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レモンティーン  作者: 守山みかん


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五十四

浦崎警部は、手術室から出てきた西藤(にしとう) 有利香(ゆりか)に向かって、まずは苦笑を見せた。

その次に、有利香の方から言葉が出てくるのを、口をつぐんで、静かに待った。

身長141センチの有利香は、子供感の残る風貌をしているが、生々しい鮮血が染みついた白衣をまとい、落ち着いた動作で警部に近づく様は、先天的な反射現象による尊厳を感じずにはいられない雰囲気を(かも)し出していた。

「一応……処置は済ませました……」と、有利香はつぶやくように、警部に伝えた。

そこには、疲労がにじみ出ていた。

「……そうか……」と、警部は興味深く目を輝かせながら言った。

「先に……姫君(ひめぎみ)の容態を聞かせてもらえるだろうか……」

警部の『先に』という言葉に、有利香は敏感に反応を見せるが、すぐに視線を()らし、警部に対して答えるでもない上の空のように話し始めた。

「損傷が激しく、この体の継続使用は不可能です。早急に別の体に意志を『伝承』する必要があります。今は、それまでの準備のために眠らせてあります」

「まあ……治るわけだね」

「はい」

警部は、幾分か安心したような笑みを見せた。

西藤(にしとう)所長」と、警部の声が間髪いれずに響いた。

「姫君に心配が無いのなら……」

「次の質問ですね」

有利香は落ち着き払って、警部の言葉を(さえぎ)った。

「博士がお知りになりたい情報は承知しています」

むうっと警部は(うな)り、「予測(プレディク)」という言葉を思い浮かべた。

有利香は、恐ろしく先の未来を読める才能(アプリ)を備えている。

おそらく、問答の行く末を意のままに調整(コントロール)することもできるだろう。

問答が終了した時に自分が得られる満足感は、当然に彼女にとって想定内に収まった範囲であり、時間が導く歴史は彼女の意のままの結果に終わることには変わりがないのである。

フッと警部は苦笑した。

西藤 静香(しずか)(……今は有利香を名乗っていたな……)と会話するときは、いつも同じ事を考えてしまう……

あまり、彼女のことを勘ぐらずに行こう。

「それがよろしいですわ」と、有利香は警部の心の声に繋げた。

「気軽に質問して下さい。お気に触るようですから『遠隔感応(テレパス)』は止めます」

「お気づかい痛み入る。それでは、私にとって、最大の矛盾点について尋ねさせてもらう」

警部は苦笑を崩さずに言う。

「なぜ、あなたが姫君を治療できたのか?」

「……」

有利香は黙ったまま、警部の言葉に耳を傾ける。

「あくまで私が把握できてる範囲での前提で尋ねてる。もっとも、大元の提供情報に根拠が存在しているかどうかも検証していない。なぜなら、それは単なる『噂話(うわさばなし)』に過ぎないからだ。だが、あなたに関することで、今あなたがここにいるわけだから、良い機会だと思ってるよ。さて、私が抱いている矛盾点についてだが、あなたと姫君は同一の意志を持つ存在であると聞いている。さらに、同一意志を持つ者同士が接触はもちろん、一定以上近づき過ぎると『相殺的干渉』が発生する。これが私が耳にした『噂話』だ。そして、矛盾点は先ほど尋ねたとおりシンプルだ。なぜ、あなたが姫君に触れ、治療できたのか……この問いに答えられるかな?」

「その答えも至ってシンプルです」

有利香は、平然と即答した。

「私とこの子の間で『相殺』は起きません」

そのシンプルではっきりとした回答は、まるで室内の壁が反響板でできていたかのように響き渡った。

「『相殺』は起きない……」

警部は、ぎこちなくその言葉を繰り返した。

「……それは……あなたが仕掛けたウソだったのか?」

「そうです」と、有利香は臆面もなく、はっきりと答えた。

「私が広めたニセの情報です」

「なぜ、そんなウソを?」

「もちろん、この子に、そうなると信じこませるためです。そして、その状況が、全体論的に歴史の保持に繋がるのです」

「……」

警部は、一瞬、言葉を失うが、すぐに気を取り戻す。

「それは誰の歴史か……という疑問は残るが……まあ……あなたに有利に働く歴史と解釈しよう……つまり、姫君はあなた自身でありながら、信用していなかったということになるのだろうか?」

その質問に対して、有利香はゆるく嘲笑を見せた。

「『計画』の存在を覚えてますか? この子の起こしうる行動を盛りこんであったはずですが……」

「ああ……」と、警部は、思い出したと言いたげに、首を縦に何度か振った。

「確かにそうだ。愚問(ぐもん)だったな」

「本来の私から、この子を切り離した理由、その点についてお話しましょう。『ル・ゼ・ジャセルの予言』には、たった一つだけ、『分岐点』が存在していました。どちらかの選択肢を、私は選ぶことをせず、どちらのプロセスも同時進行させるために、私は自分自身のコピーを作りました。それが、この子です」

「何だと……」

警部は、怒鳴るような調子でそう言い、有利香をにらみつけた。

「あなたは『予言』の内容を知っていたのか? 私の今のなり(・・)原型(モデル)になった浦崎刑事を犠牲にして、新谷(しんたに) (こう)に奪われたと聞いていたが……」

「そのとおりです」と、有利香は抑揚なく答えた。

「14年前、新谷に奪われるまでに解読できた内容は理解できていました。その情報に基づいて、『計画』を策定したのです」

「驚いたな……」

警部は、右手のひらで(ひたい)をピシャリと打った。

「『予言』の内容は、完全に消失したものと思いこんでいた……あなたは、どこまでをご存知だったのか?」

有利香は、ゆっくりと首を左右に振る。

「どこまで……という質問に答えるのは、正確に伝えられないという点で難しいですが、『予言』の特徴については、簡単に言い表すことができます」

「それは……どんなことだろうか?」

警部は身を乗り出すような勢いで尋ねた。

「おそらく……博士は『予言』を文書(テキスト)で表現されたモノと思いこまれているようですが……『檸檬の天使たち(レモンティーン)』と表現された詩が添付されていた影響もありますが……それは違います。『ル・ゼ・ジャセルの予言』は数式で表現されたモノです」

「数式……」

警部のつぶやきに対して、有利香はしっかりと首を縦に動かした。

「私が確認できたのは、数式の序文のところ……あとは、解析によって『計画』の全体像を創造していったのです。そして、検証も終えています」

「検証……オリジナルが奪われているのに、『計画』の妥当性など……」

「できますよ。よく考えてみて下さい」

「……」

警部は、しばらく無口になって思案を始めるが、突然、大きな声で次のように言い放った。

「敵側が『予言』のシステム化を構築していたとしたら!」

有利香は、満足げに笑みを見せた。

「彼らは、『LARGE』と呼ばれる予測システムを作り上げようとしていたのです」

「そのシステムを『分析リバース・エンジニアリング』したというのか?」

柴田(しばた) 明史(めいじ)を潜入させました」

「彼が『量子情報物理工学研究所アカデミー』を突然辞めたのは、そのためか……」

「ですが、彼らの技術力では、『予言』を完璧にシステム化することはできていませんでした。完璧な実現には、やはり『原本(オリジナル)』を入手し、私たちが育て上げた技術力を駆使して完成できるモノと考えています。それに関する指示も、すでに柴田に与えています」

「あなたと姫君が別れた理由は、そこか……つまり、事業としての発展と研究成果の同時育成……」

「実業家としての野心を備えた私……それを美園(みその) 仄香(ほのか)とし、私自身は西藤(にしとう) 静香(しずか)として研究に専念したのです」

「だが、一時の姫君は、野心の荒ぶりようが激しく、梨菜クンもだが、あなたも標的にされたことがあったのでは?」

「IMEAへの加入を視野に入れての事業拡大に燃えていた時期でしたから……もちろん、この子の造反行為も『計画』に考慮していました。今では、鎮静化させています……IMEA加入もかないましたから……」

「そのことを他に知っている者はいるだろうか? 私と柴田以外に」

「専務の松川さん、それに梨菜さんがいます」

「それは、あなたの『計画』を実行するための状況ということだね」

「そうです」と、有利香は即答。

「そして、今、私に秘密を伝えたことも、あなたの『計画』に基づいているということだね」

「当然です」

これも、有利香の返事は速かった。

むうっと警部は唸り声を上げながら、身体中の空気を外に出さんばかりの大きな深呼吸をした。

「……細かい疑問点は、まあ良しとして、これまでのことは(おおむ)ね理解した。次は、これからのことだが……」

「WGBGには、私が美園 仄香として参加します」

「うむ……やはり、そういうことになるな……では、姫君は、この後、どうするつもりか?」

「この子には、別の役割を担っていただきます。博士には、そのための『伝承』を手伝っていただきたいのです」

「私の役割は、それなのだな……」

有利香は、しっかりとうなずいた。

「私自身の『伝承』も手伝って下さい。博士のお(ちから)が必要なのです」

「まあ……私が承知するのも、『計画』どおりなのだろうな……」

この問いかけに対しても、有利香はしっかりとうなずいた。


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