六十四
「今のはどうだった?」と、宋 鵬は側近の劉 梓朗に尋ねた。
「『爆発』を起こしたタイミングが最高値で68751でした」
劉からの返答は、それだった。
宋は、感心したように何度も首を縦に振っていた。
「やはり、しくじったかな。キュア凶子は視野に入れていなかった」
「『LARGE』の予測には何度も名前が出ていました」
「判断の機会はあった、と言いたいんだろ?」
宋の表情が不機嫌そうに変わる。
「『予測』を信用する以前に、新谷を信用できなかった。あの小人に、このボクがまんまと一杯食わされた展開になったのは認めるよ」
「意思決定の瞬間に、私情を挟むべきではないとおっしゃったのは閣下ですよ」
劉の追求は、相手が上司であろうと容赦がなかった。
宋の眉がハの字になった。
「キミの言うとおりだ……反省するよ」
「まあ……」と、劉は肩をすくめながら言った。
「キュア凶子が導く利益は未知数でしたから、判断に迷われても仕方がないと思います」
「今さらだが、キュア凶子に関する情報は入手できたのかな?」
「それは、もう……すでに分析を始めていますが……」
劉は、気落ち気味に返答する。
「今大会では使えません。次回はありませんから、今後の使い道をどうするか……」
「弱気になるな」と、宋が活を入れる。
「『予言』の範囲が、このWGBGまでというだけだ。その先のことまではわかってない……と、信じていようではないか」
なだめるように言った後、大画面にアップで写っているハーモニー真樹に視線を向けた。
真樹は、疲れの混じったため息を漏らした後に、競技時計が示す残り時間を確認した。
あと2分を切っていた。
「マイハニー、次は凶子が狙われると教えてあげるよ」
オイゲンが真樹に耳打ちした。
「今の反撃でMEを大量に消費しているはずだ。敵にとって、守りが甘くなっている今が狙い時だ」
真樹も、それにうなずく。
3人になってしまった敵は、配置をバラけさせたまま、次の攻撃体制を取り始めた。
真樹たちは、相変わらずフィールドの中央部を占拠しているので、その間合いは9メートル程度になる。
敵三人は、同時に弓を引いた。
その狙いは、やはり凶子だった。
横に移動しながらの二段攻撃。
対して、真樹とオイゲンは、凶子と背中を合わせる隊列となり、全方向からの攻撃に備えた。
真樹とオイゲンが、楽に攻撃を跳ね返したのに対して、香子は十字棍で受けたところで、矢が棍に貫通し、危うく香子の鼻先で止まった。
「マイハニー、凶子はやはり限界だ」
オイゲンが叫ぶ。
さらに、敵は連続攻撃を仕掛けてくる。
「任せて」と、真樹は言った。
「みんなのおかげで、私はMEを満タンの状態で、ここまで来れたことよ」
三人の矢は、次も香子に集中して迫ってきた。
間髪入れずに、その後も群れを成した矢が続いて発射されてくる。
「相手も消耗してるはず。長くは続かない。オイゲンは、香子さんのフォローに回って。できるだけケガをさせないでね」
「マイハニー、ボクはいつだってレディーには優しいんだ。わかってくれてるだろ?」
オイゲンは、真樹に向かってそう答えながら、香子を襲う矢群を難なく払い除ける。
真樹は、右手のククリナイフの刃先を上向きに、左手を下向きに構え、両方の柄を合わせた。
柄の末端はお互いを装着できる構造になっており、組み合わせることで、いわゆる『両 剣』と呼ばれる武器に変身した。
三人の弓術家たちは、驚きで両目を大きく開くが、攻撃の手はやめなかった。
『臨界』
真樹の詠唱で、『両剣』は全体を輝かせる。
すでに数十本もの矢が放たれていたが、真樹は新たな武器を高速に回転させ、そのほとんどに接触させた。
真樹が処理しきれなかった矢は、オイゲンが払い落とした。
香子は、ほんの数本程度の対処しかできなかったが、辛うじて自分の身を守り抜いた。
真樹の『両剣』に接触した矢は、すべて空中で止まり、そのまま静止していた。
それは『横取』が成功したことを意味していた。
弓術家たちは横の動きだけは続けていた。
三人ともMEは枯渇していた。
これ以上、矢が発射されることはない。
震えるようなホイッスル。
防戦一方だった『強天使』に、二度目の『時間稼ぎ禁止ルール違反』の警告があった。
『弓術家星』のバトル・ポイントに2点が加算。
これで6点になった。
残り時間は、あと1分を切った。
真樹の反撃で、一人でも倒せなければ、もう勝ち目は無いかもしれない。
『横取』できた矢は、全部で36本。
真樹は、18本ずつを左右に別れるように反射させた。
第2星と第3星が通りかかろうとしたところで矢と遭遇するが、とっさに動きを止め、タイミングを外された矢は、彼らの目の前を通過した。
二人が安堵したのと、真樹から返された矢が大爆発したのは、ほぼ同時だった。
この時の『意志』の測定値は39442を示していた。
二人の体は大きく宙を舞い、第2星は床に背中を叩きつけられ、第3星は外堀に着水した。
ふいに、真樹の真正面に立ち止まった第4星がニヤリと笑い、すかさず弓を構え、弦を一杯に引いた矢を速射した。
矢は、正確に真樹の眉間を狙ってきた。
真樹もニヤリと笑い、『両剣』ではなく、『臨界』させた左手の中指と人差し指を前に出した。
矢は、難なく真樹の二本指で止められ、羽を押さえられたトンボのように動きを失っていた。
「いもうとを仕留めたのと同じ手口でなくって? いもうとも油断していなければ、私と同じようにできたことよ」
真樹は、捕まえた弓を燃焼させ、燃え殻を粉々にした。
「仲間はみんな倒したわよ。あとは、あなたが一人だけ。どう? ここで降参する?」
真樹の提案に第4星は、何も返事をせず、不敵な笑みを浮かべ続けていた。
真樹は『両剣』を構えて、第4星に突進した。
第4星は、なおも逃げようとしなかった。
標的が間合いに入ったタイミングで、真樹が構えていた『両剣』を大きく振りかぶった。
斬られる覚悟を決めた第4星は、両目をつぶって、真樹の攻撃を受け入れようとした。
真樹は、『両剣』を振り抜かず、代わりに右足で、第4星の左足を外側から刈り、土台を崩した。
第4星は、バランスを崩し、あっけなく尻餅をついた。
長めのホイッスル。
『弓術家星』のメンバー全員が敗退したため、第1ピリオドは『強天使』の勝利が確定した。
「……なぜ……」
今まで沈黙を維持してきた第4星が小さな声を発した。
「……私を斬らなかったのか?」
「私には戦意を失った者を斬る趣味は無いことよ」
真樹は、溌剌とした声で答えた。
「私に斬られたかったら、最後まで目を開けていなさい」
それを聞いて、第4星は笑みを見せる。
「……完敗だ……だが、第2ピリオドの相手は、こうはいかない……」
「わかってるわ」と、真樹はうなずく。
「だから、戦力を第2ピリオドに集めたことよ。私たちは前座なのよ。あなたたちもそうなんだろうけど」
そう言い残し、クルリと背を向ける。
真樹の足が向かう先には、オイゲンと香子が待っていた。
「皆さん、よく頑張ってくれました」
真樹は言うと、ペコリと頭を下げた。
「私たちの役割は終わりました。あとは天使様たちに託しましょう」
フィールドに残った三人の勝者に向かって、観衆たちの大きな拍手が鳴り響いた。




