八十五
アンナ・リリーホワイトをラスカー・タムに手渡した梨菜の姿は霧のように消え、彼女の存在もまたジャッキー・ロワイヤルの幻惑術による立体写真であったことが知れ渡った。
アンナの体を持ち上げる演出は、実際にはジャッキーが行っていたのだ。
「ジャッキーさん、うまくいきましたね」
ジャッキーの背後に隠れていた香子が、チームの勝利判定か確定した後に、うれしそうにジャッキーに話しかけた。
「……」
それに対して、ジャッキーは無言で、両肩を小刻みに震わせていた。
「うれしくないんですか? ジャッキーさんの幻惑術のおかげで、大逆転したんですよ」
「……静かにおし……」
ジャッキーは小さくつぶやき、フウとため息をもらした。
黄色い煙が瞬間的に現れ、どブスの容姿だったジャッキーが、一瞬にして赤髪の美女に戻った。
「……私がやったことは……ヒトの心をもてあそぶような……ヒトの弱みとか……思い出したくもない過去とかを掘り起こして……えげつないやり方だよね……でも、私はこんなやり方でしか、社長さんに貢献できないんだよ……イヤなヤツだよ……私……」
「でも……でも……」
香子は、一生懸命にジャッキーを慰めようとして、何度も吃った。
「羽蕗さんが現れた時、私、ホンモノだと思っちゃいました。しゃべり方も、雰囲気も、まったくホンモノそっくりで……」
「そりゃそうさ」と、ジャッキーは言った。
「社長さんが、遠隔で私の『才能』を動かしていたんだ……みんなが感じ取った雰囲気、話してる内容、全てホンモノだよ……私は社長さんを支援しただけ……」
「そんなことができるんですね……」
香子は、真面目な顔で感心していた。
「あんたにゃできないよ」
ジャッキーはピシャリと言った。
「あんたの『意志』の強さは認めるが、『情報側面』については遠隔感応が使える程度。能力としては薄いわね」
「それは……自覚してますよ……私の『意志』は『攻撃側面』でしか発揮できないのは」
「それが、あんたの強み……私には『攻撃側面』で『意志』を効果的に扱えない……まあ、あんたに比べればね……私の存在意義はそれ」
「二人とも、よくやって下さいました」
再び、梨菜のホログラムが二人の前に現れた。
ジャッキーは、驚きで両目を大きく開いていた。
「ジャッキーさん、また羽蕗さんに呼び出されて、ホログラムを写してるんですか?」
「違う……」
ジャッキーは早い動きで首を横に振った。
「これは……社長さん自身が写し出しているホログラムだよ。私は、手を貸していない……社長さんは、医務室にいるはずだよ……おそらく百メートルは離れた場所から……信じられない……」
香子は、固まっているジャッキーの前に立ち、梨菜と正面から向き合った。
「羽蕗さん……私……」
威勢よく前に出たまでは良かったが、その後の動きが急速にぎこちなくなった。
「予選リーグで対戦した時に……羽蕗さんと……婚約者の岡常務に対して……失礼なことを言いました……」
「『程度が低い』って言われました」と、梨菜は繋げた。
「……あの時は夢中で……」
香子は、首を横に激しく振りながら言った。
「敵同士だったし……憎しみをこめて、そう言ったのは事実です……でも、今は違います。こうして、同じチームになって……共に闘っている仲間ですから……だから、あの時に私が羽蕗さんに向かって言った軽蔑的な言葉について……今、謝っておきたいと思って……」
「もちろん忘れてないよ」
梨菜の黒い瞳は、感情の読み取れない無機質な輝きを放っていた。
「葉島さんの反省度合がどれくらいかは想像できませんが、私にはかなり深く刺さった言葉でした。言うまでもないことかもしれませんが、私は割りと根に持つタイプです」
「ああ……うう……」
香子は、発したい言葉が思うように出ず、呻くような声を漏らしながら、両目を潤ませていた。
「葉島さんが私に謝罪すると言われるのなら、私は受け入れます。ただ……私の中にある感情が、葉島さんが求めるような変化を遂げるかどうかは、私にもわかりません……私に対してだけでなく……私の大好きなヒトに対する侮辱も入ってましたから……でも、葉島さんの今の状況は理解しました」
梨菜のホログラムは、そこで消えた。
香子の顔は、流れ出た涙でびしょびしょに濡れていた。
「しかたがないよ」
一部始終を見ていたジャッキーは、乾いた声で言った。
「社長さんも一人の人間、私的感情が表に出るのは当然。寛容さを求めたって、限界はある。むしろ、正直な想いを伝えてきたことに、私は社長さんに対して、より一層の親しみを感じたね」
「私は……私は……どうすれば……」
すすり泣きする香子を見て、ジャッキーはヤレヤレと首を振る。
「ついさっきまで、あんたの方が慰め役だったのに、逆になっちまったね。私的感情なんてね、一瞬のものだよ。次の場面まで長続きするもんじゃないよ」
「……」
香子は、何度も鼻をすすりながら、ジャッキーの話に耳を傾けた。
「私もね、『紅魔』で敵対してた時に、社長さんに散々な目に合わされて、その時は悔しかったけどさ、社長さんは戦闘を通じて私の力を認めてくれて、『強天使』に来ないかって誘ってくれたんだ。アンナ・リリーホワイトと同じように、私も歴史から排除されるのを恐れていたから、本当にうれしかった。そして、同じチームになってからは、さっきの戦闘場面でもそうだったけど、私のことを信頼してくれてる。私は、社長さんに出会えて良かったと思ってるよ。あんたも同じだろう?」
「私は……」
香子は、嗚咽に飲みこまれそうなのをがんばって、声を上げた。
「……私だって……羽蕗さんの力になりたい……と思って……」
「だったら、良いんじゃないのかい」
ジャッキーは、優しく微笑んだ。
「しっかりおし……あんたの方が、社長さんより、ずっと大人なんだからさ……もうすぐ第2ピリオドのメンバーが入場してくる。さあ……もう行こうよ」
「はい……」
ジャッキーは、香子を気にかけながら、『ジョイントルーム』に向かう。
香子も、その後に続いた。




