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レモンティーン  作者: 守山みかん
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柴田(しばた) 明史(めいじ)は、美容師のヒカリさんに髪を整えてもらい、ご満悦な様子で、ハンドルを握っている。

自動車は、仄香(ほのか)の自家用車で、アウディTTクーペ。

つい、先週に納車されたばかりの、ピカピカの新車である。

ちなみに、価格は一千万円ほど。

仄香のプライベート用にと買ったのだが、柴田が運転したいと言ってきたので、今は運転手をさせている。

ヘアサロン・ヒカリまでに、柴田が見せた運転態度の評価から、仄香は、少し新車が心配になってきていた。

「安全運転してよ」

仄香のその言葉には、(せつ)な願いがこめられていた。

「してますよ」

柴田は、軽率に答える。

「そんなことより、アネさん、ボクのアタマ、似合ってませんか?」

茄子(なす)のヘタのような頭からガラリと変わって、髪色をグレージュにし、左目の上から左右へ(ゆる)く『Cカール』させた髪型となり、ヒカリさんの術によって、眠っていた『美容意識』が芽生えたようである。

「ヒカリちゃんなら、どんな男子でも、そこそこ見られる容貌にできちゃうから、まあ、よく似合ってるわよ」

仄香の言い回しは、どこか冷たい。

「アネさん、ボクのこと、好きになっても構いませんよ」

「へ?」

仄香のアーモンド型の眼が、真ん丸になる。

「ボク、実は、イケメンだってこと、前からわかってたんです。でも、ここでバレちゃいましたからね。きっと、ボクのことを、好きになったはずです」

「あらま……ずいぶんと、自信満々……」

「ボクは、アネさんの想いを、しっかりと受け止めますよ」

「ふう……」

仄香は、疲れ気味に、ため息をもらす。

「旦那さんが亡くなって三年でしたっけ。淋しくなったら、いつでも、ボクの胸の中に飛びこんできて良いですよ」

「調子に乗って……新車ぶつけたら、修理代、給料から差っ引くからね」

「まあまあ、ボクとアネさんの仲じゃないですか。少しくらい、羽目ハズすようなこと、言ったって……」

「踏切よ。止まりなさい」

結構なスピードが出ていたが、仄香の注意で、柴田はブレーキを踏み、遮断機ギリギリの手前で停車した。

「アナタ、梨菜(りな)ちゃんの等身大の写真を、ラミ加工して、壁に貼って、(ほお)ずりしてるそうじゃない」

「ど……どうして……そのことを……」

柴田は、うろたえる。

「私、そういう行為をするキモい男子は、キライなの」

「むむむ……」

「アナタは、頭は良いけど、そういうところが残念ね」

「……わかりましたよ……パンナさんの写真は外して、アネさんの写真と貼り替えますよ」

「なに?」

仄香の声が裏返る。

「以前に、旧アカデミーのメンバーで、グアムに行ったじゃないですか。あの時の、アネさんのビキニ写真があるんで」

「きゃあああ」

仄香の悲鳴が車内に響く。

「あの写真を引き延ばして、ラミ加工します。アネさんの許しが出たんで」

「私が、いつ許したって……オマエ、調子に乗るな!」

仄香は、両手で柴田の首を締める。

グエッと、柴田は、アヒルのような悲鳴を上げる。

その時、バンという爆発に似た音と、背後から体当たりされたような衝撃が、仄香を襲う。

「何、今の?」

「ホられました」と、柴田は、後ろに目を向ける。

「大型トラックですよ。しっかりと、トランクに食いこんでいます」

「じょ……冗談じゃないわよ。買ったばかりの新車よ!」

仄香が、後方に向かって、怒鳴る。

光沢のある白いボディが、リアウインドをびっしりと覆う。

トラックは、さらにボディをトランクに押しこもうと、前進してくる。

柴田は、ブレーキを踏む足に、力を入れる。

「アクセル踏んで、押しこんできますよ」

「何をする気なの?」

仄香は、窓を開けて、声を()らす。

トラックは、無表情に、沈黙を維持したまま、前進しようとする。

仄香のアウディは、少しずつ、遮断機との間合いを詰める。

ボンっと、激しい破裂音を上げ、リアウインドが粉々に砕け散る。

トラックは、尚も、アクセルを踏みこんでくる。

「すごい力だ。これじゃ、踏切内に突き飛ばされるよ」

向かい側の線路を、電車が高速で通過する。

電車の通過方向を示す矢印は、双方向が点灯しており、今の電車の通過で、その一つが消灯した。

残るもう一つは、手前側の通過電車の到来を示している。

仄香の車のボディの先端が、すでに遮断機に接触し、踏切内に入ろうとしている。

「アネさんの力で、トラックを食い止められませんか?」

「あんな大きなトラック……無理よ……」

と、言いながらも、仄香は、後方に『爆発(エクスプローション)』を押し込んでみる。

トラックの白いボディに、微かな震動を与えた程度で、前進してくる力に対しては、ほとんど効果が無い。

トラックは、そこで、一旦、押すことをやめて、ピーピーと音を鳴らしながら、後退し始めた。

「あきらめたのかしら?」

仄香は、拍子抜けする。

「勢いをつけて、ぶつかろうとしてるのかも」

柴田は、ドアの開閉レバーに手をかける。

「車を捨てて、逃げましょう」

「待って……」

仄香が、柴田を止める。

「どうしたんですか?」と、柴田が(たず)ねる。

仄香は、車のすぐそばに、いつの間にか現れた人影を指差す。

ヘソが見えてしまうピンクのキャミソール。

サックスブルーのホットパンツ。

銀色のサンダル。

キラキラ輝いている黒瑪瑙(くろめのう)のような瞳。

長身の美少女が、仄香に近づいてくる。

「パンナさん!」

「梨菜ちゃん!」

二人は、張り裂けるような大声で、それぞれ呼び名を叫ぶ。

「どうして、ここに?」と、仄香が訊ねる。

有利香(ゆりか)さんに頼まれて、来ました。仄香さんが困ってるだろうからって」

「ああ……」と、仄香は祈るように両手を合わせる。

「お願い……助けて……」

「仄香さん」

羽蕗(はぶき) 梨菜(または矢吹(やぶき) パンナ)は、仄香に視線を向け、イタズラっぽく微笑む。

「車の屋根に乗っても良いですか?」

「え?」と、仄香は、戸惑う。

「新車のようですから、一応、断っておこうと」

「梨菜ちゃん、この上に乗りたいの?」

仄香の視線が車の天井に向く。

梨菜は、ゆっくりとうなずく。

「踏み台にします」

「……」

仄香は、少し考えて、梨菜に微笑み返す。

「買ったばかりだけど、もうオシャカ寸前よ」

「天井が少し(へこ)むと思います」

「構わないわ。あの横暴なトラックを何とかして」

「了解」

仄香と柴田は、車外に脱出する。

梨菜は、サンダルを脱いで、裸足になると、勢いをつけて飛び上がり、仄香のアウディの天井に立つ。

ドンと音を立て、梨菜の両脚が着地した部分が、体重分相当の重圧がかかった凹みを作る。

仄香の両(まゆ)が上がる。

ちなみに、身長百八十六センチになった梨菜の体重は、七十キロに達していた。

トラックは、七、八メートルほど距離を置いた所で静止し、プシューっと、まるで雄叫(おたけ)びのように、エアが抜ける音を立てる。

そして、カツンとギアを前進に入れ換える音と共に、猛然とアウディの上に立つ梨菜に向かって、突進を始める。

臨界(クリティカル)

梨菜が詠唱すると、たちまち全身に金色の輝きが広がる。

トラックとの間合いが、どんどん詰まってくる。

梨菜は、光を帯びた両手を前に出し、腰を引いた姿勢で、『爆発』と詠唱する。

ドカンという、すさまじい爆音と共に、トラックのフロントに球状の凹みができ、前進しようとする動きが、透明な壁にでもぶち当たったように封じられる。

梨菜は、すぐさま飛び上がり、『臨界状態』の右脚でトラックの正面に向けて、蹴りを入れる。

ビシッと音を立てて、トラックのフロントガラスの、梨菜の爪先が当たった所から、十文字にヒビが入る。

追い討ちをかけるように、ヒビの中心あたりに右パンチを打ち込み、もう一度、『爆発』を仕掛ける。

トラックのフロントが、さらに、球状に凹み、今度は、数メートル押し戻された所で、静止する。

梨菜は、反動で後方に突き飛ばされる力を利用して、後ろ宙返りを繰り返しながら、元のアウディの屋根の上に、キレイに着地する。

静止したトラックからは煙が上がり、全壊したフロントガラスの向こうに、仰向けにノビている運転手の姿が見える。

「止まった……さすが、パンナさん……」と、柴田は、息を飲む。

「そりゃ、そうよ……」

仄香は、半泣きの状況になっている。

「世界最強の女子だもん……」と言うと、大きく鼻をすする。


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