七十八
ジャッキーは真樹の背後から両肩を両手で支えた。
小刻みに震えているのが伝わってくる。
手を離せば、そのまま後ろに倒れてしまいそうだった。
パーヴェル・シュトキンとヴィタリー・コロソフは、呼吸のリズムまで共有した、文字通り「息の合った」コンビネーションで、次の攻撃のタイミングを図っていた。
さらに視野を広げ、
ラスカー・タム VS 矢吹パンナ、
アンナ・リリーホワイト VS キュア凶子
の状況も確認した。
(全体的に風向きが悪い)
ジャッキーは率直に思った。
このまま、真樹の攻撃支援を続けるか、それとも再び全体支援に変えるか、判断が悩ましいところだ。
二人を相手にしている真樹への支援を緩めるのは、真樹の立場はもちろんだが、自分の立場から鑑みても、不安感はぬぐえない。
経験から言って、こういう場面では、個人支援より全体支援の方が良い結果を導きやすい。
それはわかっているのだが、今の真樹を放っておけないという心理が、合理的な意思決定を阻害している。
そこへ、戦闘中の梨菜から通知があった。
《全体支援ではなく、真樹さんの支援をお願いします》
これには、ジャッキーも驚いた。
《風向きが悪いんです。それを少しでも支援できれば……何より私は全体支援が役割で、採用されたと思っていました》
《もし負けたとしても、結果に対する責任を取るのは私です。ジャッキーさんの判断したことが敗因になることはありません》
《私は、この風向きを変えたいんです。私ならできます》
《そうですね……》
梨菜は、少し考えてから、続きを伝えた。
《私か、ジャッキーさんのどちらかが展開の鍵を握っています。ここは、ジャッキーさんに譲りましょう》
《社長さん、いったい何の話を……》
《これだけは心得ておいて下さい。この先、どんなことが起きようと、ジャッキーさんは冷静でいなければなりません》
《社長さん!》
その時、パーヴェルの左手、ヴィタリーの右手による正拳突きが、真樹の胸の中心をめがけて繰り出された。
真樹は、直前まで虚ろぎみで、攻撃を避けるタイミングをすでに逸していた。
「真樹ちゃん、両手を前に出して!」
ジャッキーが指示する声が耳に入り、真樹はとっさに手のひらを相手に見せるように構え、防御姿勢をとった。
そこへ、ジャッキーの『意志』が注力され、岩石並の硬度に固まった。
パーヴェルとヴィタリーの二人は、勢いを緩めることなく、真樹に向けて突きをぶつけた。
ガンっと、想定外の固さが攻撃側の拳に、響きと痛みが逆流し、二人を怯ませた。
真樹の鋭い視線が二人を捉えていた。
二人が怯んだ、ほんの少しの隙をねらって、真樹はすばやく彼らの狭い間をすり抜けて、背後に回った。
パーヴェルは驚き、真樹に視線を移そうとしたが、ヴィタリーがその動作を止めた。
「前にも敵はいる。どちらも見失うな」
ヴィタリーとパーヴェルは背中合わせに立ち、前後に別れた敵に警戒した。
「ジャッキーさん、ありがとうございます」
真樹は、離れた場所から言った。
ジャッキーは両脚を交差させ、少し肩を落とす仕草をして、それに応えた。
「もう私は大丈夫です。武器は失いましたが、少しだけ心得のある格闘で対処できます」
真樹はファイティングポーズを取り、全身から気合いを表に出した。
真樹の方を向くヴィタリーは、両脇を引き締める。
「パーヴェル、自分の目の前の敵だけに集中し過ぎるなよ。一対一では、我々の方が不利だということを忘れるな」
ジャッキーは、効果的なコンビネーション・バトルを見せている二人に感心していた。
(謙虚だわ。社長さんを相手にしているラスカーもだけど)
チラリとラスカー相手に苦戦している梨菜の方を見る。
(自分たちが挑戦者だという共通の謙虚さが、チーム全体の強さを導いている。まあ……アンナ・リリーホワイトは別ね。確かに、この風向きを変えるのは、私でも骨が折れそうだわ)
そして、再び離れてしまった真樹の方を見る。
(真樹ちゃん、責任を感じたのね。二人の相手を引き離して、一対一の対戦に持ちこめば勝機があると思っての行動だけど、実際に二人は引き離せていない。『意志』の差なら私たちが優勢でも、戦闘経験の差で圧倒されてる。『永久凍土』がここまで勝ち進んでこれたのは、アンナ・リリーホワイト一人だけの成果じゃないようね)
ジャッキーは、ここで大きく深呼吸をする。
(社長さんは、私に冷静でいろと指示したわ。さて、冷静に考えて、この離れた位置から、どうやって真樹ちゃんを支援するか……それを考えなくては)
パーヴェルとヴィタリーは、背中を合わせたまま、真樹とジャッキーの両者を見渡せるよう、立ち位置を調整した。
「良いか、パーヴェル。繰り返しになるが、攻撃は常に二人で行う」
「わかってる、ヴィタリー。オレたちの息が究極にマッチングしているところを見せてやろうぜ」
「当然に、ねらいもどちらか一方に集中する。どちらをねらうかは、状況判断だ」
(それぞれの判断が分裂するなんてことは期待できない)
ジャッキーは、一歩分だけ、彼らに近づいてみた。
彼らの反応は無かった。
(憎らしいくらい冷静ね。私の動きに惑わされなかった。つまり、はっきりしてるわけね。ねらいは……)
ジャッキーは、さらに彼らに近づいた。
今度は明らかに攻撃姿勢を見せていた。
(真樹ちゃんに攻撃を向けさせない……二人の判断の裏をかく……)
「やはり動いたな、ジャッキー・ロワイヤル……」
ヴィタリーはニヤリと笑って、ジャッキーの方を向き、右脚を上げる姿勢になった。
同時に、パーヴェルの右脚が上がり、二本の脚によるダブル・カウンターキックを繰り出した。
(なるほど……)と、ジャッキーはうなずいた。
(真樹ちゃんにねらいを定めたと見せかけて、私をねらっていたというわけね)
二人同時の蹴りは、ジャッキーの腹の真ん中へ入りこんだ。
だが、それは空振りに終わった。
(私も、私にねらいを向けさせるという行動を取っているのよ。攻撃を受けるのは承知の上)
「ヴィタリー、姿勢を戻すんだ。オレたちが見せられているのは幻影だ。ジャッキーの位置は、正確に把握できていないようだ」
そして、真樹は、二人がジャッキーに注意を奪われた一瞬の隙をついて、背後まで迫っていた。
「それは、もちろんそうだとも」と、ヴィタリーは落ち着き払っていた。
「ジャッキーを把握するのは困難だとわかっていた。だから、我々のねらいは、最初からハーモニー真樹の方だ」
パーヴェルは姿勢を低くして、真樹の足元をねらう蹴りを繰り出した。
真樹は、その攻撃をとっさに回避しようと飛び上がった。
「もらった」
ヴィタリーは、真樹が飛び上がった瞬間に両腕で腹部に抱きついた。
真樹は振り払おうにも、ヴィタリーの猛烈な勢いに対抗できず、そのまま背後に押し倒された。
「真樹ちゃん!」
ジャッキーが声を上げるが、あっという間の展開に、手も足も出せなかった。
真樹の背中が床につく直前に、ヴィタリーは伸ばしていた手を引っこめ、真樹の上に乗るような体勢で着地させた。
長めのホイッスル。
背中が床に着いた真樹の敗北が判定された。
闘技場内の選手たちの動きが止まった。
「うう……ごめんなさい……」
真樹は、べそをかきながら、自らの敗北を詫びた。
ヴィタリーは、速やかに真樹から離れた。
「立てますか?」
場内に入ってきた救護班が、真樹に声をかけた。
真樹は、ゆっくりと立ち上がり、救護班と共に退場した。
「やったな、ヴィタリー!」
盟友のパーヴェルが、右腕を上げた。
「ああ、そうだな……だが、まだ終わっていない」
ヴィタリーは、なおも冷静だった。
「真樹ちゃん……」
ジャッキーは唇を咬みしめ、全身を震わせていた。
「守ってあげられなかった……私としたことが……」
《この先、どんなことが起きようと、ジャッキーさんは冷静でいなければなりません》
梨菜の言葉が、心の中を何度も共鳴していた。
「このままでは終われない……私の役割を果たさなくては」
ジャッキーの闘志が、さらに燃え上がった。




