六十
ウィリアム・ゴースワンは、割と辛抱強くウィルヘルム・フィッシャーの話に耳を傾けていた、と、客観的に評価できよう。
フィッシャーの声は、同年男子と比較して声のトーンは高めで、耳に残りやすい。
強い調子で断続的に聞かされた場合、その本声に纏わりつく余韻が、まるで日本人が仏壇に備えている『りん』のように内耳に共鳴し、三半規管に揺さぶりをかけるのである。
そのおかげで、ゴースワンは飲み慣れた黒ビールであったが、悪酔いしたような頭痛に苛まれた朝を迎えることになった。
そして、今は時を戻し、フィッシャーの不満に耳を傾けている場面を再現してみることにする。
「それで、キミは宋 鵬に一杯食わされたことを不満に思っているわけなんだな」
ゴースワンは、フィッシャーの不満の方向性を共有するために、様々な問いかけを繰り返したのだが、その問いかけの一つがこれであった。
「何と言ったら良いのかな」
フィッシャーは、一杯食わされたという事実を認めたくなかったので、ひとまず否定した。
「共同出資の提案を受けたんだ。その割について折り合いが付いてなかったというか……」
「何に対する出資なんだ?」
ゴースワンでなくても、誰もが尋ねてくる疑問である。
フィッシャーは、その問いに答えたくなかった。
口が滑った感があったが、不満の捌け口の提供を委ねるためには、共同出資について語るしかなかった。
「システムの開発を考えているんだ」
「何のシステム?」
ゴースワンは、容赦なく秘密を掘り下げようとしてくる。フィッシャーは、両手を前に出して、責め手に回ったゴースワンをなだめようとする。
「それについては秘密にしておきたいんだ」
「まあ……キミが話さなくても、容易に想像できるがな」
「ほう……キミは何を想像したというのか?」
「予測システムに対する『干渉』だ」
ゴースワンがはっきりと言い放つと、フィッシャーはバツが悪そうに下顎を左右に動かした。
「何を言い出すかと思えば……」
あきれているような物言いだが、少し躊躇が見られた。
「何か根拠が……」
「監査員に調査させた」
と、ゴースワンは大きめの声を押しこんだ。
フィッシャーは、再び口をつぐんだ。
「『LARGE4』が、他の予測システムによる『干渉』を検知していたんだ。最初は『少数派』の記録にのみ現れていたが、後にメインシステムでも『干渉』を考慮するようになった」
「……」
「『LARGE4』は、ホノを除くIMEAのメンバーの共同出資によって開発し、その約束事として『LARGE4』の導きによって得られた利益は均等配分する約束だった。もし、外部による『干渉』によって、それに利益が搾取されているのなら、均等配分という倫理は破られたことになる」
「……」
「『LARGE4』を欺く『干渉』システムを開発するには、当然に莫大な費用が必要だ。我々と言えど単独での出資は難しいが、共同すれば有り得る話だ。もちろん、その組み合わせとは、キミと宋 鵬のことを言っている」
「なあ、ゴス……それについては説明が……」
「利益配分を変えたいのなら、特に異論はないよ。私は、開催地の提供による収益を大きく得ているから、闘技の出場給に関しては放棄しても良いと思ってる」
「隠すつもりは無かったんだ。あくまでもWGBGの試合展開に対する『干渉』に留めるつもりだったんだ。だが、昨日、宋が妙なことを言い出したんで……」
「宋が何を言ったんだ?」
ゴースワンは、子供の言い訳に耳を傾けるように、右耳をフィッシャーの方に向けた。
「『ル・ゼ・ジャセルの予言』にある主語を、ホノから自分に変えたいということらしい」
「そもそも『予言』は……」
ゴースワンは、大きめのフィッシュフライを掴み、口に運んだ。
咀嚼する間は、言葉を止め、飲みこみ終わったところで、その続きを話し始める。
「ルとホノとのロマンスによって誕生し、ホノの利益を重視した内容だ。そこへ、我々が利益配分の範囲に加わり、ご相伴に授かった。いわば、厚切りのサラミのお裾分けをいただいたわけだが、ホノの取り分は全体市場の1割にも満たないのに、彼女からは不満の声が上がっていない」
「無欲なホノだから今の状態があるんだ。宋が主語になったら、ヤツの独り占めになるだけた」
「共同出資者であるキミに相談を持ちかけたのなら、キミと宋の山分けということになる。そうなった場合、私は良いとして、黙っていないのはマギーレインだな」
「『永久凍土』が決勝リーグまで勝ち進んでいる。彼女には大きな出場給が見こめる」
「宋のチームも二つ勝ってるだろう。あの男の強欲さは底無しなのか?」
「そう言えば、決勝リーグのルールを、当初から変更していたな。4人対4人のバトル・ロイヤルを2ラウンドするって。1ラウンドならそのままのチーム体制で行けたのに、多くのチームが4人ギリギリで構成していたんで、引き抜き合戦が沸いているようだが、何のつもりだったんだ?」
フィッシャーが素朴に尋ねる。
「一つは、興行的な効果をねらったんだ」
ゴースワンはフライをかじりながら、ニヤケ顔で答える。
「もう一つは、低能権限者の足切りだ。予選リーグ敗退チームの大半が司法機関による検挙等の理由で、解散を余儀なくされている。行き場を失った高能力の権限者は積極的にスカウトを行っている決勝リーグ進出チームに取りこまれ、力を示せる者全員が集結した状況と言える」
「『強天使』に、ウチのアド・ブルとオイゲンを取られてしまったぞ……」
フィッシャーは、つぶやくような声で言った。
やはり、喪失感は表に出るようである。
「段 深緑も加わったそうじゃないか。檸檬の天使達の内、三人を『強天使』が囲っている」
「キヨコが予選リーグ段階で、積極的に動きまわっていたからな。権限者の間でも、脅威とされているようだ。矢吹パンナは、戦いたくない相手の第一位になってる」
「アド・ブルも、かなり悩んでたようだ……『強天使』からスカウトが来て、気が楽になった……などと言っていた……」
「……なあ……フィズ……『LARGE4』の『干渉』によって、『レモンティーン』は分断されたと思っていたが……とどのつまり、決勝リーグにレモンティーンたちが集結している状況から、歴史は変えられていないのではないか……私はそう思うのだが……」
「正直に言うと、ボクは焦っているんだ。順序は変えられても、結果が変えられていない……その反面、ホノは、これまでずっと恬淡に振る舞ってきた。我々が何をしようと……本来の自分の取り分をどれだけ搾取されようと……お構い無しだった」
「キミがイラつく原因は、そこにあるのじゃないか?」
不意に、ゴースワンにそう言われ、フィッシャーはキョトンとした顔になった。
「事の始まりは、新谷 紅が、『予言』の内容をホノから奪い、我々に提供した事からだよ。MEの巨大市場が開拓され、IMEAが結成され、現在に至った。未だに、ホノの立ち位置は弱いが、この先の展開次第で一気に台頭してくる状況に至っている。このWGBGが、彼女にとって飛躍の場となるのだろう」
「それは、つまり……」
フィッシャーは、大きな音を立てて、空気の塊を飲みこんだ。
「ホノは……我々を利用して……」
ゴースワンは、フィッシャーが言いかけたことに対してうなずくしかなかった。
「市場成長を我々に任せ……今、それを収穫しようとしているのだろう……」
「まもなく閉店です」
ウェイターが二人のテーブルに近づき、そう告げた。
二人は、注文した飲み物や料理があまり消化されていない状況に気づき、無心に飲み食いを始めた。




