八十九
「ミキくん」と、オイゲンはささやき声でミキミキを呼んだ。
ミキミキは、ささやくような声でも、ちゃんと聞こえる距離まで、すでに近づいていた。
「キミは、スピンボールを同時に何発投げてあげられるのかな?」
「右と左で4発ずつですわん」と、ミキミキは即答する。
「扇状に投げてあげられる?」
「きゃはあ、『魚雷撃沈』と呼んでますわん」
「つまり、8発同時に投げてあげられるってことだね」
オイゲンは、顎に親指と人さし指を当てて、思案する。
「よし。キミの『魚雷撃沈』を敵にお見舞いしてあげよう」
「前方への無差別爆撃ですわん。だから、段ちゃんに当たるかもしれないのでし。おわり」
「その回避は、段くんに任せてあげよう。彼女を助けてあげるためだ。それに、キミがやってあげるのは爆撃じゃなくて、その逆だ」
「?」
「ここからは秘密司令だ。キミの手を出して」
ミキミキは、1ミリの躊躇も見せず、オイゲンに右手を差し出した。
「オイゲンすわん、遠隔感応ができるようになったんでしか?」
「いや……キミの方から、ボクの情報を取りに来てあげてほしい」
オイゲンは、右手から『牙獣』を外し、ゆるくミキミキの右手を握り、すぐに離した。
「きゃはあ」
ミキミキの瞳が輝いた。
「理解したのでし」
「アドくんへの通知は、ボクがこっそりやってあげるよ。キミがテレパスを送ってあげちゃいけないよ。彼らに傍受されるからね」
「了解なのでし」
「ミキミキが何かしてきそうよ」と、パーシャ・ミシュレが段 深緑を背後から押さえつけながら言った。
パーシャの固め技は強固で、段へのリンチ状態は変わっていなかった。
「キーラ、次はアゴをねらいなさい。この子の顔がくずれるくらいに強めにね」
キーラは、ニヤリと笑い、両腕を前に構える。
「……今度はえげつない攻撃に出るんか……ウチはすぐに治癒できるで……」
「あなたのくずれた顔が映像記録に残るわ。あなたの心がそんなに強くないのは知ってるのよ。段ちゃん、あなたが美人に生まれてきただけに、きっと心に消えないキズが残るわ」
「……やっぱ……えげつないな……あんたの心は……きっと……どろどろに醜いんやろな……ウチがどんだけ醜い顔になっても……あんたの心にだけは勝てそうや……」
「キーラ!」
パーシャからの容赦ない指示に合わせて、キーラが段のアゴの下から飛び上がり、右側のアッパー攻撃を繰り出した。
段は、そのタイミングに合わせて左脚を上げ、膝を使ってキーラの右肘に当てた。
つまり、キーラのアッパーを後押ししたのだった。
「何を……回避するんじゃなくて……キーラの攻撃を早めるなんて……」
パーシャは、段の予想外の行動に、素直に驚いた。
キーラも同様。
自らの攻撃速度を狂わされ、瞬間的にパニックになった。
「あんたのスピードじゃ……タイミングが合わんのや……」
段がつぶやいたのと、キーラのグローブに衝撃が加わったのが同時だった。
金属と金属がぶつかり合うような、激しい衝撃音が響き渡った。
金色に輝く丸いボールが、キーラの金色のグローブの中心に当たっていた。
「あれは……ミキミキのスピンボール……バカな……段ちゃんがすぐそばにいるのに……」
パーシャは、そこまでつぶやき、すぐに叫び声に変えた。
「キーラ、爆発するわよ。すぐにボールから離れなさい」
「お姉さん……私……手が痛い……」
キーラは涙を浮かべながら、パーシャに訴えた。
キーラのグローブは、ちょうど段のアゴに接触した位置で止まっており、スピンボールが衝突した箇所に大きな凹みを作っていた。
その側面から見れば、グローブはアルファベットのCの字を逆向きにしたように大きくゆがみ、丸い肉厚は、衝突した箇所から反対側にかけて、著しく薄くなっていた。
スピンボールは、爆発することなく、そのまま床に落下し、パーシャと段の方に転がった。
ボールからは白い湯気のようなものが上がり、よく見れば、それがカチカチに凍っているのがわかった。
「……凍らせていたのね……すごい硬さになってる……」
パーシャは、思わず息をのんだ。
「手が痛いよ!」
キーラが、激しく泣き始めた。
「……グローブの中で……右手が潰れてしもたようや……」
段は言うと、油断を見せたパーシャの固め技を難なく外し、すぐに自らを治癒した。
「……姉さん……」
別の方角から、女子のうめき声。
パーシャは、ハッとして声の方に顔を向けると、左肩を右手で押さえて、激痛に耐えているリディア・クラノヴァが近づいてきた。
彼女の左肩には、スピンボールがめりこんでいた。
「このボール……すごく冷たいわ……肩の骨が砕けたみたい……痛いわ……」
リディアも泣きそうな顔になっていた。
「あなた、バリアは使えなかったの?」
パーシャが尋ねると、リディアは両膝を床につけて、うずくまった。
彼女の敗退がこれで決定したが、パーシャは気にしなかった。
「アドさんの落雷を避けるのと……スピンボールが肩に飛んできたのが同時だったの……どうしようもなかったの……姉さん……ごめん……」
キーラの泣き声も共鳴してきた。
どうやらグローブが脱げなくなっているようだった。
「すぐに二人を治療させてくれ」
アルトゥール・レーシンからの指示が届いた。
彼は、オイゲンからの猛襲を受け、応戦している最中だった。
つまり、パーシャとキーラを段一人で相手にしている間に、オイゲンとアド・ブルでバリア部隊の動きを封じこめ、残ったミキミキが全体攻撃を仕掛けた、という作戦が成功した状況を示していた。
パーシャは、どうにかしてキーラのグローブを外そうと躍起になっていたところへ、段がパーシャの肩を叩いた。
「その子はウチに任せて。あんたは、リディアを助けてあげて。この子たち、選手名は変えてるけど、あんたの本当の妹たちなんやろ? 姉さんなら助けたらんと」
「段ちゃん……」
パーシャの両目にも涙が浮かんだ。
「ごめん……友だちでもないのに、なれなれしいね……」
「もう友だちや」
段は、ニッコリと笑って言った。
「ありがとう。あなたの好意に甘えます」
パーシャは、すぐにリディアのそばに寄った。




