五十九
「まず『強天使株式会社』の組織概要について説明します」
松川 貴代子が起立し、話し始めた。
10人用のテーブルには、色とりどり、多種多様、和洋中華、酒からスイーツまで、とにかく、それらがテーブルの地が見えないくらいに隙間なく並べられているのだが、全員が両手を引っこめて静かに着席し、口を一文字に閉じていた。
「『強天使株式会社』は、美園会長を代表とする岡産業株式会社の完全子会社でしたが、このたびWGBG決勝リーグの開幕に併せて、こちらの」
と、貴代子が梨菜の方に手のひらを向ける。
「矢吹パンナこと羽蕗 梨菜さんが代表に就任しました。18歳という年齢は、グループ会社の代表取締役としては、もちろん最年少です。それも現役の高校生ですから、経済界では大きな話題となるでしょう」
梨菜は、そこで座ったまま丁寧にお辞儀をする。
レナ、真樹、ミキミキが拍手をすると、それに続いて残りの全員からも拍手が沸き起こった。
「これからは会長じゃなく、社長なんですね」
と、レナが瞳をキラキラさせながら言った。
「きゃはあ、社長すわん」と、ミキミキもはしゃいだ。
「会長から社長って……何となく格下げな感じがすることよ」
これは真樹の感想。
梨菜の立場がどう変わろうと、真樹の呼び方は『天使様』に変わりはないのだが……
「もちろん、梨菜さん一人に全て丸投げをするようなことはしませんよ。引き続き、美園会長とこの松川、そして研究部長代理の日向が取締役として支援する体制は、当面の間、継続します。経営状況が安定したところで、梨菜さんが判断すれば良いわ」
「そう言えば、日向さんがいませんね」
と、レナが尋ねた。
「新入社員の『戦闘服』を一生懸命に作ってるわ。今は、日本に戻ってるのよ」
と、貴代子がその問いに答えた。
「ボク以外は、みんな女性ばかりなんですね」
と、オイゲンが率直な感想を述べた。
貴代子は、それに対して、笑顔でこう答えた。
「『強天使株式会社』には、あなた達が所属する選手部の他に、グッズ関係の設計開発部、販売部、物流部、広報PR部等の部門があり、総員約50名の組織体制で構成されています。縁の下で活躍してくれてる男性社員も、割と多いのですよ」
「選手の健康管理や育成を担当する部門もあって、そこも男性が多いです」
貴代子の説明に、梨菜も続いた。
「そう言えばオイゲンは」と、真樹が加わった。
「バンクス社の社員だったはず。そっちは、どうなったのかしら?」
そして、チラリとアド・ブルの方も見た。
「私は、『青い稲妻』との選手契約を解約して、こちらに来ただけだから」
これはアド・ブルの答え。
彼女に見放されたチームは、すでに『青い稲妻』ではない、と場にいた全員が思った。
そして、オイゲンは、
「マイハニー、ボクのことを気にかけてくれるなんてうれしく思ってあげるよ」
と言って、熱いまなざしを真樹に向けた。
「マツカワセンムにスカウトされて、ボクは二つ返事で『強天使』への入社を決めてあげたんだ。バンクス社に未練はないよ」
「うそ……信じられない……バンクス社の幹部で……せっかくエリート路線に乗っかってたのに……私の未来が……」
真樹が青ざめた顔をしていると、レナが鋭く反応した。
「レナさん! 今、言いましたよね。私の未来が……って。やっぱり、オイゲンさんのプロポーズを承諾してたんじゃないですか?」
「あわわ……」
しまったとばかりに慌てふためく真樹。
「マイハニー、バレてしまったようだね」
オイゲンの追い討ちが加わり、真樹は顔を真っ赤にしたまま、うなだれた。
「まあ……お二人のお祝いに関しては、別の機会でするとして……」
貴代子が、真樹の様子を気にかけながら話を続けた。
「もう皆さんはご存知だと思いますが、WGBGの決勝リーグは、4人対4人のバトル・ロイヤルで行われます。当初はね、全員参加のバトル・ロイヤルを検討してたそうなんだけど、『プチカップゼリードーム』で計16人が闘技をするには、規模の問題、それに耐久性の問題が浮上してね、二分割して行うことにしたらしいのよ。とにかく個人戦から団体戦に変わったことで、よりチームワークが重要になったと言えるわ」
チームワーク……
そのキーワードが登場して、全員がお互いの顔を見合わせる。
葉島 香子は、梨菜の方をなるべく見ないようにしていた。
「美園会長が、このタイミングで梨菜さんをリーダーという役職以上の地位に就けた理由がわかるかしら? 梨菜さんが組織上の最上位であり、その指示命令は絶対である権限を持ったのよ。念を押しておくけど、『強天使』は、学校のスポーツ部やクラブ活動の延長線上にあるような組織ではありません。みんながプロフェッショナル意識を持ち、梨菜さんを中心にして、決勝リーグ優勝を目指して下さいね」
それに対して、一同は躊躇なく「はい」と声をそろえて返事をした。
香子も、梨菜の様子を気にしながら、返事を合わせていた。
「新たに入社した皆さんには窺っておきたいですね」
これは、梨菜の声。
「チーム員の補充を松川専務にお任せしていたので、私は今回の採用に関わっていません。なぜ、『強天使』に入社しようと思ったのか知りたいです」
新人グループの間で、少しざわめきが起きた。
「これは社長命令よ。新人の5名は順番に答えて下さい」
と、貴代子が促した。
「じゃあ、私から言うわね」と、アド・ブルが立ち上がった。
「私ね、パンナちゃんの大ファンなの。本当は敵対したくなかったのよ。でも、戦ってわかったの。パンナちゃんの強さは本物。世界一強くて、世界一美しいパンナちゃんと一緒に戦えるって、最高のスカウトが来たのよ。もう最高だわ」
「でも、あの時、私とは友だちになれないって言ってましたよね」
と、梨菜が冷静に揚げ足を取った。
「私の指揮下に置かれるのは、イヤだったんじゃないですか?」
「もう忘れて良いわよ、その事は」
アドも冷めた口調で返した。
「本当のことを言うとね、スカウトされるまでは『青い稲妻』で打倒矢吹パンナって燃えてたのよ。もっともっと強くなって、あなたを超えてやるって意気込んでたの。さっきも言ったけど、あなたのとてつもない強さは、戦ってよくわかったわ。この先のWGBGでチームを優勝に導くためには、この壁を乗り越えなきゃいけない。チームリーダーとして重圧に感じてたのよ。でもね、そこへスカウトがあって……『強天使』が私に協力を求めてるって聞いて……何だか重圧から開放されるような気がして……私ね、恥も外聞も無いわよね……逃げてきたんだから……」
「そんなことないですよ」と、梨菜は隣に座るアドの小さな手を取った。
「ありがとうございます。よく決心していただきました。アドさんが来てくれて、とても心強いです」
「パンナちゃん……私、がんばるわね……」
アドは、小さな鼻をすすった。
「さあ、次のヒト、お願いします」
梨菜は、アドの手を握ったまま、誰と指名するでもなく、そう言い放った。
「じゃあ、ウチがいくわ」
アドとは反対側の隣に座っていた段 深緑が声を発した。
「ウチは、別リーグで、矢吹パンナの強さを噂だけで聞いてたんや。そら、映像とかも見たよ。でも、『意志』なんて戦ってみんとわからんモンやんか。そやから、想像だけで意識してたんよ。そんな時、『永久凍土』のアンナ・リリーホワイトがウチの前に登場したんや。ウチと同じく檸檬の天使達と呼ばれてる四人衆の一人や。同じモノサシで横並びにされとるんやったら、コイツと戦えば、矢吹パンナの強さも見えてくるやろう思て……でも、結果はわかってるやろ……ウチは秤にもかけられずに終わったんや……落ちこぼれたレモンティーンなんて、カッコ悪いだけやな……その後に『強天使』からスカウトがあって……まあ、アド・ブルと同じやな」
段はテヘっと舌を出した。
梨菜は、向きを変えて、今度は段の手を取った。
「次からは一緒にがんばりましょう。『永久凍土』は私たちの次の対戦相手でもあります。アンナ・リリーホワイトと戦った経験のある段さんの力が重要になってくると思います」
「そうか……ウチが力になれるんやったら……来て良かったんやな……」
「よろしくお願いいたします」
梨菜は、丁寧に頭を下げた。
「次はボクの番だね」
オイゲンが起立した。
「ボクの気持ちは、最初から決まってあげてたんだ。真樹にプロポーズしてあげたら、二つ返事でOKをもらって、そしたらスカウトが来たんだ。この後は、先に話してあげたとおりだよ」
「私は、二つ返事なんかしてないことよ」
真樹が主張するが、一同の笑いにかき消されてしまった。
「バンクス社を辞めてこられたのですから、覚悟を決めてのことだとお察しします」
梨菜の評価に、オイゲンは笑顔で返した。
「私を選んでいただいたことを後悔させないであげますよ。きっとご期待に応えてあげます」
「さあ、次のヒト、お願いします」と、貴代子が促した。
「……私ですね……」
香子が消えそうな声で言った。
「……私には……皆さんがお話されているような……胸を張って言える動機が……所属していた『紅 魔』が……オーナーの逮捕で廃止されて……途方にくれていたらスカウトが来たから……」
そのまま、次の言葉は出ず、沈黙した。
梨菜は、沈黙を10秒ほど待ってから、すげなく「次、どうぞ」と言った。
「ああ……私の番か……残念だけど……」と、香子の隣にいるジャッキー・ロワイヤルが反応した。
「……ジヒヒ……隣の残念なキュア凶子の場合と同じだよ……でも、この場に、私のようなのは場違いだったかもね……残念だけど……美男美女ばかりでさ……ジヒジヒ……私のイメージじゃ『強天使』よりも『紅魔』の方がピッタシさね……残念だけど……」
この挨拶では、一同は苦笑を浮かべるくらいしかできなかった。
ただ、梨菜だけは瞳を凛と輝かせていた。
「ジャッキーさん、ここに集まっているのは、お互いを信頼し合えるチーム形成を目指しているヒトたちなんですよ。いつまでも隠してないで、本当の姿をみんなに見せてあげたら良いんじゃないですか」
梨菜の言葉に、ジャッキーの眉がピクリと上がった。
「……なんだい……見抜かれてたのかい……ジヒヒ……』
ジャッキーは立ち上がり、両手を天井に向けて伸ばし、大きく息を吸って、そして吸いこんだ空気を思い切り吐き出した。
黄色の煙が、テーブルとその周辺を包みこみ、何も見えなくなったが、ものの数秒程度で煙は収まり、跡形もなく消え去った。
「ちょっと、今のは何や?」
段が声を張り上げた。
見渡せば、先ほどの面子がテーブルを囲っていた元の風景。
いや、隅の方に、見慣れない人物が立っていた。
身長は、梨菜ほどではないが、170センチを超える長身。
女子らしい均整の取れた八頭身。
キレイに手入れされ、胸元まで伸ばした赤い髪。
燃えるような赤い瞳。
「美しい……信じられない……」
これは思わずオイゲンが漏らした感想。
その場にいた全員が、突然登場した美女に注目していた。
「残念だけど、私が本性を見せたからには」と、美女は言い放った。
「誰にも美女を語らせないからね。でも、若い社長さん、あなたは別よ。私は、私が認めたヒトに従うことにしてるの。そして、私の本性を見抜いたのは、あなたが初めてよ」
「ジャッキーさん、私のチームに来て下さって、ありがとうございます」
梨菜は、ペコリと頭を下げた。
「えええーっ!」
全員が悲鳴を上げて、驚いていた。
その中には、かつてのチームメイトであった香子も含まれていた。




