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レモンティーン  作者: 守山みかん


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67/136

六十七

段が見た『予測』は、3方向から飛んできた矢が、ジャッキーの左胸に集中し、その強大な力で心臓を串刺しにしたまま、さらに矢は突き進み、肋骨を砕き、背中を破って、心臓が外に(さら)されるという無惨な状況だった。

(……ひどい……)

そのあまりの残酷さに、気丈な段でも両肩を震えさせ、両目からは大粒の涙が流れていた。

当のジャッキーは、迫り来る矢を冷静に見つめ、右から来る二発は右手の人差し指、中指、薬指の間で、左からの一発は左手の人差し指と中指の間で、いとも容易に挟んで命中を阻止し、侮蔑した目付きで、弓術家たちを見つめた。

「へ?」

この予想外の状況に、段は驚きを越えて、逆に茫然とした。

測定器(Viscator)は51202を示していた。

「キミらさ……」と、ジョッキーは口を開いた。

目付きからは、侮蔑の色が消えていない。

「真面目にやってくれないかなあ。戦法とか、攻撃方法とか、そういうの第1ピリオドの連中と同じじゃないか。暗殺者だか何だか知らないけどさ、何度も同じ手が通用すると思ってるあたり、考えが甘いよね」

ジャッキーはそう言うと、指で捕まえたトンボを逃がすように、三本の矢を解放した。

ただし、向きは逆方向だった。

矢は、撃った本人に正確に戻っていき、それぞれの心臓の中心を容赦なく射ぬいた。

ほんの一瞬の出来事だった。

三人の弓術家たちは、そのまま背後に倒れ、動かなくなった。

長めのホイッスル。

『弓術家星』チームの全滅。

「私たちの勝ちよ」

能力的に『予測』ができないアド・ブルは、無邪気に喜んだ。

梨菜は、当然というように涼しい顔をしていた。

あまりに急な展開で、段は何が何だかわからない様子だった。

「……姉さん……すご……」

ただ、それだけをつぶやき、何度も息を飲んだ。

「……あの……失礼な言い方やけど……まさか姉さんに……そんなスゴい(ちから)があったやなんて……」

段は、ジャッキーに向かって最敬礼した。

「お見それしました!」

「ちょっと……段ちゃん、頭を上げて……違うのよ」

アド・ブルの頭の上に『?』が現れた。

なぜなら、今の言葉を返したのが梨菜だったからだ。

「……社長さん……もう、良いわよね」

梨菜はそう言うと、小さなため息をもらした。

すると一瞬にして、今まで梨菜の姿があった場所にジャッキーが、そしてジャッキーのいた場所には梨菜の姿が現れた。

「矢吹パンナ!」

段が思わず声を上げた。

「段ちゃん、選手名(アスリート・ネーム)とはいえ、社長さんに向かって呼び捨ては失礼よ」

段に向かって、ジャッキーの注意がすかさず入った。

「構いませんよ」

梨菜は、イタズラっぽい笑顔で、チームメンバーを見渡した。

「ジャッキーさん、本当にありがとうございました。おかげで作戦がうまくいきました」

「こちらこそ」と、ジョッキーも笑みを返す。

「私が狙われるのはわかってましたから。身代わりを引き受けていただき、私を守っていただきました。私こそ、お礼を言いたいですわ」

「全然、気づかなかったわ」

と、アドがジャッキーに向かって無垢に言った。

「いつからパンナちゃんと入れ替わってたの?」

「まあ……最初からかな……試合開始に合わせて、こっそり『魔界(カーマ・ダートゥ)』を仕掛けたのよ」

「ほえ……」

段は、未だ驚きの様子で、梨菜の顔をまじまじと見つめた。

「ウチの『予測』は、完全にスカやったな。その設定は、まったく想像できんかった。どおりで、姉さんにしては余裕こいてると思ったんや。50000超えの『意志』を指先で返しちゃって……やっぱ、ウチらのボスはスゲエな」

「その判定、とうてい認めるわけにはいかないな!」

大音量で、場内のスピーカーから不服の声が響き渡った。

(そう) (ほう)が顔を真っ赤にして、マイクを握りしめている映像が、会場内の全てのディスプレイに写し出された。

「第7星がリタイアした後に、闘技は一時中断となっていたはずだ。中断中の攻撃行為は規則違反ではないのか? この勝利判定は無効だ」

場内がざわめく。

宋の隣には(リュウ) 梓朗(ズゥラン)が両腕を胸の前で組み、両目を閉じて立っていた。

「何を言い出すかと思えば」

と、梨菜が受けて立った。

「私がしたのは回避行為です。第7星がリタイヤした直後に『弓術家星』がした攻撃が、一時中断を通告するより早かったことで『AI審査』がその攻撃を有効としたから、私は回避するしかなかったのです。それとも、宋閣下は、私に回避せずに黙って矢に撃たれろ、と、おっしゃりたいわけで」

「そうは言っていない!」

宋はムキになって、大声を上げる。

「お前は、矢を投げ返している。それが、攻撃行為だと言ってるんだ!」

「閣下、相手は18歳の少女ですよ。観衆たちの印象がかなり悪いです」

劉がなだめるが、宋は「うるさい」と振り払った。

「私のした行為は、攻撃行為にあたりません」

梨菜は、努めて冷静に反論した。

「私は矢を受け止めた時に、自分の『意志』を一切注いでいません。私自身も、『横取』したカウンター攻撃が違反行為とされてしまうのを恐れていましたから。だから、(ちから)の働く向きを自分に当たらない方向に変えただけです。それが偶然にも、三人の心臓に命中してしまったというわけで」

「出た……」と、レナがあきれ顔でつぶやいた。

「何が出たの?」と、日向が尋ねた。

「あ……いえ……その……」

レナは、言いにくそうにモジモジしながら、こう答えた。

「社長が……自分でも言ってたんですが……心の中に悪いヤツがいて、時々それがとんでもない悪意を噴出しながら外に出てくるって……」

「それが今か……」

日向もあきれ顔になった。

「確かに……これまでにも梨菜さんに毒があるのを感じた瞬間がありましたね……」

「偶然、心臓に矢が刺さっただと!?」

宋の顔がますます赤くなった。

劉は、やれやれと首を横に振る。

「ウソを言うな! そんな偶然があるわけないだろう!」

「認めたのは『AI審査』です」

梨菜は憎らしいくらいに落ち着き払った態度を示した。

宋の怒鳴り声は、彼女にまったくダメージを与えていなかった。

「『AI審査』は、私たちに違反判定をしていません。『弓術家星』の奇襲攻撃を有効としたのも、私たちに勝利判定をしたのも、全て『AI審査』です。つまり、私の回避行為によって、不幸にも『弓術家星』たちの胸を貫き、全滅となった偶然を『AI審査』が有効と認めたのです」

「バカな……こじつけもいいところだ!」

「WGBG参加の際に、関係者全員が誓約しましたよね。『AI審査』の判定に従い、不服申し立てはしないと」

「うぬぬ……このボクに向かって生意気な(くち)を……」

「閣下、状況を理解して下さい」

熱くなっている宋に、劉が語りかけた。

「劉……」

宋の赤に満ちていた顔に、淡く白みが混じっていた。

熱が、少しだけ下がった様子だった。

「閣下……旗色がずいぶんと悪いようです。観衆をご覧下さい」

劉は、画面を切り替えて、カメラを360度ぐるりと回すように観衆の映像を宋に見せた。

多くは、矢吹パンナを応援する声で満ちていた。

「閣下が相手をしているのは、今やWGBGのトップスターと化した少女です。彼女は美しく強いだけじゃない。多くの共感者(リスペクター)を持つカリスマと言えましょう。今の閣下との論戦で、彼女の持つ知的レベルも高評価されたようです。はっきり申し上げまして、もはや閣下の手に負える相手ではありません」

「……」

劉の言葉を聞き、宋はすっかり鎮静した。

「……なるほど……もう、ボクが(かな)う相手ではないんだね……劉……ボクは、どうしたら良いだろうか?」

冷静になった宋を見て、劉は満足そうに微笑んだ。

「陳謝するしかありません。多大な人気を誇る矢吹パンナを敵に回すことは、閣下にとって多くの敵を作り上げることになります。『強天使』の勝利判定に不服を申し立てたことを取り下げ、自らに非礼があったことを認めるのです」

「……わかった……」

宋はうなずき、マイクに向かった。

「……申し訳ない……」

宋の素直な謝罪に、場内から「おお」と、どよめきが起きた。

「……ボクが間違っていた……運営側でありながら、大会規則を正しく頭に入れていなかった……非は明らかにボクにある」

宋はそこまで言って、梨菜がいる方に視線を向ける。

「矢吹パンナさん……ボクがした非礼の数々を、今ここで謝らせてもらう。決勝リーグ、第1回戦の勝者は『強天使』だと認めるよ……」

観衆から、宋に向けて、大きな拍手が起きた。

「……あの宋鵬が、頭を下げた……」

段はディスプレイに写る宋を見つめ、ただ立ちつくしていた。

「何があったんや……宋が自分の非を認めて謝るやなんて……あの自己中野郎が……ウチには信じられへんわ……」

「自分の利益のためには、何だってやる男よ。プライドだって捨てられるわ」

ジャッキーは冷めた声で言った。

「……やはり私が目指す敵は……かなり手(ごわ)いようです」

梨菜はジャッキーに繋げるようにつぶやいた。

「社長さん……あなた……」

ジャッキーが何か尋ねようとしたが、梨菜が宋が写るディスプレイをまっすぐに見つめているのを見て、ためらった。

そこには、梨菜の持つ子供のような純粋さと、(ひた)向きさが満ちあふれ、自分のような者が足を踏み入れると、真透明な水たまりを濁らせてしまうような近寄り難さが醸し出されていた。


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