六十八
水野警視監は着席したまま、両目を閉じて思案にふけっていた。
彼の正面には、スチール製の椅子に身動きが取れないよう頑強に拘束された新谷 紅がいた。
場所は、本国に向かいつつある警察庁がチャーターした送還船内の一室。
時は、WGBG予選リーグにて『強天使』が優勝した翌日である。
送還の対象者は、WGBG参加者の内の日本国籍のある指名手配者数名で、新谷とオカダイはもちろんそこに含まれる。
オカダイに対しての取り調べは、すでに完了しており、今は新谷が相手だが、その始まりの場面でちょっとした論争が起きた。
その話を起こす前に、一つ説明しておきたい事がある。
それは、水野が行う取り調べについては、『黙秘権』が被疑者に対して与えられないという点である。
なぜなら、強い『意志』を備えている前提は必要だが、『情報側面』を持つ『権限者』ならば、被疑者への接触行為によって、本来なら自白によって得られる情報を難なく得られてしまうからである。
取り調べが完了したとされるオカダイからは、その方法でいわゆる『自白情報』を入手していた。
その情報を証言として成り立たせるため、取り調べの際には、水野以外に2名の『権限者』を立ち会わせ、入手情報の付き合わせを行うことにしている。
その2名というのは、裁判所が指名した者たちで、水野とは利害関係を持っていない。
要するに、水野とは初対面の者たちである。
水野だけが入手した状況では、対抗者側に捏造の可能性という突っ込み所を与えてしまうので、複数人で同じ情報を共有することで証言として扱うことができるというわけだ。
「『黙秘権』は、その名称が示すとおり、私の持つ権利である」
これは、新谷が水野にぶつけた言葉だ。
さらには、
「『権限者』の接触行為による情報収集は、プライバシーの侵害行為だ。私が刑法上の被疑者であろうと、守られるべきプライバシーはあるはずだ」
と来た。
この主張が、冒頭で表現したとおり、水野を黙らせてしまった状況を生んだというわけだ。
「先生」
水野は、裁判所の指名により派遣された『権限者』の一人に向かって言った。
ちなみに、この人物は見た目年齢は50代後半くらいの紳士で、名は真鍋といい、職業は弁護士である。
「今の被疑者の言い分、尊重すべきでしょうか?」
その問いかけに対し、真鍋はこう答えた。
「そもそも『黙秘権』は、捜査側が有利な自白を得るために脅迫等の手段を行うことを防止する目的で設定されたものです。今の状況では、捜査側に有利な自白を求める趣旨はありません。こうして警視監とは全く利害関係の無い我々も加わっての取り調べを行っているわけですから。我々の目的は、事実の追求です。まあ、この被疑者のように勘違いしている者はいますがね。『黙秘権』は、自分に不利な事実を自白しなくても良い権利ではありません」
水野は、真鍋の意見を聞き、ニヤリと笑う。
「そして、プライバシーの侵害についてですが、従来の供述による取り調べにおいても、捜査の必要な範囲で個人情報を聴取することはありました。『走査』による情報収集の場合、副産物として捜査の範囲を越えた個人情報を収集してしまうことは有り得ますが、それが直ちに違法であると言えるものではありません」
「ありがとうございます」と、水野は頭を下げた。
新谷は黙ったままだった。
「さて、『走査』を始めようか。取り調べは、キミに接触するなどという危険なことはしない。キミが座っている椅子が」
水野は、スチール製の椅子を誇らしげに見つめる。
「自動的にキミから情報を吸い上げてくれる。そして、『AI解析』を経て、キミが懸念する過剰なプライバシー情報を削除した後に、我々の手元に届けてくれる」
「……」
新谷は、行動的に『黙秘権』を実践した。
「私が知りたいのは、『予言書』の現在の在処と、最終的な行き先だ。在処に関しては岡 大から解明できた。あとは、キミが誰に頼まれ、誰に届けたのか、それを知りたい」
すぐさま部屋に印刷された供述書が届いた。
水野はそれを受け取り、じっと読んで、思わず声を上げた。
「そんなバカな!」
驚いた立ち会い人の二人は、揃って水野の持つ書類を覗きこんだ。
新谷は不敵な笑みを見せていた。
* * *
レナは目を細くして、両手の平が相手に見えるように前に出した。
指の間には、細く膨らむ風船を何本か挟んでいた。
「キミらさ……真面目にやってくれないかなあ」
いかにも「キミら」と呼んだ相手を侮辱するような口調で言うと、閉じていた指を一斉に開いた。
風船がピイピイと音を立てて、あちこちに飛んでいった。
段とアド、ミキミキ、蛭沢 桃が両膝を叩いて、笑い転げた。
ここは、『強天使チーム』滞在ホテルのミーティングルーム。
選手と関係者は、仄香を除く全員が参加していた。
その他のメンバーである、梨菜、日向、柴田、オイゲン、香子、ジャッキーは大きめの丸テーブルを囲んで雑談、真樹は梨菜と背中や肩、上腕が密着するようにもたれかかり、酔いつぶれて寝息をかいていた。
丸テーブル組が話題にしていることといえば、決勝リーグ1回戦目の振り返りから始まって、2回戦目の対戦相手である『永久凍土チーム』のことなどを交えながらゆるゆると共有し、日向が柴田の裏切り疑惑を切り出したのをきっかけに、今は柴田の話を聴く展開を向かえていた。
「まあ……結局は、西藤所長の指示でやってたんだけどね……」
「我社の機密情報を敵側に渡すことを、研究所長が指示したというのですか?」
一応、事情は一通り柴田から聞いていたものの、どことなく暗雲が晴れない日向は、ついつい口調に鋭さを加えてくる。
「西藤所長には口止めされてたんだけど……まあ……ある程度は話しても良いかな……実は、流した情報がどこへ行き着くかを調べてたんだ」
「機密情報の行き先……」と、梨菜がつぶやく。
「機密情報が媒体保存とかされていたんですか?」
梨菜の質問に対して、柴田は嬉しそうに笑顔を返した。
「ボクが流したのは媒体保存されていない情報です」
「ちょっと待った」と、オイゲンが口を挟む。
「記録メディアとか形になっていない情報をどうやって追跡してあげるんだ? 空気の流れとか読むような話だぞ」
「噂話を追いかけるような感じね」と、ジャッキーも追随する。
「情報そのものの行き先を追いかけることは困難だけど、情報に基づいた効果を得た人間を追うことはできるんじゃないかな」
「どういうことですか?」と、日向。
「効果を得た人間に、何らかの痕跡が残るようにすれば良い。あとは検査でそれがわかる。パンナさん、ほんの少しで良いんだけど、臨界したMEを分けてもらえるかな」
梨菜は言われたとおりに、小指の先ほどの量のMEを練り出し、その光り輝く破片をテーブルの上に載せた。
柴田は、足元に置いていた自分のポーチから携帯端末と小さなルーペのような機器を取り出し、それらをケーブルで繋げた。
そして、ルーペをテーブル上のMEに近づけ、端末の画面を皆に見えるように置いた。
「パンナさんは、ウチの『量子情報物理工学研究所』で『権限』を『覚醒』させたヒトだから、その関係の痕跡が残っている。見えるかな……」
柴田が示す画面には、「0E0103」と表示されていた。
「『権限者』がMEを『臨界』させた時に、特定の量子に対して意図的に『重ね合わせ』が起きる仕組みになってる。これは、その部分を読み出し、情報として表したものだ。その意味は、16進数で表現された数値をアルファベットの頭から数えていけば良い。『0E』は14番目を意味し、アルファベット順に置き換えると『N』、『01』『03』は『A』『C』だから『NAC』になる。西藤のN、それにアカデミーだよ」
「おお」と、一同は声を上げる。
「キミらさ……真面目にやるのね……」
今度はピンクが風船を飛ばしている。
「桃すわん、ナマってるのですわん」
ミキミキ始めお笑い組は、丸テーブル組の話題などそっちのけで大はしゃぎである。
「こういうのをね、業界では『メタ情報』と読んでるんだ」
柴田は、隣の騒ぎを気にせず、説明を続ける。
「『権限者』に接触して検査する方法が一般的だと思ってました。この機械……部長が作ったんですか?」
日向の質問に対して、柴田は軽くうなずいた。
「まあね……で、次はオイゲンくん、パンナさんみたいに、ちょっと出してみて」
今度はオイゲンがMEの欠片をテーブルの上に載せ、柴田はやはり同じように特殊ルーペを当ててみる。
画面に写った情報は「131B1C」だった。
「10進数に変換すると『19』『11』『12』、アルファベット順だと『SKL』だ」
「SKL!」
香子が思わず声を上げ、慌てて両手で口を塞いだ。
「あんたらさ……マジメにやんなよ……」
今度は、段が風船を飛ばした。
「もう……段ちゃん過ぎるわ」
アドが爆笑していた。
「おそらく、世に出ている『権限者』のほとんどがこれだろうね。むしろ『NAC』の方がマイノリティだよ。段ちゃんのように生まれつきのヒトは刻印無しのケースもあるけどね」
「それって……」と、日向。
「新谷の漏洩による影響ってことですよね」
「すでに全世界に広がってるんじゃないかしら」と、ジャッキー。
「それだけでは、追跡なんてできないわ」
「メタ情報には、続きがあってね」
柴田はルーペからの情報をさらに写し出す。
数字とアルファベットがごちゃごちゃと現れ、もはや変換が面倒くさい状況になった。
「解読は省略するけど、ここにはオイゲンくんを特定するコード、『権限者』として覚醒した場所と日時も含まれてる。要するに、検査によって、関係した研究所や時系列もわかるんだ」
「対象の範囲が広すぎますね。一人一人を検査して回るわけにはいきませんよ」
これは梨菜の意見。
柴田は、梨菜に対しては笑顔で答える。
「検査対象は、当然に絞りますよ。だいたい目処はついてますから。それに検査を行うのはボクではありません。監視システムが行います」
「監視システム……」
日向は、今の柴田の説明を聞いて、大きな違和感を感じた。
「全世界を監視するシステムですか?」と、梨菜が尋ねた。
「もちろん」と、柴田は答えた。
「そんな大きなシステムの存在は……仄香さんからも聞いたことがありません」
「パンナさん……ゴメン……これ以上は話せないんだ。ボクがキミに話すことで、歴史に大きく『干渉』する危険性がある……」
「……私はまだ見たことがありませんが……」
と、日向が話し始めた。
「もしアレが……監視システムを担っているとしたら……」
「ヒナちゃん、やめるんだ」
柴田の注意で、日向はハッとした。
いつものおどけたような表情ではない厳しい目つきをした柴田がそこにいた。
こんな柴田を見るのは初めてだった。
「社長さんの前で、隠し事をしても無駄よ」と、ジャッキー。
「そんなことは、おわかりでしょう?」
「ジャッキーさん、お気遣いありがとうございます」と、梨菜が言った。
「柴田さん、大丈夫ですよ。私は、皆さんとお話しする時は、心を読んだりしてませんから。皆さんの意志で声にされた事のみを聞くようにしています。日向さん、真樹さんを」
梨菜は、もたれ掛かっていた真樹を日向に預け、お笑い組の方に向かった。
「オリジナルを差し置いての盛り上がりは許しませんよ」
梨菜は言って、風船を手に取った。
「出た! 社長芸や! みんな、観なあかんで」
皆が梨菜の参加を歓迎した。




