五十一
梨菜は、香子からの業火に入りこむために、全身にMEをめぐらせて防御機能で覆おうとするが、炎による被害は防げても、攻撃を繰り出す余裕が無いことを予測し、行動をためらった。
そうこうしている内に、さらに10秒が経過したため、梨菜に重ねて反則が通告された。
これで、バトルポイントは1対4の劣勢。
もちろん、残り20秒弱で相手を倒してしまえば、この劣勢は何の意味も持たない。
だが、残り少ない時間で、自分を上回る『意志』を持つ相手を倒せるかどうかで焦りが出始めている。
香子は、梨菜が攻めてこれない状況を悟り、『暴風火炎』を引っこめて、防御機能に全力を注ぐことにした。
このままタイムアウトまで火炎攻撃を続けられるだけのME残量が無いという理由と、残り時間では『時間稼ぎ』の反則は取られないと踏んだからだ。
火炎と引き換えに、十字棍の輝きが倍増し、香子が全力で守りに徹したことを梨菜は読み取った。
香子への攻撃は可能になったが、『硬化』に専念した香子を打ち崩すのは骨が折れそうだ。
残り少ない時間……ここは一か八か……
「驚きましたよ。ここまで強くなってるとは、ね」
梨菜は、テレパスではなく、声を出して、香子に語りかけた。
「さっきはあなたを侮辱するように『キミ』呼ばわりしてしまいました。ごめんなさい」
梨菜からのまさかの謝罪に香子は驚いた。
「まだ勝負は終わってませんよ」
香子が警戒気味に言うと、梨菜は照れくさそうに笑った。
「残り時間は少ないけど、精一杯、戦うべきです」
「そうですね……」
梨菜のおどけた表情を見て、香子は拍子抜けした。
香子がわずかに『意志』のゆるみを見せた瞬間、梨菜は素早く長剣を構え直し、十字棍の接続部分をねらって振り下ろした。
ガツン!
香子は、慌てて棍に『意志』を注ぎこみ直し、防御機能を維持しようとしたが、梨菜の剣が半分程度食いこんでしまった。
「ひ……卑怯です……こちらの気がゆるんだ隙をついてくるなんて……」
「どの口が、そんなことを言わせてるんだろうね。最後まで精一杯、戦うべきと言ったのは、キミの方だよ」
香子は顔を真っ赤にして、梨菜をにらみつける。
半分まで斬りこめたのは良いが、香子の怒りがさらに守りを固め、それ以上は進めることはできず、引き抜くこともできなくなった。
「手段を選ばないヒトなんですね」
「負けたくないからね。こっちも必死なんだ」
「大好きなヒトの前で恥をかきたくないと」
「当然」
梨菜はずっと押し続けているが、ビクともしなかった。
「卑怯な手を使ってでも、良いところを見せたいわけですね」
「手段は選んでいられない。何度も言わせないでほしいね。私は必死なんだ」
「ふっ……」と、香子は嘲笑を浮かべた。
「そんな程度なんですよ、キミは。そして、キミを応援しているヒトというのも同じように程度が低いんです」
「な……」
梨菜は、全部の歯を食いしばり、凄味を利かせた鋭い目つきで香子をにらんだ。
「まさしさんを悪く言うな!」
香子は、さらに十字棍に『意志』を注ぎこみ、全力の防御を施したはずだが、それまでの停滞がまるでウソであったかのように、あっさりと梨菜の剣が棍の接続部分を真っ二つにし、香子の首元に迫った。
香子の全身を寒気が襲った。
長めのホイッスルが響く。
梨菜の手が止まった。
刃は、香子の首筋から数ミリのところで止まっていた。
「あと1秒ほしかったな」
梨菜は冷静に言うと、素早く剣を戻し、正確に真後ろに一歩下がった。
AI審査は、規定に基づいたまっすぐな判定基準により、香子の勝利を告げた。
「ありがとうございました」
大きな声で言い、礼儀正しく最敬礼した。
香子は、顎の蝶番が外れてしまったように口を開けたままにしていた。
そして、そのまま床面に腰を落とし、背を向けて去っていく梨菜の後ろ姿を、ぼんやりと眺めるばかりだった。
「お疲れ様でした」
20秒間の『強制シャワー』と15秒間の『強制乾燥』を終え、着替えもせずに全裸で『接続室』に入ると、オカショーが迎えてくれた。
「ごめん……服を着てなかったんだね……出ていくよ」
オカショーが背を向けようとするのを梨菜は引き止め、長い両腕で力強く抱き締めた。
乾燥後でも、梨菜の体は湿り気を帯び、燃え上がるような熱に包まれていた。
梨菜の胸元くらいの身長のオカショーは、大きめの柔らかい胸に顔が埋まってしまったが、見上げるように顔を外に出し、梨菜と目を合わせた。
梨菜の黒瑪瑙のような瞳は輝きを失い、表情全体は渇ききっていた。
震える唇は、何か言葉を発しようと小刻みに動いていたが、やがて小さな声が漏れてきた。
「……まさしさん……わ……たし……まけちゃった……」
そして、にわかに両目から大量の涙が豪雨のように降り出した。
「羽蕗さんは、よくがんばりましたよ」
すかさず、オカショーがあてがうように耳打ちした。
「強敵を相手に大健闘です。羽蕗さんはスゴいな」
梨菜の両腕に、さらに力が入る。
「……わたし……くやしい……」
激しく号泣する梨菜。
流れる涙と、全身からにじみ出てくる汗で、二人はずぶ濡れにあったようになった。
「本当によくやりましたよ」
オカショーは、根気よくそう伝えた。
言葉はなかなか届かないように感じたが、少しずつ梨菜の泣き声と熱さは、静まりを窺わせていた。




