六
世界マジック・アイ協会
略式呼称『IMEA』が結成されたのは、ごく最近のことである。
『マジック・アイ』を、事業経営レベルで適切に取り扱うための協議を行うことを趣旨とする。
会議場は、会員在籍国のどことも関係を持たない永世中立国であるS国内の公共施設内に、特別に建設したもので、会員たちは、三ヶ月に一度の頻度で、この場所で定例会を行うこととしている。
今回の会合は、その二回目である。
協会のメンバーは、現在のところ、五社であるが、ここに代表として集合する五人が、世界の全部である。
高度な専門知識を必要とする研究プロセスと、高度な専門技術を必要とする製品化プロセスを完成させるには、巨大な経済規模の達成が足切り要件として加わり、もはや新規事業者が参入できる余地は無く、加えて各国の政府介入も、ままならない状況となっていた。
つまり、協会メンバーとその関係法人のみが『マジック・アイ』に関わる経済活動を行いうる全員であり、今後においても、他者が入り込めないという点で、世界の全部という表現が、揺るぎないものとされている。
会員事業者と、その代表は、次のとおり。
ウィリアム・ゴースワン。
B国。ラズベリースケール社。
男。六十二歳。
愛称は、ウィリーと言いたいが、もう一人のウィリーと区別するため、ゴスと呼ばれている。
そして、彼が協会長である。
ウィルヘルム・フィッシャー。
D国。バンクス社。
男。五十一歳。
愛称は、前述のとおり、もう一人のウィリーとの区別でフィズ。
宋 鵬。
C国。エイシード社。
男。四十七歳。
マグダラ・マグワイア。
R国。マギーレイン研究社。
女。五十五歳。
社名にもなっているが、ミドルネームのレインを繋げて、マギーレインの愛称で呼ばれている。
そして、美園 仄香。
日本。岡産業株式会社。
女。四十三歳。
愛称は、ホノ。
五人は、正五角形をしたテーブルの各辺の中心位置に着席している。
テーブル上には、それぞれの着席位置を差すように黄金比で構成されたペンタグラムが、一センチ幅の金色の線で描かれている。
この装飾の持つ意味は、会員である五人の構成こそが、最高の美徳を産み出し、全世界に、平和と安定をもたらすことを示している。
「さて」
ゴースワンが、咳払いを交えながら、一同に向かって、話しかける。
健康的に日焼けしたシワ一つ無い顔と、好奇心に満ちた青い眼、そして、金色に輝く髪は、六十を過ぎている印象を、まったく感じさせない。
「私たちの市場規模は、年々、階乗的に上昇を続けています。ホノ、キミの国の言葉で表現すると、『ウナギのぼり』と言ったところですかな?」
仄香は、ゆっくりと首を縦に動かす。
「皆さんから、ご提出いただいた中長期計画に基づくと、私たちの市場は、来年度中にも、一兆ドルに達成する勢いです。
「ここへ、二年後に、私たちが同時スタートを予定しているエネルギー分野への新規参入による経済効果が加われば、さらに加速度的な『ウナギのぼり』となるでしょう」
会員たちは、うんうん頷きながら、ゴースワンの話に耳を傾けている。
C国の宋は、奇声にも聞き取れる甲高い声で、ケラケラと笑っている。
ちなみに、会員の中で、最も保有資産が多いのは、彼である。
「ですが、急成長した事業に起こりがちな問題と言えば……皆さんも、ご経験がおありだと思いますが」
一同は、一斉に苦笑を浮かべる。
宋は、キャッキャッと楽しそうにはしゃぐ。
「倫理の問題ですよね」と、フィッシャーがゴースワンの言葉に繋げる。
「さすが、フィズ。そのとおり」と、ゴースワンは、満足げに、力をこめて言う。
「もちろん、それは、ベンダー側の問題ではありません。私たちは、このペンタグラムが示すとおり」
ゴースワンは、両手を前に差し出し、テーブルの上に浮かんだペンタグラムを、水面からすくい上げてみせましょうとでもするような仕草を見せる。
「私たちの倫理は、この黄金比のごとく、完璧に美しく、完成されたものなのです」
「倫理を乱すのは、いつだって、ユーザー側だわ」
マギーレインが、吐き気を催したような顔をして言う。
「如実ですね」と、ゴースワンは頷く。
「暴走しがちなユーザーを、いかに調整するか。ベンダー側にとって、永遠の課題です」
「だが、我々も商売をしている以上は、顧客満足に応える必要があるね」と言って、宋は自分の発言に大きく頷きながら言う。
「我々が取り扱っているのは、危険物だ」と、フィッシャー。
「売った後の責任がベンダー側に及ぶことだってあり得る」
「ナイフを使って、殺人事件が起きても、製造会社が責任を問われることはないわ」
マギーレインが反論する。
「『ME』は、危険物レベルの取扱物じゃないよ」と、宋は、鼻の穴を広げる。
「私は、アレを『兵器』として、取り扱っているね」
「だったら、ユーザーの使用状況を監視する義務は、ベンダー側にあるということだろう」
ゴースワンが、その一声で、小さく波立った議論を静める。
「私たちのサービス提供によって、『疑似権限者』となった人数は、すでに百万人を超えております。つまりは、『ME』の取扱いに関するユーザー側の倫理を監視するにも、その限界域を超え、暴走が懸念される状況になっているのです。
「宋、特にキミの国では、問題が顕著になってきていると思われるのだが」
「まあね」
宋は、両手を左右に広げ、両肩をすくめる。
「教養と倫理観の無い軍隊に、高額なサービス展開は、『猫に小判』だったようだ。くだらない濫用で、取締部隊が、てんやわんやだよ」
「キミのところは、協会メンバーで、唯一の公開株式会社としてるからね」
フィッシャーが、イタズラっぽい眼をして、宋を見る。
「つまりは、投資家たちの倫理も、なってない」
「確かに、なってない」
宋は、声を上げて、豪快に笑う。
「笑い事ではない」と、ゴースワンが真顔で言う。
「『疑似権限者』とする対象の選定が誤っていると言うべきでしょう。金を出せば、誰でも手に入るような状況が、問題なのです」
「商売の基本の第一歩は、まず相手に支払能力があることを確認すること。これ大事ね」
「アナタの流儀は、今、必要じゃないわ」
マギーレインが、容赦なく言う。
「私たちは、すでに多くの資産を手に入れてる。この先に必要なのは、私たちの計画の先にある時代を、より良いモノにするための、統制の仕組みよ」
「そのために、私たちは、集結しているのです」
ゴースワンが、マギーレインの言葉に繋げる。
「『疑似権限者』たちが、犯罪や軍事支配などと言った背徳行為に走らないよう、取り締まりの仕組みを考えるのが、私たちの責務であります」
仄香は、協会メンバーたちが議論を交わすのを黙って聞き流しながらも、出国する前の、姉の有利香との会話を思い返していた。
* * *
「協会長のウィリアム・ゴースワンは、提案を持ちかけてくるのだわよ」
いつも冷静な有利香が、いささか興奮気味に話しかけてきた。
三十人が収容できる会議室にて、二人は対角線上に、目一杯の距離を置いて、着席していた。
仄香は、口元を一文字に引き締め、荒波を起こしかねない勢いの姉を、横目で眺めながら、その話に耳を傾けていた。
「姉さんの『予測』では、どこまで見えてるの?」
仄香が訊ねると、有利香は、首を横に振った。
「『IMEA』に関する情報が足りないのだわよ。ゴースワンの提案が、今回の定例会で議決することはないけど、将来、この提案内容が実行されるのは間違いないのねよ」
「ゴスは、何を考えているのかしら?」
仄香は、顎に手を当てて、両眼を閉じる。
想像力を働かせている仕草だ。
「トンでもない提案なのだわよ」
有利香は、ため息まじりに話す。
「トンでもないって、どんな内容?」
「定例会に行けば、わかるのだわよ。あまりに、トンでもなくて、私から話す気にもなれないのだわよ」
有利香は、立ち上がり、部屋から出ていった。
* * *
(確かに、トンでもない内容だわ)
ゴースワンの提案の概要を耳にし、仄香は、思わず息を飲んだ。
仄香以外のメンバーは、ゴースワンの提案に同調し、テンションが上がっていた。
(帰ったら……とにかく、姉さんに報告と、それに……梨菜ちゃんを呼ばなきゃ。梨菜ちゃんの協力がいるわ)
仄香は、両眼を閉じて、深呼吸をした。