八十
アンナの攻撃が脊髄に直撃したため、梨菜は一時的に気を失っていた。
救護班が数名入場し、長身の梨菜を器用に担架に乗せ、場外へと運び出した。
命に別状はなく、梨菜自身が発動した『治癒』により、退場後まもなくして、自分で歩けるようになっていた。
アンナは、キョトンとした顔で、梨菜が運ばれていく様子を眺めていた。
香子は、何度も鼻をすすりながら、梨菜の名を呼び続けていた。
「羽蕗さん……私なんかのために……」
「ホントだわ……あなたなんかのために……」
アンナも同調してくる。
「私、やっぱり、『強天使』に憧れるわ。ダメなヤツでも全力で守ってくれるリーダーがいてくれるのは心強いもの。でも」
アンナの視線が意地悪く歪む。
「死にかけのあなたを守ったところで、意味が無いわね。インターバルの発生で、多少の充填ができたかもしれないけど、まったく影響が無いのに……」
「ボクとの対戦で、かなり苦戦を強いられていた」
ラスカーがアンナに近づいてきた。
「他に気を使う余裕など無いと思っていたが、自分のことだけでなく、全体を見ていたようだ。突然、ボクの前から消えて、ピンチのキュア凶子をかばっていた。おそらく余力を残していたと思う。ただ、仲間を助けるために、自分を犠牲にしたんだ。ボクには信じられないよ」
長めのホイッスル。
闘技の再開が告げられた。
アンナが時計をチラリと見る。
残り時間は、あと1分余り。
「さあ、残るはジャッキー・ロワイヤルと、死にぞこないのキュア凶子だけよ。こちらは全員で片づけてしまいましょう」
アンナの呼びかけに、男子3人が勇ましく雄叫びを上げた。
香子は、歯を食いしばって、アンナに挑もうと身構えたところを、ジャッキーに右手を掴まれた。
「あんたは、私のそばに来るんだ」
ジャッキーは香子をそばに引き寄せた。
彼女の周りには、真樹のククリナイフ、梨菜の長剣、そして香子の十字棍が集められていた。
香子が自分の武器に手を伸ばそうとすると、ジャッキーがそれを阻んだ。
「これをあんたに渡す前に話しておくことがあるの」
「枯渇寸前なんです。この武器には、私の……」
「わかってるわ」
ジャッキーは香子の言葉を遮った。
「あんたが考えてるとおり、これらの武器には所有者のMEがたっぷりと充填されている。そして、社長さんの計らいで、すべて中立な状態に直されてるの」
「羽蕗さんが……いつの間に……」
香子は、驚きで何度も固唾をのんだ。
「社長さんには、展開が見えていたようね。ここにたっぷりあるMEを使って、社長さんなら強力な『意志』の大爆発を起こして、敵を一網打尽にできたと思うんだけど、今は私に託してくれた。だから、私は社長さんの期待に答えるために、私なりの全体攻撃を仕掛けるつもりよ。あんたを呼び寄せたのは、私の攻撃の巻沿いにならないようにするため。私の言ってる意味がわかるわね」
ジャッキーはニヤリと笑うと、大きく息を吐いた。
香子の背筋に冷気が走った。
黄色の煙が周囲を包み、ジャッキーの姿が見えなくなった。
「何が起きてるの?」
アンナが声を張り上げる。
煙はすぐにおさまり、肉の付いてない細身の体、葉緑素が混じっているかのような緑がかった色合いの肌、クレイジーな色のコンタクトが入ったつり上がった涙型の目のどブスな女子が現れた。
「ジャッキーさん……その姿は……」
香子が目を丸くする。
「ジヒジヒヒ……この姿なら、心置きなくエゲツない攻撃ができるというもの。残念だけど、アンナたちは今夜からしばらく眠れなくなるよ……ジヒ……ジヒジヒヒ」
小さな姿になったジャッキーは、長剣とククリナイフを両手で抱えた。
「残念だけど……あんたの武器は自分で持ちな……ジヒ……私の体に触れて、MEを私に送ってくれれば良い……ジヒジヒ……あんたが攻撃することを考えなくていいからね……ジヒヒジヒジヒ……MEは全て私が消費する……ジヒヒ……残念だけど……」
香子は、言われたとおりに、十字棍を右手で持ち、左手のひらをジャッキーの背中に当てた。
「そうそう……あんたは見てるだけ……でもまあ、見ない方が良いかもね……ジヒ……あんたも眠れなくなっちまう……残念だけど……ジヒヒヒ……」
「危険だ!」
ラスカーが声を上げる。
「ジャッキーに術を使わせるな! きっと、あれは……」
ラスカーの声は、最後まで続かなかった。
『永久凍土』の四人の視界は、すでに闇に包まれ、ジャッキーと香子の姿を捉えられなくなっていた。




