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レモンティーン  作者: 守山みかん


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55/136

五十五

新谷(しんたに) (こう)は、負傷した左胸を右手で押さえ、前かがみの姿勢になった。

息は荒く、激しい痛みに耐えながらも、足元は床にしっかりと根づいたように密着し、転倒する気配はなかった。

「医師として忠告するけど」と、美園(みその) 仄香(ほのか)(ふん)した西藤(にしとう) 有利香(ゆりか)は、冷たく言い放った。

「心臓の負傷は、躊躇(ちゅうちょ)してはダメ。完治させるべきだわよ。この先も戦闘を続けたい気持ちはわかるけど、心臓を射抜(いぬ)かれた時点で、キミの負けは決定的と言えるのねよ」

「……うう……『予測(プレディク)』に無かった……なぜ……こんなことに……」

有利香は、大きく息を吸いこんで、露骨に残念そうなため息をもらした。

「キミは、失敗を三つ認識できていなかったのだわよ」

「……失敗……」

新谷は、うめき声を交えながら、つぶやく。

「この私が……失敗したというのか?」

「まさしく」と、有利香は快活に言葉をぶつける。

「認識できていない……今のキミの状況をわかりやすく言い表しているのねよ」

「私の何が……」

「まず、『予測』についてだけど」

有利香の声が、新谷の声を容赦なく(さえぎ)る。

「今さらの話だけど、未来の情報を持つMEは希少。断片的な情報しか集められない状況を埋めるのには、情報解釈力と論理的思考に基づく判断で整合性の取れたシナリオを作成する能力が必要なことは承知の話。加えて、今のバトルのような状況下では、すばやくそれらを生み出す敏捷(びんしょう)性も要求される」

「今さらの話だ……」と、新谷は繋げる。

「今さらの話でも、キミは認識できていなかった。それが、今の状況なのだわよ」

「何だと……」

新谷は、思い出したかのように、苦しみの混じった声を出した。

「キミの『予測』は経験則に基づくシナリオ。(ゆえ)に、『超小型保護具(ナノプロテクター)』の欠陥を見抜けなかった」

「……ナノプロテクターの欠陥?」

新谷のつぶやきに、有利香はこれ見よがしに大きくうなずく。

「ナノプロテクターは、攻撃した相手の位置情報を把握し、受けた攻撃エネルギーを、直線的な反射攻撃として相手に跳ね返すんだけど、後方から攻撃を受けた場合、その間に本来守るべき主体が存在しているかどうかに関わらず攻撃を返してしまう。それが、欠陥部分なのだわよ」

「……なるほど」

「もっとも、それは開発初期レベルの欠陥で、今、当社で開発中の試作品は、とっくに取り除かれてるわ。キミの状況を見ると、当社技術のどの世代(バージョン)が盗まれたのか、よくわかるのねよ」

「まあ、そういうことだな」

新谷は、うつむき気味だった姿勢をまっすぐにし、しっかりと両足を地に着けて、直立した。

「医師の忠告どおり、心臓は完治させたぞ。MEをふんだんに使ったんで、残りは少なくなったがな」

「キミが強気になれる要因は無い」

有利香は、なおも冷たく引き離す。

「欠陥はあるけど、正面からの攻撃ならナノプロテクターで跳ね返せる。そんな小さな希望を抱いて、バトルを続けるつもりなんだろうけど、残念ながら、その希望も吹き飛ばされてしまう……」

有利香は、右手のひらを前に突き出し、球状に練り出したMEを即座に爆発させた。

爆発は、新谷の全身を包みこみ、周囲に漂っていたナノプロテクターの粒子群を次々に炎上させ、その様は、まるで金色の卵の頂点から稲妻状の亀裂が入り、幾筋もの支流となって方々へ流れていくようだった。

やがて、全体に満遍なく支流が繋がり、膨らみすぎた風船のように内側から破裂した。

「……これは……」

金色の小さな破片が、新谷の足下に散らばっていた。

「ナノプロテクターが無能になったのだわよ。これで、キミを守るものは無い。枯渇寸前のキミに残されたMEは、せいぜい『光弾(バレット)』一発程度」

「……そのようだな……」

新谷は、構えていたF型の『(カラム)』に全力で『光弾』を練り出し、惜しみなく有利香に向かって発射した。

有利香は、最小限の動作で、当然のようにそれを交わした。

「バトルで私に勝てる算段も甘かったのだわよ。サーヴァント・マスターを使って美園 仄香を(つぶ)したつもりでいたんでしょうが、残念だったわね」

「その件についてだが……」と、新谷が言う。

「あなたがあねさんの体を借りて、バトルに参加しているというなら、それは詐称(さしょう)に当たるのではないか?」

「心配無用」

有利香は、自信満々に瞳を輝かせている。

「元より、私はこの状況で選手登録していたのだわよ。WGBGの選手名鑑に記録されている情報は、寸分の狂いなく、この私なのだわよ」

「では、本物のあねさんは、こちらの思惑どおり、サーヴァント・マスターにより潰されていたわけだな」

新谷は、勝ち誇ったように言う。

「岡産業株式会社の経営体制も、これで(くず)れたわけだ」

「それについても心配無用」

有利香も勝ち誇った笑顔を返す。

「あの子が不在時は、私が対応するだけなのだわよ。そもそも、あの子は私自身なんだから。つまり、あなたが仕掛けた『干渉』は、一つもうまくいっていないのねよ。さっき言った三つの失敗、わかってるかしらよ」

有利香は、右手の人差し指を立てる。

「一つは、『予測』の精度の悪さが招いた結果の見こみ違い」

次に中指が立つ。

「二つめは、ナノプロテクターの欠陥を見抜けなかったこと」

そして、薬指が立った。

「『予言』を我が物にしようとした浅はかな考え。キミが取った行動は、1ミリも『予言』を動かしていないわよ」

「あなたがそのようにお考えなら」と、新谷も有利香に対して言い返す。

「シナリオの深い部分までは読み取れていない、と助言しておこう」

新谷は、右手で拳を作り、親指を下向きにして見せた。

「私は、そもそも私自身を主役にしたシナリオを仕立ててはいないからだ。WGBGに自ら参加したのは、ほんの数パーセント程度の成功率に賭けただけのこと。あなたも、その点は認めているはずだ」

「確かに」と、有利香は正直にうなずいた。

「実際、キミが求める成功は、キュア凶子の育成により、わずかな確率で導けた可能性はあったのだわよ。キミの行動で評価できるのは、その部分だけ。でも、ホントにわずかな確率。100分の1か2ぐらいのね。そして、残念ながら、確率の高い結果に終わった。キミ的に言えば、奇跡は起きなかった」

「私の目は、背後にいる組織たちへのカメラなのだよ」

新谷は、なおも負けじと言う。

「私が見た、知った事実は、余すことなく、貪欲な投資家たちに提供された。私的な成功の有無など、世界から見れば小さな話だ」

「偉ぶらないで」

有利香は、ピシャリと言い返す。

「これから始まる未来に、キミが登場する場面は全く無いのだわよ。キミは、水野警視官の取り調べを受け、キミが見た、知った事実を、洗いざらい私に返してもらうだけ。その後は、刑事殺人の罪で裁きを受ける。それで、おしまい」

言い終わると同時に、有利香はカラムを新谷の額の中心に向け、少しの猶予もなく『光弾』を発射した。

針のように細い『光弾』は、新谷の頭部をすり抜け、脳の中心部で小さな震動を起こした。

新谷は、何も言葉を発することなく、白目を剥いて、真後ろに倒れていった。

長めのホイッスル。

ホノが勝利した。

そして、『強天使』のウルムス・リーグ優勝が確定した瞬間だった。


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