六十三
日向 夕子の思考は、過去に遡っていた。
時は、『強天使』の優勝が確定した四日後。
場所は、岡産業株式会社の本社にある日向の専用室。
研究部門としての職務を遂行するために与えられた個室で、50平米超の広さを誇っているが、今やほとんどのスペースが自作の縫製機で埋めつくされており、チーム員の「戦闘服』の製作のため、機械をフル稼働させていた。
現行チーム員用のストックに加えて、新たに加わったチーム員用の製造、特にオイゲンが加わったことにより、初の男子用ショートパンツの設計開発もあったので、日向はその作業に負われていたのだ。
そこに、共に帰国した柴田 明史も助っ人として協力しているという状況だが、ほとんどの製造工程を日向がこなしており、柴田は布材の補充作業で関わっている程度だった。
日向は、手が空いたタイミングで、柴田に質問をぶつけた。
「機密情報をわざと新谷に渡していた、と言うわけですね」
事の真相を説明され、幾分か安心したことを明らかに示すように、その声色には喜びの抑揚がこめられていた。
「西藤所長の指示でね」と、柴田はサラリと答えた。
両手に戦闘服用に裁断済みの生地を抱え、縫製機に投入するタイミングを待っていた。
「特徴的な情報を意図的に放流することで、その行先を分析できるということだよ」
「特徴的?」と、日向が首をかしげた。
「欠陥を含んでいる、ということだよ」と、柴田は捕捉した。
「機能停止するほどの大きな欠陥ではない。使用可能な程度の欠陥であり、我々が放流したことを証明できるモノだ」
日向は、それを聞いた直後は、なるほどとうなずいたが、すぐに違和感を覚えた。
「流れの行先は、もうわかっていたのでは?」
日向がそう尋ねたが、柴田から返答は無かった。
(どの経路を通って、どこへ流れ着くかは、当初からすでにわかっていたはず)
真の目的を柴田が知らないはずがない。
それを柴田が語ろうとしない点、柴田と日向との間にはまだ秘密が残されたままである。
日向の思考が現在地点に戻る。
場所はラズベリーパーク闘技場。
WGBGの決勝リーグ第1回戦、第1ピリオド。
「戦闘服には、非常事態用にMEを貯めておく仕組みがあります」
と、日向が梨菜に向かって説明する。
「自動的に『治癒』を発動し、生命を維持するためです。つまり、即死を回避する仕組みです」
梨菜は、満足そうな笑みを見せる。
競技時計が一時的に停止し、4人の救護班が闘技場に急ぎ足で入場してきた。
ミキミキが左胸を射ぬかれた瞬間の測定器が示した『意志』の値は5986。
彼女の『意志』ならば跳ね返せる程度だが、明らかに不意討ちを食らった状況だった。
班の一人が倒れたミキミキの手首を掴み、生存確認を終えた後に『治癒』を開始する。
別の班員が左胸に刺さった矢を引き抜く。
ミキミキは瞬きを再開し、何かつぶやこうと唇を動かしたが、音として耳に届かなかった。
真樹には、それだけで十分だった。
救護班がミキミキを担架に載せ、場外に出ていくまで、1分もかからなかった。
時計が動き始めた瞬間の速攻に備え、真樹は香子に防御を任せることを指示した。
香子は、漫然と真樹の指示を聞き流した。
「香子さん」と、真樹は繰り返した。
二回目の呼びかけに、香子はハッとして真樹を見た。
「……私のせいです……私のせいで……ミキさんは……」
「気にしないで」
真樹は、落ち着いた口調で言った。
「今は闘技中です。私の指示に従って下さい。香子さんの協力が必要なんです」
「承知しました」
香子は幾分か気を取り戻し、十字棍を正面に構えた。
「凶子、キミが役割さえ果たしてくれれば、我々は有利に展開できてあげられるんだ。まだ大丈夫」
オイゲンも声をかけた。
香子は泣きそうにしながらも、笑みを返した。
再開のホイッスル。
時計が動き始めた。
一人欠員して三人の体制。
もう、ダイヤの隊列は組めず、三角形となってしまったが、真樹は作戦の変更は考えていなかった。
真樹の作戦とは、円形の闘技場の中心に陣取ることであった。
直径20メートルの円形の中心に立てば、敵陣を10メートル以内の間合いに置ける。
彼らの背後には堀があり、文字通りの背水の陣となる。
香子の強力な防護壁を盾にして、容赦ない総攻撃を仕掛ければ、遠隔攻撃しかできない敵陣に対して対抗できると考えていたのだ。
誰か一人でも倒せれば、敵の総合力を露骨に削ることができる。
だが、正直なところ、ミキミキの退出は痛恨だった。
唯一、遠隔攻撃が可能なユニットだっただけに……
真樹のククリナイフも、オイゲンの『牙獣』も、『光弾』の発射は可能だが、攻撃力はミキミキの『回転球』による爆発力の比ではない。
敵は、素早い動きで隊列をくずさずに移動でき、集中攻撃を仕掛けてくる。
いや、今の状況は……
真樹は、敵が東西南北に隊列をバラけさせ、我々を全方向から攻撃する体制に切り換えた状況を確認した。
「対策済みだったようだね」と、オイゲンが肩をすくめながら言った。
「相手は、今まではあえてそうしてきたようだが、隊列を組んで行動していた。だが、そもそもその必要は無かったんだよ。狙いは決まっているんだから。それぞれがどこに立とうと、同じ攻撃を繰り返すことができる」
4人の弓術家たちは、同時にオイゲンに向けて矢を放った。
「先ほどと状況が違うのは、このとおり4方向から攻撃されるということだ」
4人は同時に右か左かに移動し、1発目とは違う位置から2発目の矢を続行させた。
前回の攻撃と大きく異なるのは、別の弓術家が発射した1発目の矢の後部に2発目の矢尻を接続させている点で、捩れが起きているような錯覚を受けるが、全ての矢がオイゲンに正確に向かっていた。
ここは頭を下げれば矢を回避できると考えるが、そばにいる真樹や香子に流れて当たってしまうおそれがあることを考慮したい。
両手の『牙獣』で、4方向から来る全ての矢を受け止めればベストなのだが……
(4方向全ては無理だ。せめて、2つまでを体で受け止めてあげるしかないな。ミキミキのように心臓を貫かれないように注意して……)
覚悟を決めたオイゲンの横で、香子は十字棍の末端を握って、できるだけ高く掲げ、「糸状防御」と詠唱した。
高く上がった棍の先端に光が集まり、細い糸状になったMEが、まるで雨傘の骨のように、方々に伸びていった。
「凶子……キミは何を……」
自分に向かってくる矢の対処に集中しなくてはならない場面なのだが、オイゲンが香子の繰り出す妙技に興味を奪われた。
決して油断したわけではない。
オイゲンは、すぐに自らの対処が不要であると悟った。
香子が作り上げた傘のようなMEは、意志を持つ触手のように伸びて全ての矢を受け止めた。
「タコやな、あれは」と、段 深緑が思ったままに言った。
「私もそう思っちゃいました」と、レナがそばに来て言った。
二人は割りと気が合う友だち関係になっていた。
香子は、強力な気合いの注入で捕獲した全ての矢を一瞬で『横取』し、味方の陣を包むように伸ばしていた糸状のME全量を外向きに大爆発させた。
派手な爆音が轟き、ふざけて笑っていた段とレナは、思わず沈黙した。
オイゲンを狙った矢は、一変して発射元の弓術家たちに戻っていく。
自分が放った矢により負傷した者はいなかったが、強力な爆風により、弓術家たちは水際ギリギリのところで落とされないように踏ん張っていた。
「チャンスだ!」
オイゲンは、よろめいている第1星に向かって突進を始めた。
第1星は、猛スピードで体当たりを仕掛けてくるオイゲンを右側に変化して交わそうとしたが、オイゲンはその動きを読んでいた。
第1星の回避行動に合わせて軌道修正し、オイゲンの左肩によるタックルは、第1星の腹部の中心に入り、そのまま後方の堀に突き飛ばされた。
震えるようなホイッスルが響く。
退出者が場外に出るまで、競技時計は一旦停止する。
一人の退出により、これで同点……と言いたいが、バトル・ポイントは未だ相手が優勢。
逆転には、もう一人退出させるか、ダメージを与えるなどの得点稼ぎをしなくてはならない。
「香子さん、オイゲン、よくやったことよ」と、真樹が労いの声をかけた。
香子は、はにかみ気味の笑顔を見せた。
オイゲンは右手の親指を突き出す代わりに、『牙獣』を備えた右手を高く掲げた。




