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レモンティーン  作者: 守山みかん
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トラックの鎮静に合わせるように、どこからともなくパトカーが現れ、たちまち運転席周辺に警官たちが集まってきた。

運転手は軽傷で、車内から引きずり出されると、そのままパトカーの中に押しこまれた。 

「ずいぶんと、手際が良いわね」と、仄香(ほのか)は、感心する。

「待機してましたから」と、梨菜(りな)は、仄香に向けて、ニッコリと微笑む。

「待機って……ここに、ずっといたってことよね……梨菜ちゃん、私たちが、ここを通るの、わかってたの?」

「はい」

梨菜の快活な返事を聴いて、仄香は、キョトンとする。

「改めて思っちゃったけど……姉さんの『予測(プレディク)』って、スゴいわね」

「でも、一人、逃がしてしまいました」と、梨菜。

「え……」と、仄香は驚く。

「トラックには、二人乗ってたの?」

「はい」

梨菜は、眼を細めて、トラックの方を見る。

有利香(ゆりか)さんは、逃げられることも『予測』してましたけど」

「梨菜ちゃんは、逃げたヒトを見たの?」と、仄香が(たず)ねる。

「見ました」

梨菜は、首を大きく縦に振る。

「中年の男性で『権限者(ギフター)』でした」

「権限者……」

仄香は、息を飲む。

「それも、『予測』が使える可能性があります」

「そんなことまで、わかるの?」

「私が『臨界(クリティカル)』した『ME(マジック・アイ)』を『横取(シーブ)』しようとしました」

『権限者』が、『ME』をエネルギー化させるプロセスを『臨界』と呼び、その際に、所有権を設定することで、自らの『意志』によるコントロールが可能になるのだが、その所有権を第三者が奪う行動を『横取』と呼んでいる。

つまり、『臨界状態』の『ME』の所有権情報を上書きすることなのだが、これを成功させるには、上書きする者の『意志』の強さが、元の『権限者』を上回っていなければならない。

「私の攻撃のタイミングに合わせて、『横取』を、あらかじめ準備していたと考えられます」

「なるほど……」と、仄香は、うなずきながら、梨菜の話に耳を傾ける。

「でも、梨菜ちゃんの『意志』の強さには、さすがに(かな)わなかったみたいね。逃げ足の方が早かった」

梨菜は、仄香に向けて、右手を差し出す。

「逃げた男に関する情報を送ります。仄香さんなら、心当たりがあるんじゃないかと」

仄香は、梨菜の右手を握り、情報を受けとるなり、大きく息を吸い込み、ムウと声を上げる。

新谷(しんたに) (こう)だわ。間違いない」

仄香の両眼に、真っ赤に燃え上がる炎が写っている。

「『ルの未来』を盗んだ男。梨菜ちゃん、彼を逃がしてしまったのね」

「すみません……」と、梨菜は、頭を下げる。

「逮捕に至るまでに、周辺住民数名を巻き込むと『予測』されたので、後を追いませんでした」

「梨菜ちゃんが謝らなくても良いわ。梨菜ちゃんの判断は正しいわよ」

仄香は、優しげに梨菜を見つめる。

「代わりに、というわけではありませんが」と、梨菜は、ペロリと舌を出す。

「男の左手首を折ってやりました」

「まあ……」

仄香は、眼を丸くするが、すぐに快活な笑い声を上げる。

「梨菜ちゃん、最高! 新谷のヤツ、今頃、悔しがってるに違いないわ」

「アカデミーにいたヒトなんですね」と、梨菜が訊ねる。

「ええ……そう……」

仄香は、眼を伏せ、下唇を軽く()む。

「私の大切な思い出を……あの男は、持ち去ったの」

「ル・ゼ・ジャセルさん」

「十四年前に出会ったの。たった三日間だったけど、彼と過ごした時間は、とても豊かだったわ」

「障害をお持ちで……お気の毒なヒトだったんですね」

「ルは、そう思ってなかったわよ」

仄香の瞳がキラキラと輝いている。

「ルは、想像することが大好きだったの。自分の生涯を、ずっと想像する時間に(つい)やすことができて、幸せだった、なんてことを言ってたのよ

私のために、ルが教えてくれた『未来』を……私は、大して読んであげることもできずに、失ってしまった……新谷に、要約を任せたばかりに……きっと、新谷を捕まえて、『ルの未来』を取り戻すわ」

「トラックの運転手」と、梨菜は言い、その当人が押しこまれているパトカーの方をチラリと見る。

「取り調べを受けていますが、仄香さんたちを狙った目的について、すぐにわかると思います」

「口を割るかしらね」

「『権限者』が対応しています。黙秘は、通用しません」

「梨菜ちゃん、警察官として、良い仕事してるわね」

「今、情報が届きました。やはり、新谷 紅の配下の人物のようです」

「目的は?」と、仄香が訊ねる。

「……」

梨菜は、眉間にシワを寄せ、唇をピタリと閉じる。

「どうしたの、梨菜ちゃん?」

「新谷 紅の目的は……仄香さんと柴田さんを殺害することだったようです……」

「は!」

仄香は、不敵に笑う。

「上等じゃない」

「仄香さん……」

「私の思い出を踏みにじっておいて、それだけでは足らず、この私の命まで奪おうなんて……今度、会ったら、返り討ちにしてやるわ」

「新谷が、ボクとアネさんの命を狙ってた、だって?」

そこへ、柴田(しばた)の声が割りこんでくる。

「あのバカ……何を考えてんだ?」

「襲撃した目的については、運転手には知らされてなかったようです。新谷 紅を指名手配する手続きを進めています」

「おちおち、夜の買い物にも出られなくなったな。新谷の襲撃に備えて、防衛システムの設計を考えてみるかな」

「新谷が、私を狙う理由……」

仄香の眼が、鋭く光る。

梨菜と柴田は、仄香の様子から、戦慄(せんりつ)を覚える。

「きっと、ルの『未来』に関わることだわ。あの男は、『未来』を知ってる。どうせ、自分の利益のために、私が生きていると不都合な展開を読み取って、始末しようとしたのよ。あの男の考えそうなことだわ」

「『未来』を自分の都合の良いように変えるために、『干渉』したということですか?」と、梨菜が訊ねる。

「そうよ」

仄香は、胸の前で両腕を組み、フンと鼻を鳴らす。

「新谷 紅が、ルさんの『未来』を持ち出したのは、そこには、自分に都合の良い内容があったからではないでしょうか」

梨菜の意見に、仄香は、驚きの視線を向ける。

「もし、そうだとしたら、新谷は、ルさんの『未来』を維持することを考えるはずです。『干渉』を加えたなら、ルさんが『予測』した内容とは異なる『未来』が訪れることになるからです。それは、新谷にとっても、不本意に違いありません」

「梨菜ちゃん……」

仄香は、遠い眼をして、梨菜を見つめる。

「新谷の行動には、きっと何か秘密があると思います。失われてしまっているルさんの『未来』ですが、それがいったいどんなモノだったのか、可能な限り、調べてみる必要があります」

「私が知らない秘密が、まだあるのかもしれないわね」

仄香の言葉に、梨菜はうなずく。


* * *


「やれやれ、恐れ入る」

新谷 紅は、空き家と思しき敷地に身を(ひそ)め、周囲の状況を確認している。

梨菜に折られた左手首は、ダラリと下がり、痛みを(まぎ)らすかのように、下(あご)を左右に何度も動かす仕草を繰り返している。

走査(Scan)』の範囲は、梨菜や仄香を上回っているらしく、敵の状況を探りつつも、その存在に気付かれない場所を見つけられたのは、彼にしてみれば、幸運と言えた。

「あの娘……」

新谷は、歯の全体をギリギリと擦り合わせる。

「こちらの意図を読み、一瞬にして、手首を折ったばかりでなく、『治癒(ヒール)』の権限を『封印』していった。おかげで、一度、引き返して、『封印』を解除しなければならなくなった

「それに、今の推理内容……侮れないな。これは、対処の順番を間違えたかも……あの娘から、対処すべきだった。アネさんの暗殺も、今回のしくじりで、かなり難しくなった。『計画』を練り直すか……」

新谷は、その場を立ち去った。



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