が、まるで剃刀のように細くなり、鋭い視線でパーシャの方を見た。
パーシャは、反射的に息を飲みこんだ。
「段ちゃん……私を相手に本気になってくれたのね……」
パーシャの全身も熱が上がり、赤身が表に出ていた。
「そういう技があるなら、キーラの攻撃も自分で対処できてあげられたのでは?」
オイゲンは、あきれ顔で首を横に振った。
「段ちゃんは優しいヒトよ。キーラちゃんの頑張りを立てたのよ」
と、アドは伝えた。
《段さんのこの姿を見たかったのです》
梨菜のテレパスがミキミキに飛んできた。
メッセージの受信に過ぎないやり取りでも、梨菜が興奮気味なのが伝わってきた。
「段観音……」
ミキミキは、両目を輝かせて、変身した段 深緑に見とれていた。




