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レモンティーン  作者: 守山みかん


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五十六

ウィルヘルム・フィッシャーが自身のリムジンから下車したのは、B国O市内随一とされる高級ホテルのエントランスの真ん前だった。

フィッシャーは、運転手に帰るよう指示し、金色と琥珀色で構成されたドアをくぐって、一直線にフロントに向かった。

「すでにお見えになっております」

フィッシャーが尋ねるより早くフロントは伝え、待機していたコンシェルジュに合図を送った。

フィッシャーが案内されたのは、1階レストラン付近にある間取り100平米ほどのミーティングルームだった。

広めの部屋だが、中央に2メートル四方の大きなテーブルを置き、何十種類ものの料理皿がびっしりと隙間なく並べられ、その一つ一つに彩り豊かな料理がキレイに盛り付けてあった。

ようこそ(Welcome)ボク(To)(My)世界へ(World)、ウィルヘルム・フィッシャー」

フィッシャーが案内された席に着席するなり、陽気な声で名前を呼ばれる。

多彩な料理皿の海を隔てた向かい側に、濃紺の羅紗(らしゃ)のマオカラースーツ姿の(そう) (ほう)がいた。

彼は、すでに料理のいくつかに箸を伸ばしており、頬も桃色で、ホロ酔い状態であった。

「キミ相手に遠慮はしていない。だから、キミも遠慮するな」

「我々は、互いに遠慮を働かせないで済むほど親しい仲ではない」

フィッシャーは反論するが、宋はキャッキャッと笑い飛ばすだけだった。

「これから仲良くなろうと提案してるんだ。ボクは、まず行動から始めるタイプだからな」

フィッシャーは、無言で着席し、宋と正面から向き合った。

「親しくなるのは構わないが、キミのことを信用するのには時間がかかりそうだ」

「信用はいらない」

宋は、そっけなく言った。

「ボクも、キミのことは信用してないから、お互い様だ。まあ、ここは同じモノを食べて、近づきになろうよ」

フィッシャーは、なおも料理に手を付けるかどうかをためらっていると、宋はフンと鼻で笑った。

「このホテルのオーナーはキミだろう。この料理を作ったのも、キミの支配下にあるシェフたちだ。アウェイは、むしろボクの方だぞ。違うかな?」

「そんな状況下でも、キミは私を毒殺できてしまうほど、危険な男だということだよ」

それに対して、宋はカッカッカッと大きな声で笑い飛ばした。

「気に入ったよ、フィズ。キミは傑作だな。なおさら、キミとは親しい関係でいたいもんだね」

フィッシャーは肩をすくめ、サラダに添えられているブラックオリーブを一粒手に取り、ポイッと口の中に投げ入れた。

宋は満足そうに微笑み、そばに立つ男に向けて、右手の人差し指を立てた。

その男も、宋と同じ濃紺のマオカラースーツを着用していた。

見た目の年齢は三十代前半。

細い目と、剣山のように固めた髪型が、鋭利な印象を(かも)している。

「まずは、情報共有だが」と、宋が話し始めると、部屋の側面に設置してある大画面テレビのスイッチが入った。

「WGBGの振り返りだ。特に目を引いた試合をピックアップしておいた」

「私は、もう持ち駒を使い果たしてしまった……今さら、あまり興味が無いんだが……」

トーンの下がるフィッシャーに対して、宋は「まあまあ」となだめた。

「WGBGは、まだ第1回目だ。所有チームのパワーアップを図る意味でも、試合の振り返りをしておくことは意義があると思うね。まあ、ここは黙って、付き合ってごらんよ」

宋が、先ほどの男にもう一度合図を送ると、男は画面の横に立ち、ピリリと両手両足を伸ばして、気を付けの姿勢をした。

(リュウ) 梓朗(ズゥラン)です。私が解説を務めさせていただきます」

「リューは、エイシード社の最高経営責任者(CEO)ね」と、宋が補足する。

フィッシャーは、体を横に向けたまま、視線だけを劉の方に向け、耳を傾けた。

「まずは、参加した戦闘員が保持する『意志力』を測定器(Viscator)によって検出した数値の一覧です」

「ちょっと待った!」と、フィッシャーが驚きの声を上げた。

宋は、予想していたとばかりにニヤニヤ笑っていた。

「なぜ、『意志力』を測定できたんだ? 運営本部も、IMEAも、公表していないはずだが……」

「採取したのです」と、劉は事も無げに答えた。

「採取……何を?」

フィッシャーは、首をかしげる。

「選手たちの情報を持つMEです」

「そんな都合の良いモノ……どうやって?」

「シャワールームの排水ですよ」

「シャワーだと?」

フィッシャーは少しの時間だけ思考を巡らせてから、こう続けた。

接続室(ジョイント・ルーム)の『強制シャワー』のことか?」

「ご名答」と、劉は冷たく言い放つ。

「シャワールームの排水口に流れこんだ水を採取したのです」

「どうやって?」

フィッシャーがなおも食いつくと、

「排水を採取できる分水栓を仕込んであったのさ」

と、今度は宋が代替で回答した。

「そんな話……私は聞いたことがないぞ……ゴスは知ってるのか?」

「後付けで仕込んだモノだ。ウィリアム・ゴースワンが知っているはずがない」

宋は言い切ると、いたずらっぽく笑った。

「オーナーも知らない事実だと……お前たちは……」

「まあまあ」と、宋が再びなだめようとする。

「これで入手できた情報は、ボクが独り占めしようとは考えていないよ。IMEAのメンバーには提供するつもりなんだ。今はね、ちょっと面白いことがわかったから、ボクと近づきになってくれたお礼として、まずキミに教えてあげようと思ってね」

「面白いこと?」

「続きをお話しします」と、劉が声をかける。

「今、お見せしているのはウルムスとマロニエ・リーグに登録した選手128名に関する情報です。一番左の項目から氏名、性別、年齢、所属チーム名、出場ピリオド数、のべ戦闘時間、勝利数、獲得したバトル・ポイント、ME消費量、ME1ミリリットルあたり『意志力』の平均値、そして最大値です」

劉は、淡々と説明を始め、画面には細かい文字がたくさん並んでいて、いかにも退屈な雰囲気が満載である。

フィッシャーは、大きな欠伸をし、ブラックオリーブをもう一粒、口に投げ入れる。

「これだけの情報が、採取したMEから得られたわけね」

宋は得意顔で言った。

「ゴスは、それを無視して、純粋な排水処理装置しか設計していなかったんだ。もったいないね」

「それで、どんなことがわかったんだ?」

フィッシャーはイラ立ち気味に尋ねた。

「128名の内、21名はのべ戦闘時間が0であったため除外するとして、107名の『意志力』の平均値の大きい順に整列(ソーティング)したものが、これです」

細かい文字だらけだった画面が切り替わり、若干大きめの文字になった一覧が写し出された。

「トップから順に、キュア凶子の3356、矢吹パンナの3216、アンナ・リリーホワイトの3189、(デュアン)深緑(シェンリュウ)の3007、このあたりは別次元の数値ですね。それから、ミキミキの1966、アド・ブルの1931……フィッシャーさん、まずあなたに伝えたいのは、『蓄積型(アキュムレイティブ)』はMEが潤沢(じゅんたく)に消費できる代わりに、『意志力』に遜色(そんしょく)がうかがえるということです」

「ふん……ご丁寧に、そりゃどうも」

フィッシャーの機嫌がますます悪くなる。

宋は、キャッキャッと声を上げて笑う。

「それから、オイゲンの1772、パーシャ・ミシュレ……アンナ・リリーホワイト率いる『永久凍土』のメンバーですが……1767、ホノが驚きの1595、ハーモニー真樹の1510、ラスカー・タム……これも『永久凍土』のメンバー……1388、悪魔の所有物(デビルズ・バッグ)の1243、ジャッキー・ロワイヤルの1095……その下は大きく離れて700以下の選手が並んでいます。WGBGの前身と言えるGBG時代の測定値が250から350、最大値を示したワルタ・ウルフですら472でしたから、最多数の出場チームを送りこんだB国ですが、全チーム敗退も当然と言えますね」

「大層に言うじゃないか」と、フィッシャーが声を上げる。

「ゴスは試験的にGBGを立ち上げ、基盤構造インフラストラクチャーを築いた貢献者だ。ゴスの決断と活動があったからこそ、我々は選手育成に専念できたんだ。胡座(あぐら)をかいている身分でエラそうに語るんじゃないよ、若造が」

「まあまあ」と、加熱気味のフィッシャーに対して、宋が静めに入る。

「リューは、事実報告をしているだけで、他意は無いよ。気に触ったのなら、ボクが謝る」

「いや……私も大人げなかった……続きを頼むよ」

劉は、フィッシャーに向けて、ペコリと頭を下げる。

「当然と言えば当然なのですが、継続して高い『意志力』を発揮するメンバーがそろったチームが上位に来ています。傾向としては、リーダーが負けないチーム構成が成果を上げています。例えば、段 深緑が所属する『紅芙蓉(ルブラ)』の彼女以外のメンバーは、平均値700未満のGBGレベルで、勝敗に安定性がありませんでしたが、段自身は確実に勝利し、準決勝まで駒を進めました。そこで『永久凍土』と当たったのが不運でしたが」

フィッシャーは、今や正面を向いて、真顔で劉の話を聞いていた。

宋は、相変わらずニヤニヤしながら、楽しそうにフィッシャーの様子を眺めていた。

「興味深かったのは、『強天使』と『紅魔』の決勝戦でしたね。キュア凶子は、まさかの穴馬(ダークホース)でしたが、他のメンバーを含めたチームの(Total)合力(Energy)では、『紅魔』は明らかに劣っていたにも関わらず、『強天使』を相手に第4ピリオドまで展開する大接戦となりました。リーダーが敗北した時のリスクを如実に語っていたと言えます」

「一人の強さが、総合力を(くつがえ)すこともあり得る、ということか……」

フィッシャーのつぶやきに、劉は大きくうなずいてみせる。

「床に手や背中を着かせるか、土俵外に追い出すという相撲(すもう)に準じたルールと、2分間という短い時間制限が導いた結果であったとも言えます。相手が死ぬまで戦う古代ローマの闘技会のようなルールならば、結果は全く違ってきたでしょうけど」

劉は、そこで画面を切り替える。

「これは、各選手が瞬間的に発揮した『意志力』の最大値です。『檸檬の天使達(レモンティーン)』と呼ばれる選手たちの能力の高さを知らしめる分析結果となるわけですが……」

「何だ……この数値は……」

フィッシャーは目を大きく開き、何度も息を飲んだ。

「まずは、フィッシャーさんの所有チーム員であるアド・ブルですが、最大値が70332、これは矢吹パンナに落雷攻撃を与え、ダメージ認定Cを得た場面での瞬間値です」

「……むしろ……これだけの攻撃を受けて、戦闘を続行できた矢吹パンナが驚異だな……」

宋も劉も同感とうなずいた。

「さらには、アンナ・リリーホワイトが段 深緑との対戦で5万を超える数値を連発していた場面。そして、極めつけは、やはり矢吹パンナとキュア凶子の対戦で、制限時間ギリギリにパンナの剣が凶子の十字棍を断ち切った瞬間値が……」

「……13万……』

フィッシャーが震えながらつぶやいた。

「まあ、つまり、決勝リーグが楽しみだと言うことね」

宋は、本当に楽しそうに報告をまとめた。

「プラタナス、テルミナリアの勝者は、共にボクのチームだ。『強天使』と『永久凍土』を相手に、どこまでやれるかだね。戦略と仕組(・・)を駆使しなきゃね」

カッカッと笑う宋を横目に見ながら、フィッシャーは何度も唾を飲みこむ動作を繰り返していた。


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