六十九
段 深緑は、とある個室カフェで、2杯目のバナナスムージーを太めのストローで吸い上げていた。
断っておくが、ここでの2杯目というのは、決して時間の経過を意味するものではない。
段は、最初に注文したバナナスムージーをわずか数秒で飲み干してしまった。
つまり、2杯目の意味は、段のバナナスムージーに対する『どハマり度合い』を意味している。
段は、出発前に梨菜と会話した場面を思い浮かべていた。
「アンナ・リリーホワイトから誘いを受けてな」
段がそう伝えたが、梨菜はほぼ無反応だった。
「ウチと話がしたいらしいんや」
「『永久凍土チーム』へのお誘いでしょうか?」
「願い下げや」と、段は否定した。
「ウチは、予選リーグでアレに負けとるんや。味方になってしもたら、もう仕返しできへんやんか。それに、ウチはあんたと敵対して対決しとうない……あんたには、到底勝てそうにないし……それに……せっかく友だちになったんや……ウチは友だちを傷つけたりするのはイヤなんや」
「ありがとうございます」
梨菜は、ペコリと頭を下げた。
「お友だちと言ってもらえて、とてもうれしいです」
「当然や」
段は、いつものように溌剌としているように見えるが、どことなく煮え切らない雰囲気があった。
「あんた、アンナのこと知ってるか?」
「いいえ」
「ウチは戦ったから、どれくらいの強さかはわかる。たぶん、あんたの方が強い……『永久凍土』は、決勝リーグ1回線目の『姫檜扇水仙チーム』にも負けとるしな……そやから焦ってるんやないかと思う」
「つまり、私に関する情報を聞き出そうと」
「まあな」
段は苦笑する。
「そんな頼みなんか断ったりゃエエんやけどな……別にアンナと仲良しなわけやないし……アレは何となくウチの好かんタイプやな」
「それでも、段さんは会おうと思ってるわけですね」
「情報料を払うと言ってきたんや……」
段は苦笑に加えて、梨菜の顔を見たり、視線を逸らしたりを繰り返した。
「お金がもらえるんやったら、ウチはお金が欲しいんや」
「まあ……いただけるモノは、遠慮なくいただいたら良いと思いますよ」
「あんたのことを売るんやで」
段は、キッと鋭い目つきで梨菜を見る。
「そやから相談なんや。当たり障りの無いところを話して終わたろと思っとる」
「質の高い情報なら、きっと高く売れるんじゃないですか」
梨菜は言うと、段のすぐ目の前まで近づいた。
「右手を出して下さい」
「何や……何をする気なんや……」
段はうろたえながら、右手を梨菜に差し出した。
梨菜は、段の右手を力強く握りしめ、大きく深呼吸した。
「これでOK」
そうつぶやくと、段の右手を解放した。
「あんた……今……」
段は茫然とした顔で、梨菜を見つめた。
「私に関する全ての情報を段さんに送りました。生い立ちも、プライバシーも、全て引き出せるはずです」
「……あんた……」
段は両手を握りしめ、全身を震わせていた。
さっそく、梨菜の情報を読みに行ったのだ。
「あんたも苦労したんやな……」
イジメに遭っていた生い立ちから、現在に至るまでのホンの触りを読んだだけだが、段は両目を潤ませて、そう言った。
「アンナ・リリーホワイトが知りたがっていることは、そこから引き出して下さい。遠慮はいりません。何ならそのまま全部渡してしまっても良いですよ」
梨菜は肩をすくめ、おどけ気味に言った。
「その代わり、お小遣いをもらったら、美味しいミックスベリータルトをご馳走して下さいね」
「おおきに……矢吹パンナ……あんた……スゴいな……」
段の両目に溜まっていた涙は頬を伝って、顎の方へと流れ落ちた。
回想から戻り、二杯目のバナナスムージーをぼんやりと見つめた後、カップ上面に垂直に差してあるストローに口を着けた。
今度は、味わいを確認するようにゆっくりと吸い上げた。
そこへ、長い銀色の髪の少女が、段の個室エリアに入ってきた。
「待たせましたね」と、親しげにアンナ・リリーホワイトが声をかけてきた。
闘技では、螺旋状に巻いて頭上にこじんまりと収めていた髪を、今はストレートに背中の真ん中あたりまで伸ばしている。
服装は、スワロフスキーの輝きを放つ四つボタンの付いた白いフレンチスリーブシャツに、細いプリーツの入ったローズピンクのロングスカートを着ていた。
アンナは、段の正面に着席し、キラキラ輝く大きな銀色の瞳で段を見つめた。
段の方も、宿敵との会合に備えて、少しばかりおしゃれを意識した。
『強天使』と初顔合わせの時に着ていたのと同じ白いフリルネックのブラウスに、ペリドットグリーンのふんわりした麻リネンのマキシスカートに加えて、化粧もほんのり施した。
自慢の黒髪には最強のツヤめきが設定され、訛りを含むしゃべりを入れなければ、どこから見ても清楚な美少女が完成していた。
レナとアド・ブルの支援による成果だった。
あの子らにも、ご馳走したらなあかんな。
段は、そう思ってクスリと笑った。
アンナの着席後、二人の間に会話は無く、いきなりの沈黙からスタートした。
「えっと……」と、段の方から切り出した。
「ウチに、用事があると呼んだのは、そっちやろ?」
「……そうでしたね」と、アンナは言って、あたふたし始めた。
「何を……まず聞いたらいいか……」
「?」
段には、アンナがあたふたする意味がわからなかった。
「いろいろと教えてほしくて……」
「お金は?」
段が確認したいのは、まずそこだった。
アンナはキョトンとした顔をした後、思い出したように小さなハンドバッグから札束を取り出した。
かなりの金額である。
段は反射的に息を飲みそうになったが、そこはグッと堪えて、平然とした見かけを維持した。
「それで、ウチに何を聞きたいんや?」
「それは……その……」
アンナは顎を引いてうつむき、上目で段を見た。
「あのヒトのことで……」
「ウチのボスのことやろ」
まどろっこしさを感じた段は、早く話を進めたくて、自分から駒を繰り出した。
「ボスのどんな秘密を聞きたいんや?」
「あの……もちろん……話しにくい内容もあるでしょうから、段さんの迷惑にならない範囲で良いんです」
「?」
段は首をかしげた。
(大金を出しとるのに、何でこの子は弱気なんや?)
「いろいろ不安なんやろ? ボスには、いろいろ答えてエエよって許可もらっとるから、聞いてくれてエエよ。こんな大金出しとるんやから遠慮せんと……」
段がそう伝えると、アンナはまたもやキョトンとした。
「矢吹さん……知ってるんですか? 私が……段さんに相談した話……」
「そりゃ当然」
段は臆面もなく、そう答えた。
「そういうのって……普通は内緒にするんじゃ……』
アンナの口調には、イラつきが混じっていた。
「何が普通か知らんが」
段は、平然と立ち向かった。
「そういう話をボスに内緒にせなあかんルールは、ウチには無いで」
「矢吹さんには知られたくなかったのに……」
もじもじしながら、ぐずぐずと小声でつぶやき始めたアンナを見て、段は何となくこういうタイプを他で見たことがあるように感じた。
それが何だったのか、すぐには思い出せなかった。
「でも……まあ……矢吹さんに知られてるなら、それで仕方がありませんね。過去は取り戻せませんから」
アンナの口調は、段を咎めるような刺々しさに満ちていた。
「何が問題なのかわからんが」
段は意に介さず、跳ね返すように言った。
「別に気にせんでエエって、さっきも言ったやろ。ウチのボスは気前がエエんや。おそらく、あんたが欲しがってる情報もひとまとめにして、全部ウチに預けてくれてな。全部、渡してもエエって言われてるで」
「え?」
アンナは、有り得ないというふうに目を丸くした。
「けっこうな大金を出してくれてるから……まあ……エエも悪いも全部渡したるけどな……ウチのボスの過去はエグいで。見るんやったら覚悟しといた方がエエな」
段は、アンナに向けて右手を伸ばした。
「預かってる情報をそのまま送ったるわ」
「……ちょっと待って下さい」
アンナは、音が出るくらいの勢いで唾をのみこんだ。
「覚悟が……いるんですよね……」
「そうや。準備ができたら、おいで」
アンナはためらいがちに何度か深呼吸を繰り返し、心に決めた瞬間は唇をキュッと結んで、段の右手を握りしめた。
「ああ!」
アンナは、すぐさま悲鳴を上げ、手を引っこめた。
「……」
両肩を上下させ、呼吸を整えようとしているアンナを見て、段は同情した。
「大丈夫か?」
「……おぞましい……」
アンナから出た言葉は、それだった。
「……汚らわしいです……そんなヒドい過去なんて……」
「過去に対する評価なんて無意味やな」
段は冷静に言った。
「あんた、肝心なとこ見逃しとるな。ウチのボスは、この過去を乗り越えてるんやで。ボスが強い根拠やな」
「……」
アンナは何も言わずに立ち上がり、そそくさと店を出ていった。
その時、ふいに段は思い出した。
「あの子……誰かに似てると思たら……キュア凶子やな……」




