八十八
段は、つやめきの入った長い黒髪を、アンナ・リリーホワイトのバトル時と同じような頭の上に螺旋状に巻いたヘアスタイルにしていた。
永久凍土側のアド・ブルに対する先制攻撃の成り行きで、段のそばには、幼いキーラ・セリューニナがマークするように張りついた。
大きめの丸い目は、キョロキョロと落ち着きがなく動き回り、段が少しでも視線を反らせば、ただちに下顎への直撃アッパーが発射されるような緊張感を漂わせていた。
段は、短い時間で攻撃の順序をどうするか、考えなければいけない状況にあると察した。
キーラに攻撃を始めれば、アルトゥール・レーシンか、リディア・クラノヴァがただちにバリアで攻撃を封じてくる。
そして、ミキミキが連続攻撃を仕掛ける。
二人のディフェンダーのどちらかが、それも阻止しにくる。
その後に、相手側の防御策がつきたところで、オイゲンの兄貴かアド・ブルが攻撃する。
できればチーム全員、少なくとも3人の連携が必要だ。
それも、瞬発的な行動で対処しなくては。
アルトゥールとリディアが、バリアを仕掛けて、引っこめて、次のバリアを張るまでに、5秒程度かかると見た。
つまり、与えられた時間は3、4秒くらいということだ。
でも、この連携……
理屈では理解できても、実際にできるようになるには、全員での練習が必要だ。
今となっては、そんな余裕など無い。
ぶっつけ本番で、はたしてできるだろうか……
段は、上唇をペロリとなめた。
《段ちゃん》
ミキミキの遠隔感応が飛びこんできた。
《段ちゃんの考えてる作戦で行くしかないのですわん》
《そやけど、短時間でできるかどうかが決め手なんや。タイミングが遅れて、相手に隙を与えたら反撃されるで》
テレパスの応答は、テレパスで返す。
それが『権限者』たちの暗黙のルールだ。
もちろん、他者に盗聴されるリスクは承知の上である。
《やってなんぼ》
ミキミキの答えである。
《段ちゃんが、よく言ってるのですわん》
《そやな》
段は、にっこりと笑う。
《オイゲンすわんとアドすわんにも、あのヒトたちはテレパスを返すことができないけど、話は伝わっているのですわん》
《よし》
段は、もう一度、上唇をなめた。
《やるか!》
強い意志の連携が、強天使チーム全員に伝わった。
「来るよ……」
パーシャはチーム員たちに聞こえるようにつぶやき、まっすぐに段の正面に向かって走った。
段はピンクボールを両手で前に持ち、まさに正面に向けて爆発を仕掛ける直前だった。
このパーシャの突進は、段の『予測』では出てこなかった、まったくの想定外の行動だった。
(あぶない!)
段は、攻撃行動を取っているにも関わらず、パーシャが爆発に巻きこまれて、傷つくかもしれない状況を懸念として捉えた。
彼女の持つ人柄とか、優しさゆえに生じた隙だった。
パーシャは、そんな段の性質を、言わば利用したのだった。
パーシャの両手がピンクボールをつかみ、地面を蹴り、持ち上がった全身は、一瞬だけピンクボール上での倒立を完成させた。
段の両手に、その重みが伝わる前に、パーシャは腕の力だけで宙を舞い、まるで跳馬のように段の頭上を越えて、背後に回った。
段は、すぐに振り返ろうとしたが、後ろから首に回されたパーシャの両腕により、阻止された。
パーシャの固め技の弾みで、段はピンクボールを落としてしまった。
「優しいのね。あなたには、キスしてあげたいくらい」
パーシャの声が後頭から聞こえた。
「あなたの闘いぶりは、予選リーグでのアンナ・リリーホワイトとの対戦で、じっくり研究させてもらったわ」
「おヒト好しの性格がバレてたんやな……ウチのあかんところや」
「段ちゃん! 私の雷で、その女を引き剥がしてあげる」
アドが、傘を天に向け、攻撃準備をする。
「アドすわん、ダメですわん」
とっさにミキミキが止めに入る。
「アドすわんの雷は、パーシャすわんを通じて、段ちゃんにも伝わってしまうのですわん」
「でも、段ちゃんのピンチを救わなきゃ」
アドは、泣きそうな声で言う。
すっかり、冷静さを失っていた。
オイゲンが優しい声で、アドに話しかける。
「チャンスを待つんだ。キミの出番が、きっと来るから」
「そんな……何とか段ちゃんを助けたいわ」
アドは、上に構えていた傘を下ろした。
「あなたって、髪の手入れが、とても行き届いてるのね」
後ろから段の首を締めつけながらも、パーシャは段の黒髪を大事そうになでた。
「肌もツヤツヤでキレイにしてる……長身でスタイルも良いし、あなた、可愛いわ。きっと、育ちが良いのね」
「へ? 貧乏生まれの貧乏育ち。読み書きもろくにできんのに、ウチの育ちの良さが、どこに見えとるんや? あんた、見た目にだまされとるな。それとも、その目は節穴か?」
「過去を気にしてるのね。かわいそう」
パーシャが哀れむような目をしたのに、段はカチンとなった。
「アド・ブル! 構わへんから、思いきり雷を落としてんか。ウチごとつらぬいたってん」
「できないわ……段ちゃんが死んじゃう……」
アドは、全身を震わせて、段の指示を拒む。
その時、勢いをつけたキーラの黄金色のグローブが、段の腹部を目がけて、まるで弾丸のように突進してきた。
パーシャに動きを封じられていた段は、避ける術もなく、その猛烈な攻撃を正面からまともに受け止めるしかなかった。
金色のグローブは、容赦なく段の腹部の中心にめりこむように入った。
160キロの豪速球をキャッチャーミットで受けたような爆発音が、あたりに響いた。
さすがの段も白目をむいて、「うう!」と大きなうめき声を上げた。
測定器は22112を示し、ダメージ認定はCとなった。
「これまでの最高値ね」と、パーシャは褒めた。
「ありがとうございます」
キーラは、丁寧に返事をするが、その右手のグローブは、さらに段に入りこもうと、力をこめていた。
そのまま倒れそうな段だったが、パーシャはまだ開放しなかった。
段は気絶状態ではなく、AI審査からの闘技の中断要請は無かった。
「段ちゃん、痛かったでしょ。でも、まだ終わりじゃないのよ」
パーシャの腕に力が入り、段の首をさらに締めつけた。
そのタイミングに合わせて、キーラは右グローブを引き抜き、今度は左ストレートを段の腹部に突き入れた。
先にダメージを与えた箇所と全く同じだった。
オイゲンとミキミキが近づこうとするが、アルトゥールとリディアにはばまれた。
キーラは、また右、左と交互に、段にダメージを与え続けた。
その平均値は約7000。
合計8発の攻撃に及んだ。
段は、まだ屈していなかった。
AI審査も中断はしなかった。
「ごめんね、段ちゃん。やり過ぎかもしれないけど、私たちもWGBGの闘士である以上、存在感を示さなきゃいけないの。レモンティーンの一人である、あなたを倒せば、私たちの知名度は上がるわ。こう見えて、私も必死なのよ」
「……まだやで……」
段は、ダメージを堪えながら、振り絞るように声を出した。
「……ウチを……段ちゃんと呼んでええ……ん……は……ウチが……友だち認定したヒト……だけや……あんたは……まだ……認定してない……だから……ダメ……や」
「キーラ」
パーシャの呼び声で、キーラはまたもや右ストレートを段に発射する。
それも、段の腹部に直撃するが、段には笑顔が浮かんでいた。
「……まだまだ……ウチは……これからやで……」




